第159話 心の燈
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昼休憩に入ると、再び緊張の波が美夜を襲い始めた。
「休憩入ります」と、光に続いて美夜が裏口を出る。
階段を降りる光は、妙に機嫌が良い。
普段は口笛など吹かないにも関わらず、今、目の前を歩く光は、栄よりも上手い口笛を吹いている。
いつものように、向かい合わせに席に着くと、光は手を合わせて「いただきます」と言い、栄特製、豚の角煮丼を食べた。
美夜は小さな声で「いただきます」と言うと、角煮を口に運んだ。
肉はとても軟らかく煮込まれていたが、美夜には味が分からなかった。
薄味なのかと思うほど、お吸い物も、漬け物も、全ての味がよく分からない。
菓子を作っているときは、あんなに鮮明に分かっていた味覚が、休憩に入った途端、緊張で分からなくなっていたのだ。
美夜は味のない、よく分からないものを、無心で口に運んでいる気分だった。
「中西」
不意に光が名前を呼ぶ。
美夜は身体をビクリと動かし「はい」と、裏返った声で返事をした。あまりに大きく驚いたせいで、美夜のお吸い物がトレーの上に溢れた。
光は「あぁあ」と言いながら、布巾を美夜に渡す。美夜は布巾を受け取りトレーを拭くと、光が「あのさ」と話しかけてきた。
美夜は上目遣いで恐る恐る光を見る。
光は困ったように微笑み、「ごめんな」と謝った。
「別に、困らせたくて言ったんじゃないんだ。ただ、知ってて欲しいと思ったんだよ。だから……そこまで意識しなくて良いよ。そりゃ、俺の事で意識してくれてるんだと思うと嬉しいけど。でも、そこまで肩肘張らなくて良いから。いつも通りの中西でさ。厨房では普通に出来てたんだし。ね?」
光の優しい笑みを見て、なぜか美夜は泣きそうになる。光から目を逸らすと、小さく頷いた。
光は小さく息を吐くと「食べよう」と言い、それ以上は何も言わなかった。先に食べ終えると、さっさと休憩室を出て行き、美夜一人になった。
美夜は丼をトレーに乗せ、溜め息を吐き出した。どうしたらいいのか、自分がどうしたいのかさえ分からない。
ただ、自分の中に戸惑いはあるものの、不快感や拒否感は全くなく、寧ろ事件以降、胸の奥の冷え切った部分が、光の言葉を思い出すたびに熱くなる。消えてしまった心の燈に、再び火が灯るように熱を持つのだ。
鼓動が強く打ち付け、生きようとする。
事件以降の自分は、目を開いて前を見るのが怖くて、目をつぶっていた。その瞳を再び開かせてくれたのは、光だ。
光の笑顔が脳裏に鮮明に残り、暗く闇に飲まれそうな思考を明るく照らし、忘れさせてくれる。また、あの笑顔が見たいと、声が聞きたいと、本能が騒ぐ。これが恋なのか、恩人としてへの感謝なのか。今の美夜には判別が出来なかった。
美夜は窓の外から見える空を眺めた。飛行機雲が空を横切り、青い空に長い帯を残していった。
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