第169話 緊張の再会
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今、百合の目の前にいる夫は、何か面白い発見をした時の子供のようだった。
仄かに赤みが差した頬、輝きを増した瞳が、大の大人を少年のように見せる。
百合は、その大きな少年の横顔を優しい眼差しで見つめる。
「これを、コウは学んでいるんだよな」
幾分、鼻息を荒くして栄は言った。
「そうよ」百合は静かに頷く。
「おじい様の味に、近いと思わなかった?」
その言葉に、栄は驚いた顔を見せた。
「ああ。そう思ったよ。何で分かった?」
百合はそっと微笑むと、「コウ君も同じ様に興奮して、言っていたから」と、言葉を続ける。
「コウ君が留学をする前、友達に頼んで、ここの焼き菓子を送ってもらったの。それを食べたコウ君は大興奮で、この店に行きたいって言ったのよ。知り合いに頼んで、オーナーに掛け合ってもらったの。初めは、かなり渋っていたんだけれど、おじい様の名前を出したら、すぐにOKしてくれたの」
「え?なんで?」
「ここのオーナーのおじい様と、あなた達のおじい様、親友だったんですって。フーゴ・オキタの孫なら、断れないって」
そう言うと、百合は「すごく、運命、感じちゃわない?」と嬉しそうに微笑んだ。
栄はその言葉に、素直に頷いた。
「すごい……。そして、百合がここに居たって事も、すごい……」
百合は「そうね」と満面の笑みを見せた。
栄は焼き菓子に手を伸ばした。
どれも、人が見て「美味しそうだ」と思う焼き色と、香ばしいく甘い香り。粉っぽさが残りやすいフォロランタンやガレット・ブルトンヌも、丁寧に練られた生地が、固すぎず、さっくりした歯ごたえで、粉っぽさが気にならない。むしろ、口に残る程よい甘さが後を引き、もっと食べたくなる。
二人は、ケーキと焼き菓子を黙って食べ尽くした。粉々になった欠片も、全て残さず食べた。
「だめだ。俺、今すぐコウに会いたくなってきた」
栄は落ち着かなく立ち上がると、服についた砂埃を払うこともなく、荷物を持って足早にパティスリーへ向かった。百合はゴミを持って、慌てて栄の後を追いかけた。
パティスリーの入り口に立つと、百合に荷物を預け、一人、店内に入る。
店内は先ほどより空いていた。カウンターには、先ほどの女性と変わって、ザ・外国人と言えそうな、恰幅の良い、色白で金髪カールの男が立っていた。顔全体で笑顔を見せ、「ボンジュール」と太い、大きな声が店内に響く。
栄はカウンターの男に近づき、拙いフランス語で話しかけた。
『こちらに、ヒカル・オキタは居ますか?』
男は『ヒカル?』と、眉を顰め、誰のことだと言わんばかりに首をかしげた。
栄は「えっと……」と少し考えてから『コウは居ますか?』と訊ねた。男は『ああ、コウか』と、眉を上げ、明るい顔をし、手を叩いた。
『居るけど、あんた、誰だい?』と、栄を上から下までさっと見る。
『コウの兄です。日本から来ました』
そう言うと、男は顔を赤くして、興奮したように早口で何かを言い、大笑いをした。栄は何を言っているのか聞き取れず、男に合わせて「あははは」と苦笑いを返す。
男は厨房に顔を覗かせ、何か叫んだ。すると、厨房から光の声が聞こえてきた。
流暢なフランス語で『マリアンヌなら、居ないって言って』と。
男が『違うよ。マリーじゃない。男の客だ。お前が喜ぶ人物』と、嬉しそうに大声で返す。
光が何かを言ったが、良く聞こえなかった。程なくして、帽子を脱ぎながら売り場に現れた。
栄の心臓はドクリと大きな音を立てる。
光は目を見開いてカウンター越しに立つ栄を見た。言葉を失ったように、口をぱくぱくと動かし、忙しなく瞬きを繰り返している。
栄は「よう」と、震える手を軽く挙げ、引き攣る顔で笑顔を作って見せた。妙に緊張して、ちゃんと笑顔になっているか不安になる。
光は言葉を思い出したように「ハル兄」と一言発した。
店内にいた数人の客が、珍しいものでも見るかのように、笑みを浮かべながらこちらを見ている。一人の老婦人が『コウのお兄さんなのかい?』と訊ねてきた。カウンターにいた恰幅の良い男がそれに答えていた。
光はカウンターから出て、「取りあえず、ここじゃ、邪魔だから」と、兄と共に店の外に出た。
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