第138話 予感
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店を出る頃には、二人はくたくたになっていた。
「買い物って、疲れますね」
「疲れるねえ」
栄は本当に疲れた様子で答えた。
電車に乗り込んですぐ、栄のスマホが鳴った。バイブレーションの振動音が、妙に大きく聞こえる。
栄はスマホを取り出すと、ディスプレイを見て「ああ、駄目だ。電話だ」と言い、スマホを仕舞った。しかし、電話は切れることなく鳴り続けた。
美夜の耳には、まるで悲鳴を上げるように、必死に栄を呼んでいる様に聞こえた。
「大丈夫ですか?何だか随分長くなっていますけど……」
「うん……。雪さんからなんだけどねえ……。次で降りるし、降りたら掛け直してみるよ」
栄はドアに寄りかかり、窓の外を眺めた。
電話の振動音が途切れると、美夜は妙に胸騒ぎがした。それは、栄も同様だったようで、窓の外を見ながら、落ち着かない様子で指先をドアにこつこつと当てていた。
乗り継ぎの駅に着くと、栄は電車を降りて雪に電話を掛けた。
雪はすぐに電話に出たようで、栄は「ああ、雪さん?」とにこやかに話しを始めた。だが、その顔から、すぐに笑顔は消えた。
見る見るうちに顔色が悪くなるのが、美夜にも分かった。
何度も瞬きを繰り返し、上擦った声で返事をし、スマホを持つ手が微かに震えていた。
電話を切ると、栄は強張った顔で必死に立っているように見えた。
「ハルさん?どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「早く……」
「え?」
「早く、帰らなきゃ……」
そう言うと、栄は荷物を持って大股で歩き出した。
美夜は荷物を持ち直すと、急いで小走りで付いていった。
「ハルさん、ハルさん?」
乗り継ぎの電車に乗ると、栄の顔は相変わらず青白い顔をしている。
「ハルさん、教えてください。一体何があったんですか?」
栄はやっと美夜に気が付いたのか、目を大きく開いた。
「美夜ちゃん……」
そう言うと、眉を顰めた。
あ、泣く……美夜は心の中で呟いた。
しかし、栄は泣くことはなかった。ただただ、美夜を見つめ、口を微かに動かした。やっとの思いで振り絞った声は、栄の声ではないように弱々しく、擦れている。
「り、里々衣が……階段の上から、落ちて……」
「え!」
美夜は目を見開き栄の顔を見た。
「頭から、落ちたらしくて……血が……」
「それで、里々衣ちゃんは?今どうしてるんですか?」
「保育園から、電話がコウに……。病院へ行ったって……」
「ハルさん、落ち着いてください。大丈夫。絶対大丈夫ですから!」
今にもしゃがみ込みそうな、栄の丸まった背中を、美夜は身体を温めるかのようにさすった。
その時の栄は、かろうじて立っていられる様な状態だった。
やっと地元の駅に着くと、美夜は雪のスマホに電話を掛けた。雪も取り乱してはいたが、栄程ではない。
美夜は病院の名前を聞き、栄の腕を掴み、タクシーに押し込んだ。タクシーの運転手に病院名を伝え、美夜はタクシーから離れる。
立ち去るタクシーを見送ると、美夜は荷物を持ち直した。栄が持っていた分の買い物袋も、タクシーに乗せる時に美夜が栄の手から取ったのだ。あの様子では、きっとどこかに忘れるだろうと感じたからだ。一気に両手がずっしり重たくなる。
美夜は小さく息を吐き出し、丁度来ていてバスに乗り込んだ。
今日は商店街で買い物は無しにしようと考えながら、日が落ちるのが早くなった外を眺めた。インディゴブルーの空を見つめながら、里々衣の事、栄の事を思い浮かべ「大丈夫……」自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
最寄りのバス停に着くと、美夜は荷物を持ち直し、アパートまでの道をゆっくり歩いた。
荷物が重いせいか、それとも気が気でなく、心配で足が重いのか分からなからない。
ゆっくり慣れた道を歩く。
静かな住宅街の角を曲がると、最近家を取り壊した場所がある。
薄暗い道を歩く。
なぜか、とても嫌な予感がした。背筋に冷たい水が落ちたように、ビクリとする。
ふと、雪の言葉を思い出す。
『変質者が出たんですって。……本当に気をつけて帰ってね』
美夜は背後に、嫌な気配を感じた。はっと息を飲み振り向くと、一瞬で視界が暗くなった。
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