第156話 ココアクッキー
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二人は上野に着くと、美術館へ向かった。
美術館は、特別展などやっていなかったせいか、数名の客が居るくらいだ。美夜と光は思い思いに絵を鑑賞し、美術館を後にすると、少し遅めの昼食を取った。
「よく、絵画鑑賞とかするの?」
光は食後のコーヒーを飲みながら訊いた。
「絵を見るのが好きなんです。地元に居たときも、美月に付き合って、よく美術館へ行きました。あの空間が好きなんです。悩み事とか考え事をしていても、あの静けさのお陰で、考える事を少しの間、止める事が出来るんです。そうすると、悩みで頭がいっぱいになってた事が、一旦リセットされる感じ。美術館を出たときには、入った時よりも少し、すっきりしてるんです」
「じゃあ、今はすっきりしてるんだ?」
美夜は小さく笑うと「そうですね」と答え、紅茶を飲んだ。
レストランから少し歩くと、不忍池があり、そこを散歩することにした。天気が良いせいか、それなりに人が歩いている。二人は池の周りにあるベンチに座り、ぼんやりと池を眺めた。
光は池を眺めながら、心身共にリラックスしていた。何を話すわけでもなく、ただ二人並んでこうした時間を過す、ただそれだけの事なのに、なんて心地が良いのだろう。このまま、この時間がずっと続けばいいのに、と心から思った。
「あ、そうだ」
突然、美夜が小さく声を上げた。
「どうしたの?」
光が美夜に顔を向けると、美夜は、鞄の中からブルーのリボンが付いた小さな包みを出した。
「はい」
「俺に?」
光は美夜から小さな包みを受け取ると、リボンを外し中身を見た。
中には、ココアクッキーが入っていた。
「これ……」
「昨日、家に帰ってから急いで作ったんです。コウさんの作る焼き菓子のようには出来ないけれど……。今日はバレンタインですから。普段からのお礼の気持ちを込めて、作らせていただきました」
そう言うと、照れるように微笑んだ。
光はクッキーを一つ取り出し、口に入れた。厚みのある一口サイズのクッキーは、さっくりとした歯ごたえで、ココアの甘さも控えめに作られている。とても素朴な優しい味は、美夜の人柄の様で、光は小さく微笑んだ。
「どうでしょうか?」
美夜は光の顔を覗き込むように、小首を傾げて訊く。
光は美夜を一瞥すると、「うん」と頷いた。
「旨いよ。ありがとう」
素っ気なく答えた。そう答えるつもりはなかった。とても嬉しくて、声を上げて笑いたい気分だった。しかし、実際取った態度は、いつもに増して冷たいものだった。すぐに自己嫌悪に落ちいったが、美夜は気にする風でもなく、「そうですか、よかった」と言ったので、益々気分が滅入った。
「義理でも嬉しいよ」
光は半ば自棄になって言い、益々自分の小ささに気づかされ、小さく息を吐く。
美夜は笑いながら「受け取ってもらえて良かったです」と答え、義理では無いと否定する言葉は出なかった。
光が「否定無しか」と呟くと、美夜は「何ですか?」と言い、耳を傾けるような仕草をする。
「いや、何でもない。ありがとう」
光は気を取り直すように言い、口角をあげた。
美夜は小さく微笑むと「どういたしまして」と返事をした。
二人はウィンドウショッピングをし、暗くなる前に帰る事にした。光は美夜を家まで送ると言い、アパートまでのんびりと歩く帰り道。
不意に光が美夜の手を取った。
「中西、もう少し大丈夫?」
「え?はい……大丈夫ですけど」
美夜の返事を聞くと、光は美夜を連れて緑が丘公園へ向かった。この公園は以前、栄の見合い相手と会ってから、美夜は何となく来なくなっていた公園だった。
公園へ着くと、子供を連れた母親が、まだ帰りたがらない子供を説得していた。その横を通り過ぎ、公園の奥にあるベンチに腰掛けた。
「空」
光の言葉に、美夜は空を見上げ、目を丸くした。
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