第165話 夢を見た
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栄は閉じていた目を開いた。
辺り一面、百合の花に囲まれていた場所。ここは一体……。
『ハル君』
栄は声のする方へ振り向いた。
辺りは霞がかっていてよく見えない。目を凝らし、少し先に立つ人影を見る。
「百合……?」
『もう、大丈夫』
百合はにっこりと微笑むと、遠ざかるように消えていった。
「百合!」
栄は自分のベッドの上で目が覚めた。上半身を起こし、額に浮かんだ汗を手の甲で拭うと、隣で寝る里々衣を見た。
静かに寝息を立てている里々衣から目を逸らし、両手で顔を覆った。
「百合……」
百合が死んでから、一度も百合の夢を見たことがなかった。
やっと会えた、そんな気がした。しかし、以前とは少し気持ちが違っていた。
百合は笑顔で「大丈夫」だと言った。何のことか、栄にはすぐに分かった。
ベッドから出ると、シャワーを浴び、出掛ける準備をした。リビングのテーブルに光宛の置き手紙を残し、一人病院へ向かった。
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五年前・六月
子供が産まれて、もうすぐ一年が経とうとしていた。
栄の忙しさがピークに達していた事や、子育ての忙しさで、結婚式や新婚旅行どころではなかった。
そんな中、栄は新商品開発部のリーダーになり、フランスへアイデアを探しに出張することになった。
栄が出張することが分かると、百合は自分も行くと言い出した。
「里々衣はどうするんだ?」
栄は愛娘を抱いて、「なあ?」と声をかける。里々衣は黒目がちな大きな瞳で、不思議そうに栄を見ている。その顔があまりに愛らしく、栄の頬は自然と緩む。
百合は栄の隣りに座ると、懇願するように、娘とよく似た瞳で栄を見つめた。
「一週間でしょう。一ヶ月とかじゃないんだし。お姉ちゃんに預ける!もしくはお母さん。いいでしょう?お願い!新婚旅行だって連れてってもらってないんだからあ。お願いぃ」
子供のように駄々をこね、栄の腕を掴んだ。それに合わせて、抱いていた里々衣がぐずる。
栄は、二歳年上の姉さん女房を呆れ顔で一瞥すると、里々衣を抱き直し、あからさまに深く長い溜め息をついた。
「俺だって仕事で行くんだぞ?」
「うそ!それはただの口実よ!」
百合は口を尖らせた。栄はその顔を見て笑いながら「嘘じゃないよ」と答えると、百合は顔を近づけ、栄の焦げ茶色の瞳を、じっと睨み付けた。
「なんだよ、嘘はついてないだろ?」
百合は栄から離れると、不機嫌そうに「絶対、嘘だもん」と言い切る。
栄は困った顔で笑い「だから、なんでそう断定的なの?」と訊いた。
百合は栄に向き直ると、栄の口元を指さした。
「だって、ずっと口角が緩みっぱなしだもの。仕事なのは本当でしょうよ。でも!それがメインじゃないはずよ。絶対」
「じゃあ、何がメインなんだよ」
栄の目が若干泳いだ。百合はそれを見逃さなかった。「やっぱり」と呟くと、「コウ君の所に行くのがメインなんでしょう」と言った。
「自分だけコウ君に会うなんてずるい!私も会いたい!」
栄は目を見開いて、百合の顔を見た。
百合は「どうよ」と、腕を組んで得意げな顔で栄を見る。
「……ばれましたか」
「バレバレでしたよ。最初から」
栄はもう一度、深く息を吐き出す。
「分かったよ。負けました。行きましょう。一緒に」
栄が観念してそう言うと、百合は「やったあ」と大声を出し、栄の首に抱きついた。その拍子に、里々衣が泣き声を上げた。
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