第135話 苦手なもの
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美夜は休憩室でせっせと書き物をしていた。
少し遅れて休憩に入った光は、美夜の後ろ姿を見て首を傾げる。
目の前にトレーを置き、光が椅子に座るまで、美夜は異様なまでの集中力で書き物をしていた。もしかしたら、光が「お疲れ」と声を掛けるまで、気が付かなかったのでは、と思うほどだ。
「何描いてるの?」と、光は茶碗を片手に訊く。
今日の賄いは雪が厨房で作った酢豚と具沢山の味噌汁だ。
光は酢豚のタマネギを横に退かしながら、美夜の手元を見た。
「ああ、えっと。栄さんにハロウィンの準備をするからって言われて。お菓子とかで何か案があったら、コウさんに伝えてみたらって言われたので……」
「なるほどね。で、何か良さそうな案、浮かんだ?」
美夜は光の質問よりも、光の手元が気になっているようで、訝しげな顔をしながら光の皿を見ている。
「な、なんだよ」
「コウさん……。もしかして、タマネギ嫌いなんですか?」
光は微かに眉を上げると、顔を下に向け、「そう言うわけではない」と答えた。
「じゃあ、なんで避けてるんですか?」
「これは。雪さんの嫌がらせだよ」
「どんな?」
「……」
美夜は光の顔を覗き見た。
光の長い前髪の下に隠れた顔は、明らかに赤く染まっていた。耳を見ると、仄かにピンクがかっている。
「好き嫌いは良くありませんよ。子供じゃないんだから」
「だから!違うって」
光は顔を上げて美夜を見ると、美夜は微笑ましい物でも見るかのような顔で、何度も頷いていた。
「なに?その顔は!」
「いいんです、いいんですよ。そうですね、『嫌い』じゃなくて『苦手』なだけって言いたいんですよね」
美夜は「うん、うん」と頷いて、にやりと口角をあげる。
光は口を一文字にし、それ以降、何も言わずにご飯を食べた。美夜はその態度がおかしくて、一人でずっと笑っていた。
休憩が終わり、美夜は先に二階へ上がると、栄に光がタマネギ嫌いなのかを訊いた。
「いやあ、あの、半生状態の歯ごたえが嫌いらしいよ。食べない訳じゃないんだよ。カレーにも、ほら、コウの作ったシチューにも入ってるだろ?」
「ああ、そうですね」
「すっごい炒めてあるか、生かどっちかが良いんだって」
「確かに、半生だとぐにゃってしますもんね」
「そう、それが駄目なんだって」
「へえ……。なんか、弱点を見つけた感じですね……」
美夜がにやりと微笑むと、栄は頬を引き攣らせた。
「美夜ちゃん、なんか、悪そうな顔だよ。うちの天才パティシエを、あんまり苛めないでね?」
その天才パティシエが、休憩を早めに切り上げ二階へ上がってきた。裏口を開けるなり、美夜を鋭い視線で一瞥する。
まるで話しを聞いていたかのような表情に、美夜は愛想笑いをして見せた。
「ハル兄」
「はい?」
栄までも愛想笑いで答えると、光は眉を顰め栄と美夜を交互に見た。
何かを諦めたように息を吐き出し、「ハロウィンのことだけど」と言った。
「焼き菓子の種類増やそうと思うんだ。限定で。それで、ハロウィンの絵柄の袋、買ってきてよ。あと、飾り付けとかも少し。去年みたいな、すぐ使えなくなるようなのは要らないから」
そう言うと、厨房に入っていった。
「去年、どんな飾りを付けたんですか?」
「ああ、えっと……。紙をただ貼り付けただけ?」
栄の疑問系の言葉に、美夜も首を傾げた。
「そうだ。今年のはさ、美夜ちゃんも一緒に買いに行かない?そうしたら、コウも納得するようなのが見つかるかも知れないし。俺のセンスは駄目だと、毎回言われてね」
「だったら、コウさんに行かせたら……」
「あ、それは駄目。あいつは際限なく買ってくるから。予算内に納めたいから。ね、明後日の水曜、付き合ってよ」
栄は顔の前で手を合わせ、お願いと言った。
美夜は「まあ、暇ですから」と了解をした。
「どこに買いに行くんですか?」
「ん?浅草だよ。行ったことある?」
「いえ。下町ですよね、へえ。ちょっと楽しみ」
*******
美夜は一階の本屋に行き、雪と交代をした。
雪は同年代と思わしき女性客と、深刻そうな表情で話しをしている。
「いらっしゃいませ」と、女性客に声を掛けると、雪が深刻な顔のまま美夜を見て「気をつけてねえ」と言った。
「はい?」
「先週、この近辺で変質者が出たんですって。美夜ちゃん、ここから歩きでしょう?帰り、本当に気をつけて帰ってね」
雪は美夜の手を取り、両手で包み込むようにして握る。
「そうね。あなたくらいの若い女の子だったらしいわよ。この間、被害にあった子は。幸い、何もされなかったみたいだけど、精神的な傷はね……」
女性客が眉を顰めて言う。
美夜は「はあ」と困惑気味に返事をすると、雪が警告でもするかのように「本当に」と言って握る手に力を入れた。
「本当に、気をつけてね」
雪の瞳は真剣その物で、どこか必死にも見えた。
美夜は、戸惑いながらも「はい」と返事をすると、夢はひとつ頷いた。美夜の手を離したが、雪の表情はどこか硬い。美夜は気を付ける、とは返事したものの、この時はまだ、何処か他人事で、何にどう気を付けたらいいのか、あまりピンと来てはいなかった。
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