第150話 送るよ
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ほぼ毎日、光は美夜へ会いに行き、他愛のない話をしていたが、久々に厨房で二人で話すのは、また違う感覚があると、光は感じていた。その違いが何なのかは、わからなかったが、ひとつ確かな事は、美夜がこの場に居ることが、光の中で “当たり前“ であるということ。
「美夜、そろそろ帰ろう」
美月が厨房に顔を出し、美夜はそれに返事をすると、窓の外を眺めた。だいぶ日が傾き、オレンジ色の光が厨房内に差し込んできている。
光は椅子から立ち上がり、「送るよ」と言い、バンダナとエプロンを外した。
「いいですよ。大丈夫です」
美夜が慌てて制すると、光は美夜の言葉を無視し、厨房を出た。裏口を出て行くと、上着を着てすぐに戻ってきた。
「ハル兄、ちょっと出てきて良い?」
栄はカウンターで注文のコーヒー淹れながら「どうぞ」と返した。
光は双子に「じゃあ、行こうか」と言い、喫茶店のドアに向かって歩き出した。
美夜と美月は光を振り返りながら、急いで栄と雪に礼を言い、光を追いかけた。
「待ってよ、コウ。私たち、まだお金払ってない」
美月は、駆けるように階段を下りて行く光の背中に向かって言う。
光は階段下で振り返ると、何を言ってるんだというような表情をし、「今日はいいよ」と言った。
「でも、あんなに食べたのに……」
美夜が美月の後ろから言うと、光が「いいから」と、少し不機嫌な表情をした。
「俺がいいって言ってるの。いいから、早く行くぞ」
美月は少し先を歩く光の後ろ姿を見てから、美夜に目を向けた。
美夜は小さく息を吐き出しながら、困った顔で光の背中を見ている。
その顔を見て、美月は笑い声を上げると、「行こう」と美夜の手を引っ張り、光の隣りに駆けていった。
「コウさん、ごちそうさまです。ありがとうございます」
「ありがとう。めちゃくちゃ美味しかった。さっすが、天才パティシエ!」
美月は光の脇を歩きながら、笑いながら伝えると、光はチラリと美月を見ただけで、無言のまま、上着のポケットに両手を突っ込み、真っ直ぐ顔を前に向け、長い足を動かしていた。少しスピードの上がった歩調に、美月は笑った。
「シェフは照れ屋だね。ありがとう、コウ!」
美月は大きな声で光の背中に向かって声をかける。その声に光は立ち止まり、「いいから。早く来なさい」と二人が近づくのを待った。
近くによると、光の顔が赤く染まっているのが分かった。それは、夕日で赤く見えるのか、光自身の頬が赤いのか分からないほど、綺麗な色をしている。
アパートの前に着くと、光はすぐに来た道を戻ろうとした。
「コウさん」
美夜の呼び掛けに光は足を止め、振り向く。
「私、明日からLisに行ってもいいですか?」
光は微かに目を見開き、すぐに眉間に皺を寄せ「あんまり無理するな」と返す。
「行きたいんです。今日、久しぶりに厨房の中に入って、早くケーキを作りたいって、強く思ったんです。お願いします」
美夜は頭を下げた。光は何かを考えるように黙り込むと、暫くして「じゃあ」と口を開いた。
「月曜からならいいよ。土日は混むから、身体を慣らすにはきつい。それから、勤務時間は朝八時から午後二時まで。暫く様子見で行こう。それでどう?」
光の心遣いに、美夜は並々ならぬ感謝の気持ちが溢れる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
頭を深く下げる美夜を、光は愛おしそうに見つめた。
視線を感じ美月を見ると、美月は意味ありげに微笑み、ひとつ頷いた。
光はすぐに顔を逸らし、無表情で「じゃあ」と言って足早に去っていった。
美月は光の表情を思い出し、にやつきながら部屋に戻っていき、美夜は美月のにやつきに首を傾げながら、続いて部屋に入った。
光は自分の顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。
その熱は、次第に手や身体全体に回り始める。美月の意味深な笑い顔を吹き飛ばすように、頭を左右に振ると、歩く速度を速めた。
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