第140話 心の傷
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突然、店舗のドアを叩く音がした。
三人は素早く顔をドアに向けると、ドアの向こうには、美月が立っていた。
栄が足早にドアに近づくと、鍵を開けてドアを開ける。
「美月ちゃん、どうしたのこんな早く……美夜ちゃんが来てないんだけど、どうしたの?」
美月は何も答えず、栄を押しのけ店内に入ると、両手に持ったボロボロの袋を乱暴にカウンターの上に置いた。
泥の付いたその袋は、昨日、栄と美夜で買い付けにいった店の袋だ。
美月は顔を伏せたまま、ぽつりと言った。
「美夜は来ないよ」
その言葉に、三人はどよめいた。
「どうして?」
光が驚いた声で美月に訊く。
美月は顔を上げずに「もしかしたら、二度と来られないかもね」とだけ言った。
雪はその言葉に戸惑いながら「一体どういう事?ちゃんと説明してくれる?」と、一歩だけ美月に近づく。
美月は終始下を向いていた顔を上げた。
その顔は、真っ赤に染まり、頬には傷跡があった。見開いた目は充血し、血管が浮き出ている。その中に、涙が溢れんばかりに溜まっていた。
「どうしたの、その顔の傷……なんで……何があった!?」
美月は、目の前に立つ栄を睨み付けるように見上げた。
「どうして……」
美月は震える声を振り絞る。
「え?」
栄は美月に目線を合わせるように、少し背中を丸める。
「どうして!……どうして昨日は美夜を送らなかったんだよ!」
栄は目を見開いた。
雪と光は息を飲み、栄の前に立つ美月を見た。
「まさか……」
雪が口元に手を当て囁いた。
美月の頬に大粒の涙が流れ出した。
「なんでだよ!なんで……」
美月は栄の胸を拳で叩いた。その力は、どんどん弱くなっていく。
栄は口を薄く開け、目を見開き、その目は宙を彷徨っていた。
「み、美夜ちゃんは?彼女はどうしてる!」
栄は美月の両手首を掴み、美月の顔を食い入るように見た。
美月は一呼吸置くと「今、家で寝てる……」と答えた。それを聞いた栄は、心底ほっとしたように顔の緊張が取れた。
美月の手首を離すと、カウンター席に力なく座った。
「そう、よかった……」
その囁き声を聞いた美月は、険しい顔で栄を睨み付けた。
「よかった……?」
美月が頬を引き攣らせ言う。せせら笑うような声だった。
栄は重たげに顔を上げ、美月を見た。
美月の顔は、今まで見たこともない、怒りを露わにした表情で栄を見ていた。
「よかった、だと?何がいいんだよ……何が良いって言うんだよ!」
美月は栄に殴りかかる勢いで詰め寄った。すぐ近くにいた雪が、「落ち着いて」と美月の両腕を掴み止める。
雪は美月を抱きしめ、「落ち着いて」と繰り返し、宥めるように背中を優しく叩いた。
美月は雪を退かすと、栄を睨み付けたまま「見損なったよ」と言った。
「もう、ここには来ない」
そう一言残すと、美月は踵を返して店から出て行った。
ドアに付いた呼び鈴が、店内に寂しげに鳴り響いた。
「俺……」
栄はカウンター席に座ったまま、背中を丸め両手で顔を覆った。
「栄君のせいじゃないわ。誰のせいでもない……」
雪は栄の背中を何度もさすった。
光はその場に立ったまま動けないでいた。
光の目の前には、真っ暗な森が見えた。
森の中は、冷たい大粒の雨が、止むことなく降り続いている。
耳の奥に、雨の音が鳴り響く。
光は目を強く瞑り、両耳を塞いだ。両膝をつき、呻き声を上げ、その場に蹲った。
「光君!」
雪は倒れ込むように蹲った光を見て、名前を呼んだ。何度も、何度も。
栄はゆっくりカウンター席から立ち上がると、俯いたまま、ふらついた足で光の元に行き、両膝をついた。
耳を塞ぎ震え蹲る光を、栄は優しく起こし、抱きしめた。
雪は口元を押さえ、声を殺して泣いていた。
三人のすすり泣く声が、まるで悲鳴にも似た響きで店内に溢れた。
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