第172話 団欒
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光が案内した店は、日本食レストランだった。
まさかフランスに来て、まともな日本食を食べられるとは思わなかった栄は、三日ぶりの白米と味噌汁を堪能した。
光は栄の心配をよそに、若者らしく大いに食べていた。栄はこっそり「痩せの大食いか?」とも思った。
光は、まだ会った事の無い姪っ子の話しを聞きたがり、百合が写真を見せながら話して聞かせた。
「何で、リリイって名前にしたの?」
光が訊ねると、百合は子どもの頃からの夢だったと語った。
「子どもの頃、自分の名前が花の名前と同じだって知って、じゃあ、英語では何て言うんだろうって思って調べたの。そしたら『リリー』ってあってね。かわいい!って思ったのよ。それで、絶対、将来子供が産まれて、女の子だったら『リリー』って名前にする!って決めてたの」
栄は煮物を突きながら、「名前ねぇ」と、心なしか嫌そうな顔をした。
「俺らなんか、親父の大好きな言葉を付けられたからな。二人合わせて【栄光】って。ほんっと、名誉とか誉れが大好きなのが、在り在りと伝わる名前だよな」
と、言うと、光も深く頷いて「いかにも、頭の悪い人間が付けた名前だな」と、毒づいた。
百合は「まったく」と、困った顔で兄弟を見たが、二人が楽しそうに会話をしている姿を見て、微笑ましく、嬉しい気持ちが身体の底から湧き上がっていた。何が面白いわけでもないのに、些細な事でも可笑しく思える。この時間が、幸福すぎて、愛おしすぎて、このままずっと時間が止まっていればいいのに、と百合は密かに願った。
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「まさか、和食屋に連れて行かれるとは思わなかったよ。しかも、フランス人が経営とはなあ」
栄はソファに座り寛ぎながら、ロフトに上がっている光に聞こえるように言った。
光は笑いながら「旨かったろ?」と答えた。
百合が風呂に入っている間、光はロフトに上がり、ベッドのシーツを取り替えていた。
取り替え終えたシーツを丸めながら、階段を下りてきた光は、レストランのオーナーと友達になった経緯を話した。
「二年前かな。職場の友達に『和食』を食べに行こうって誘われて行ったんだ。あの頃は、ほんっと酷い味だったんだ。フランス人のくせに、なんでこんな不味い飯が作れるんだ?これで金を取るのか?だいたい、日本食、食ったことあるのか?って」
光は栄の正面に椅子を持ってきて、それに座り、続きを話し始めた。
「それで、思わず、この煮物はこうした方が美味しいよって、ちょっとオブラートに包み気味でアドバイスしたんだ。そしたら、注文してない物まであれこれ出してきて。『これはどうだろう?これは自信作なんだ』とか言ってさ。フランス人って、プライド高そうだし、怒られるんじゃないかと思ってたら、全然怒らなくて。怒るどころか、何だか色々話しているうちに、意気投合しちゃって。それで、仲良くなったんだ」
「なんで日本食屋、始めたんだ?」
「すごい日本贔屓なんだ。一度、観光で行った事があるらしい。本当は住みたいらしいけど、奥さんが嫌がって、とか言ってた」
栄は「そうかあ」と言いながら、不意に室内を見回した。
「良い部屋だよな……。高くないのか?丁稚奉公は給料安いだろう?」
そう言うと、光は「丁稚奉公って」と吹き出した。
「ここ、オーナーの従兄弟の。あ、今日、俺を呼んだ太った男の人ね。あの人の持ってるアパルトマンなんだ。じいちゃん効果で、格安で貸してくれてる」
じいちゃん、で、栄は、はたと気づいた。すっかり寛いで座っていた身体を勢い良く起こすと、「そうそう」と、光に詰め寄る。
「それさ、昼間、百合から聞いたんだけど。じいちゃんが知り合いってどういう事?」
光は驚いた顔をしたが、すぐににこやかな顔に戻り、「ばあちゃんの出身、この町だったんだ」と返した。
栄は「ええ!?」と驚いた顔で光を見る。
光は笑いながら、「俺も最初、驚いた」と戯けた顔を見せる。
「ばあちゃんには、知らせたのか?」
栄は現会長である祖母の顔を思い浮かべた。光は頭を横に振り「いや」と続ける。
「ばあちゃんはお喋りだからね。言ってないんだ。母さんには知らせたけど」
そう言い、苦笑した。栄は、なんたる事だと、ぽかんと口を開け弟の笑う顔を眺めたのだった。
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