第166話 フランスへ
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フランスに到着して三日目。
サマータイム中のヨーロッパは、夕方の五時を過ぎても明るかった。
午前中、栄は百合が書いた地図を片手に、駆け足で回るべき所を回り、夕方、百合と合流した。
百合は学生時代に留学経験もあり、道に詳しかったのだ。
「ハル君、こっち!」
何かを食べながら手を振る百合に、栄は小走りで近づいた。
「ごめん、待たせた」
百合は何かを頬ばりながら「平気」と言った。
「何それ?クイニー・アマン?」
半分以上食べ終わっている包みを覗きながら、栄は訊く。
「そう。食べる?」
百合は残りを栄に差し出した。栄はそれを受け取ると、大きく口を開けて残り全てを口の中に入れた。
「大きな口!しかも、ひっどい顔してる!」と百合は手を叩いて笑う。
栄は顎を大きく動かしながら、口の中に入ったクイニー・アマンの味を噛み締めた。
ごくりと音を立てて飲み込むと「このバター、旨いな。触感が今ひとつだけど」と、いかにも菓子屋らしい言葉を口にした。
「すごいね、ハル君。違いの分かる男」
百合は本当に感心しているのか、茶化しているのか分からない言い方をした。それでも、栄は「ふふん」と鼻を鳴らした。
ミネラルウォーターを一口飲むと、「でも、俺より、もっと凄い奴がいる」と言った。
「誰?私も知っている人?」
「もちろん。コウだよ」
栄は百合の手を取ると、フランスの町中を歩き出した。五時を過ぎると、小さい店の大半が閉店する。人通りの多い大通りに面した道を歩くと、レストランが並んでいた。
二人はその内の一軒に入ると、ア・ラ・カルトで好きな物を注文し、シェアをすることにした。
百合は前菜のブイヤベースのゼリーを口に運びながら、思い出したかのように先ほどの話しの続きを始める。
「で、なんで、コウ君の方が凄いの?」
栄は一瞬何の話しかと思ったが、すぐに分かり、「五年前、うちの菓子の材料が変わっただろう」と言った。百合は黙って頷いた。
「あれ、今じゃ、殆どの社員が気がついてるけど、一番最初の頃、分量を変えたのは少量だったし、社内連絡も回っていなかったから、製造の人間を除いて、社内で材料が違うって気づいた人間は居なかったんだ。実際、俺も気がつかなかった。でも、コウはすぐに分かったんだよ。粉が違う、分量も違う。それも、たった一口で」
栄は当時のことを思い出しながら言った。あの頃から、光は百合に色々相談をしていたんだと、ふと思った。栄は顔を上げると、真顔で百合を見つめる。百合は、運ばれたスープに舌鼓を打っていた。
「なあ、百合さんはあの頃、コウの事、どう思ってた?」
突然の質問に百合は咽せ、咳が収まると「何を急に」と、不思議そうな顔で栄を見た。
「いや、あの頃から、親密に連絡を取っていたわけだろう?」
「親密って……。たまに話しを聞いたり……留学したいって言っていたから、相談に乗ってただけよ。可愛い弟」
「本当に?それだけ?」
栄は若干身を乗り出して、百合の顔を覗き込むように訊く。百合は眉間に皺を寄せ、栄を見返した。
「なに、それだけって?もしかして、疑ってるの?」
「いや、そう言うんじゃないけど……」
「じゃあ、どういうのよ」
百合はすかさず訊いた。栄は困った顔をしながら、こめかみを掻いた。
「ほら、コウって、母性本能をくすぐるような所があるんだろ?昔、事務の今居さん達がコウに夢中だったことがあってさ。だから……」
「私も惹かれていたんじゃないかって?」
「まあ、そんなところ……」
栄が下を向いて、ごにょごにょ言うと、百合は持っていたスプーンを置いて、大きく息を吐き出した。
「確かに、コウ君、綺麗だしね。はにかむと可愛いし。さり気なく優しいし。モテる感じよね。でも」
でも、と強調するように言うと、百合は真顔になった。
「私、十代に手を出すほど、餓えてませんでしたから!」と、力強く言い放った。
百合は怒ったまま、栄に顔を向けることなくスープを一心不乱に口に運んだ。
「ごめん。ちょっと気になっただけ。本当、ごめん。百合さあん」
暫くして、百合はナプキンで口元を軽く拭くと、鋭い視線を栄に向けた。栄は愛想笑いをして「ごめんね」と言った。百合の口元は徐々に崩れ、最終的には笑い出した。
「何?もしかして、当時を思い出してヤキモチ妬いちゃったの?」
図星をつかれた栄は、口を尖らせ「まあ、そんなところです」と小さな声で応える。
「かわいい!可愛いねえ、ハル君は。もう、大好き」
そう言って、声を立てて笑った。周りの客が訝しげに栄達を見ていたが、百合の笑い声が心地よく、栄は周りを気にするのを止め、一緒に笑い出した。
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