第136話 送迎
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その日の閉店作業には、珍しく栄の姿が見えなかった。
美夜達が着替えを終え、三人で店を出ようとしたとき、栄が戻ってきた。
「良かった、間に合って。ガソリン入れてたら思いの外、時間がかかってね」と言うと、美夜を見て「今日から当分、帰りは送るから」と言った。
「え、でも」と美夜が言うと、雪が真剣な表情で「送ってもらった方が良いわ」と言った。
「そんな。大丈夫ですよ。昨日だって平気でしたし」
「変質者は毎日現れる分けじゃない。たまたま昨日居なかっただけで、今日はいるかも知れない。当分、様子を見た方が良いよ」
光は、どこか影の差す表情で言う。
美夜は三人の勧めで、送ってもらうことにした。
「里々衣、ちょっとドライブしような」と、栄は明るい声で後部座席に乗る里々衣に話しかける。
「いいよお」と可愛い声の返事が聞こえると、「では、出発します」と、気取った声を出した。
「本日のドライバーは、沖田栄でございます。当車の経由は美夜ちゃん宅、雪さん宅、そして我ら……」
「うるさいから。いいからちゃっちゃと運転して」
助手席に座っていた雪が、栄のアナンスを遮った。
「本当、雪さんは冷たいよねえ」
栄は口を尖らせぶつぶつと言った。後部座席で美夜は里々衣と笑い声を上げた。
「コウくん、歩かせて大丈夫だったの?」
「あいつは男ですよ。大丈夫でしょう」
「あら、でも最近、男の子だって狙われるのよ?コウくん綺麗だし、危ないんじゃない?」
雪は、冗談なのか本気なのか分からない口調で言った。
「もし、コウに襲いかかるような奴が居るなら、その勇気を称えましょう。あいつは元不良ですよ?その辺のへなちょこ君より、腕がありますから」
美夜は栄の一言に敏感に反応した。
「え!不良!?」
栄はバックミラーをちらりと見ると、はは、と笑い「遠い昔ね」と答えた。
「中学生の頃の話し。でも、やたら優等生な不良だったけど」
「優等生で、不良?」
美夜は首を傾げる。
「コウくん、頭良いものね。なんで大学行かなかったのか、不思議なぐらい」
雪は腕を組んでしみじみと言った。
「あ、あの、コウさんは、いつからパティシエの勉強をしていたんですか?」
美夜は雪の座る助手席シートを掴んだ。
「コウは、十八の時にフランスに行って修行してたんだ。しかも、言葉を完璧にして。我が弟ながら、嫉妬を覚えるくらい、すごい奴なんだよ、あいつは」
「本当、すごいですね……。で、何年間?」
栄は「えっと」と言いながら、頭の中で数えた。
「ハ年……七年ちょっとかな?まあ、そのぐらいだよ」
「そんなに長く……」
「さあ、美夜ちゃん宅、到着です」
美夜は栄に礼を言うと、雪と里々衣に別れの挨拶をし、車を降りた。
玄関を開けると、先に帰っていた美月の「おかえり」と大きな声が響く。
「ただいまあ」
靴を脱いでリビングへ行くと、丁度、夕飯の支度が調っていた。
「うわ、嬉しい。焼きそばだ」
「なんかね、急に食べたくなってさあ。出来たてのうちに食べよ。手、洗っておいでよ」
「うん」
美夜がリビングに戻ると、二人は手を合わせて「いただきます」と言い、食べ始めた。
「今日、早かったね」
美月はテレビを見ながら言った。
「うん。何かね、この近辺で変質者が出たんだって。で、落ち着くまで暫く車で送ってくれることになったの。うち、雪さんち、で、帰る」
「へえ。随分と大事にされてるねえ」
「ねえ、過保護なぐらい」と二人は笑った。
「でも、美月も気をつけてね。いくら自転車でも、やっぱり夜は危険だもの」
「うん」
二人は夕飯を食べ終わると、美夜が持ち帰った試作品のケーキを二人で分けて食べた。
「最近、ケーキの食べ過ぎだよね」
美月はそう言いつつも、フォークを置く気配がなかった。
「そうだねえ。あ、そう言えば、前に言ってたティラピスだっけ?何だっけ?」
「ピラティス?」
「そう、それ。今度の休みに行ってみたいんだけど」
美夜はケーキを食べ進めながら言った。本当にダイエットをする気があるのだろうかと言うほど、二人ともケーキを食べる事を止めない。
「水曜なら、私仕事だ。明日、一緒に行く?」
「うん」
美夜は最後の一口を口に運ぼうとした瞬間、「ああ!」と声を上げた。
「な、なに?」
「ごめん、水曜にハルさんと浅草に買い付けに行くんだった」
「買い付け?」
「うん。ハロウィンの飾り付けとか、色々」
「そっか。じゃあ、また次ね」
「うん。ごめん」
「大丈夫」
美月は手を合わせて謝る美夜を、優しい眼差しで見つめた。
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