第155話 どこへ行きたい?
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美月は光を見ながら、ふと思ったことを口にする。
「それにしても、前から思ってんだけど、シェフってさあ、お洒落さんだよね。アクセサリーとか好きなの?」
光は何も答えず、自分の手元を見ていた。
光は黒の革ジャケットに、黒に近いグレーのジーンズを履き、濃紺色のVネックのセーターに下には白のTシャツを着ている。
首と手首にはシンプルなシルバーアクセサリーを付け、右手にはリングも嵌めている。
三十分ほど経ってから、支度を終えた美夜が部屋から出てきた。
「ごめんなさい。お待たせしました」
光は美夜を見上げた。
美夜はオフホワイトの首周りがゆったりとしたオフタートルニットに、スカート風のベージュのロングパンツを履いていた。
上に羽織ったコートのボタンを閉めながら「行きましょう」と言った。
クラシカルな雰囲気を感じさせる焦げ茶色のハートダッフルコート。袖や裾、襟やボタン飾りなのどにレース生地が縫われていて、美夜によく似合っている。
白いマフラーを巻き、小さく微笑む美夜を見て、光は眩しそうに目を細める。幸せそうに美夜を見上げてる光を見て、美月が満面の笑みを浮かべ、声を出して笑いたいのを堪えた。
「ほらほら、早く行きなよ」
光を立たせ、二人を追い立てるように玄関まで見送る。
光は黒のショートブーツを履き、美夜は焦げ茶色のパンプスを履いた。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい!」
美月は両手を振って二人を見送った。
ドアがゆっくり閉まっていく。そのドアを見ながら、美月は小さく微笑んだ。
「シェフ、ありがとう」
その声は、光に届くことなく玄関に優しい響きをもって消えた。
*******
事故現場を通る際、光は美夜の様子を観察した。
美夜の顔は微かに強張り、肩にかけた鞄の柄を両手で固く握りしめている。
「中西」
「え?」
「手、繋ごう」
美夜は戸惑った顔で光を見ると、何度か瞬きを繰り替えしてから、固く握りしめていた手を離し、光の手を取った。
光は柔らかい笑みを浮かべ手を握ると、前を向いてゆっくり歩いた。
バス停に着き、美夜は光を見上げた。それに気が付いた光は「なに?」と優しい声で訊く。
「今日は、どこへ行くんですか?」
光は「うん」と息をつくと、空を見上げた。
よく晴れた空には、冬の薄い光が広がっている。風もなく、穏やかな天気だ。
「どこがいい?」
「はい?」
光は美夜を見た。
「中西は、どこへ行きたい?」と、もう一度訊く。
「どこ……ですか?行きたいところ……。でも私、都内のケーキ屋、あまり詳しくないんですけど……」
美夜が申し訳なさそうに言うと、光は声を上げて笑った。美夜は、なぜ光が笑い出したのか分からず、戸惑った顔で見上げる。
「中西。俺、今日ケーキ屋巡りしようって言った?」
「え?」
美夜は不思議そうに首を傾げる。光は笑いながら「俺、一言も言ってないよ」そう言うと、丁度バスが来た。
光がバスに乗り込むと、美夜もその後に続く。
二人は一番後ろの席に並んで座った。光は何も言わずに窓の外を眺めている。美夜はバスに乗る前の光の言葉が、頭の中を巡っていた。
確かに昨日、光はケーキ屋巡りをしようとは言わなかった。いつもの調子で、明日空いているかと聞かれたので、ケーキ屋に行くんだなと、勝手に思っていたのだ。
では、今日は一体何なのか。美夜には訳が分からなかった。
駅に着くと、光は駅の運賃表を見上げた。
「どうしようか……」
美夜は光の横に立ち、ぼんやりと運賃表を見上げる。
「良い天気だしなあ……。かといって、遠くはねえ……」
光は一人でぶつぶつと呟いていた。
「コウさん」
光は「ん〜?」と、間延びした返事をした。
「一つ、行きたいところがあります」
「どこ?」と、顔を美夜に向ける。
美夜は一つ頷くと「美術館」と答えた。
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