第157話 好きだよ
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空一面、茜色に染まった空。高い建物も、電線も目に入らない。何の邪魔もない、一面に広がった茜色の空を、美夜は黙って眺めた。
「これを見ると、嫌な事も忘れられる気がして、よく晴れた日は、たまにここで、こうして空を見るんだ。中西が美術館で頭の中をすっきりさせるのと、同じ感じかな」
光は空を眺めながら、低く落ち着いた声で言った。空の色と光の声が、とても似合っているように、美夜は感じた。
「中西」
光の声は、どこか夢見心地にさせる響きがある。空の美しさと相まってか、名前を呼ばれても、まるで風景の一部のように感じた。美夜は空を見上げたまま「はい」と、ぼんやりとした声で返事をする。
「俺、中西が好きだよ」
空を見上げる瞳が、大きく見開かれた。美夜は顔を空に向けたまま硬直してしまった。
「今日は、それを伝えたくて……」
美夜はゆっくり顔を下げ、光を見る。大きく見開かれた瞳は、夕焼けの反射で光り輝いていた。
「あの、それは……」美夜は口の中で呟くように言った。
「付き合って欲しいと、思ってる」
光は真剣な面持ちで、真っ直ぐ美夜を見て言った。その瞳はあまりに純粋で、真摯な輝きを持っていた。
美夜は目を合わせている事が出来ず、光から目線を外した。
光は視線を下に落とすと、弱々しく微笑んだ。
「別に、今すぐ返事が欲しいとは言わないよ。でも、待ってるから。考えが纏まったら、教えて欲しい」
光は静かに、穏やかな声で言った。美夜は戸惑った顔をしたまま小さく顎を引いた。
一呼吸置くと、光は清々しい顔をで「さて」と声を上げた。
「帰ろう」
そう言うと、美夜の手を取った。
美夜は光に手を取られたまま、半ば放心状態で歩いた。アパートの前に着くと、光は「じゃあ、明日」と言って美夜の手を離した。美夜は微かに眉を顰めた。その顔を見て、光は困ったように微笑む。
「困らせてしまったね。ごめん」と、寂しげに言うと、足早に帰ってしまった。
美夜は何も言えず、ただ光の後ろ姿を眺める事しかできなかった。
*******
玄関を開け靴を脱ぐと、仕事が休みだった美月が、大きな声で「おかえり」と声をかけた。美夜は弱々しい声で「ただいま」と言うと、そのまま部屋に籠もったきり出てこなかった。
美月は目を丸くして、閉まったドアを見つめる。まるで生気が抜けたように憔悴しきった顔、一体何があったのだと、美月は一人腕を組み考えた。
夕飯の支度が出来ると、美月は美夜を呼んだ。しばらくして、美夜はのろのろと部屋から出てきた。帰ってきたとき同様、たった一日で頬が痩けたように見える。
「美夜、大丈夫?ケーキ屋巡り、そんなに過酷だったの?」
美月は眉間に皺を寄せ、美夜の顔を覗き込んだ。
美夜は頭を横に振ると、目の前に用意されたご飯を貪るように食べはじめた。
「そ、そんなにお腹減ってたの?」
美月は口をぽかんと開け、無言で食べ続ける美夜を、ただただ呆然と眺める。
ご飯を食べ終わると、美夜はずっと伏せていた顔を上げた。
「ごちそうさま。美味しかった」
声を張っていう美夜の勢いに押されるように、美月は「はい」と返事をした。
美月は持っていた茶碗を置くと、美夜の目の前で手をひらひらとさせる。美夜は無表情でじっとあらぬ方向を見ていた。
「み、美夜?」
美夜は絡繰り人形のように首を動かし美月を見ると「お風呂、入って来る」と言い、立ち上がった。
普段、食べた後はちゃんと片付けをする美夜が、片付けもしないでその場を去った事に、美月は驚き、口を開けたまま美夜が風呂場へ行くのを眺めた。
「何?何があった?いや、何をした、シェフ!」
美夜が風呂から出ると、美月が呼んだ。
美月はリビングで背筋を伸ばし、綺麗な姿勢で正座をし、「ここへお座りなさい」と自分の前を指差す。美夜は大人しく美月の前で正座をした。
「今日、何があったの?シェフに何かされたの?」
美月は腕を組み、真剣な表情で美夜の顔を見る。ほんの少しの変化も見逃さないように、食い入るように目を向けていると、見逃すどころか、ありありと変化が見て取れた。
こちらまでもが赤面してしまうのではと思うぐらい、顔を赤くし、眉を顰める。
「美夜?」
美月は、俯き加減の美夜を、心配するように覗き見ると、美夜は泣き出しそうな顔で美月を見た。美月は驚きつつも「な、泣くほど嫌な事?」と訊くと、美夜は頭を激しく左右に振り、両手で顔を覆った。
「どうしよう」とだけ、聞き取る事が出来た。
「どうしよう?」
美月は困惑顔で首を傾げる。
美夜は黙ったまま、数分間そのままの姿勢で居た。美月は美夜の第二声を待つように、組んだ腕を下ろし、前のめりで耳を傾けていた。
美夜はゆっくりと顔から手を離すと、俯いたまま話しを始めた。
今日はケーキ屋巡りをせずに、美術館へ行き、池で休んで、公園へ行ったと話した。美月は、まるでデートだと思いながら、黙って話しを聞いていた。
「コウさんが、緑が丘公園で、夕日を見せてくれて。すごく綺麗で見とれていたら……」
「見とれていたら?」
「……好きだって、言われた……」
消え入りそうなその声は、しっかりと美月の耳に届き、なんとも言えない甘く柔らな感覚が、胸の奥に押し寄せた。
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