第154話 バレンタインデー……ト?
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閉店時間を過ぎても駆け込み客がいて、なかなか店を閉める事が出来ずにいた。だが、全ての商品が完売すると、さすがに客も帰っていき、ようやく店を閉める事が出来た。
「中西、大丈夫か?あんまり無理しなくて良いから。帰りは送るし、後は俺がやるから、ちょっと座って休んでろよ」
光は洗い物をしている美夜に声をかけた。
美夜は振り向かずに「大丈夫です」と明るい声で返事をする。
「さっきは、取り乱してすみませんでした。篤志君にも悪いことしちゃった。後で、謝っておかなきゃ」
美夜が落ち着いた頃、光から話しを聞いた栄が、篤志に何があったのか訊ねた。
篤志はトイレに行こうとしたら、休憩室から歌声が聞こえたのだと言った。
「綺麗な声だなって思って、誰が歌ってるのかなあって、そしたら休憩室のドアが少し開いてて、中を覗いたら、美夜さんが居て……」
休憩室の扉側を背にして座っていた美夜を見て、思わず悪戯心が疼いたのだと言う。
「ドアを少し開けて、中に入って、美夜さんの背中をぽんって叩いて。わっ、って言っただけなんすよ。あんなに驚くとは思わなくて……」
いつもは元気で少し生意気な篤志が、肩を窄めて落ち込んだ様子で話しをした。
栄は篤志の頭を軽く叩くと、「あんまり、無闇矢鱈に人を脅かすな」と言い、解放した。
栄は光に報告すると、光が美夜から聞いた話しと同じだと分かり、二人は小さく息をついた。
光は道具を片付けながら、美夜の後ろ姿を見つめた。
どうしたら、あの小さな背中を守ることが出来るのだろ。自分には、一体何が出来るのだろ。美月のいう「明るい場所」へは、あと一歩の筈なのに、ちょっとした事で一気に逆戻りしてしまう。いくらでも時間をかけて、手を引こうと思っても、自分には無理なのではないだろうか、と、光は自分の思考に囚われはじめる。
光は美夜から目を逸らし、作業台に視線を落とした。
磨かれたシルバーの作業台に、自分の姿が歪んで見える。
自分がそんなんでどうする、と自分に言い聞かせ、拳を握り締めた。
ひと呼吸置いて顔を上げると、「中西」と美夜の背中に声をかけた。ちょうど洗い物を終えた美夜が「はい」と振りかえる。
「中西、明日、暇?」
「明日、ですか?」
*******
翌朝、光は待ち合わせ時間より一時間早く家を出て、のんびりと美夜の家に向かって歩いた。歩き慣れたはずの道が、初めて歩く道のように、遠く感じる。
アパートの前に辿り着くと、美夜たちの部屋を見上げた。一つ深呼吸をして、部屋へ向かう。
インターフォンを押すと、美月が出た。美月は光を見るやいなや、以前見せた意味ありげな笑みを見せ、「いらっしゃい」と言った。
光は冷静を装い「どうも」と短く答える。
「みーや。コウが迎えに来たよ」
美月は大きな声で美夜に声をかけると、光を中に入れる。美夜は自分の部屋から顔を出し、驚いた様子で玄関に立つ光を見た。
「ええ?何でですか?早いですよね?と言うか、なんでうちに?」
「いいじゃん、迎えに来てくれたんだからさあ。ほら、早く準備しなよ。コウ、もう少し時間かかるだろうから、上がってお茶飲んでたら?」
光は美月の言葉に頷くと、部屋の中に上がった。リビングへ行き、ラグの上に胡座をかくと、美月がポットと茶碗を持って目の前に座る。
美月は光に緑茶を入れ、「どうぞ」と差し出した。
「ありがとう」
「いいえ。ふふん」
美月はにんまりと笑いながら、テーブルに両肘を付き、両手で自分の顎を支え、光を見る。
「なんだよ」光はぶっきらぼうに訊ねた。
「バレンタインにケーキ屋巡りぃ?なぁんか、怪しい感じぃ?」
美月は不適な笑みを浮かべる。光は、居心地悪そうに自分の手を閉じたり開いたりして、美月から視線を逸らす。
「なんだよ……。別に。たまたまバレンタインなだけで……。それに、他の店のバレンタイン商品も気になってたし、丁度良いんだよ」
「ふうん?」
光はチラリと視線を上げ、美月を軽く睨み付けると、お茶を口にする。思いの外熱く、思わず「熱っ」と言った。
「その慌てっぷりが益々怪しい……」
美月のにやつきが、益々深くなる。
光は顔を赤くし「勝手に言ってれば」と美月から顔を逸らした。
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