第130話 父親と息子
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葬儀当日の朝。
葬儀の準備で歩き回る栄の腕を、社長秘書の吉原が捕まえた。
「どうしました?」
少し身を屈め、小声で訊くと、吉原は困惑した表情で「あの、光さんが……」と、小声で言った。
栄は吉原が小さく指を向けた方向へ顔を向ける。
喪服を着た、背の高い色白の男が、葬儀場の入り口に立っていた。
栄は、まるで磁石で引き寄せられるかのように、足早に男に近づいた。男の目の前で立ち止まると、栄は懐かしそうに、そして、今にも泣き出しそうな表情をした。
「遅くなって、ごめん」
男の口が動いた。口の動きに合わせて耳に届く声は、確かに今、目の前にいる光から放たれたものだった。
栄は笑顔でそれに答えた。つもりだった。果たして、ちゃんと笑えているのだろうか、引き攣ってはいないだろうか、そんな考えが頭を過ぎったが、光が小さく微笑んだのを見て、ちゃんと笑えていたのだろう、と思った。
「手伝ってくれ」
「うん」
栄は光を連れて、あれこれと歩き回っていると、「光!」と怒鳴り声がフロアーに響いた。
二人は声の方へ素早く振り向くと、そこには父親が立っていた。目を見開き、顔を赤くして、鼻の穴を膨らませ、肩で息をしている。
父親は光の前まで大股でドタドタと音を立てて来ると、自分よりも若干背の高い光を、有無も言わさず殴りつけた。
「父さん!」
栄が間に入ると、父親は栄を睨み付け「お前が呼んだのか!?」と怒りの矛先を向けた。
栄は一呼吸置くと「そうです」と答える。父親は充血した目を益々見開き、「何を勝手な事を!!」と奥歯を食いしばった。
「家族でしょう。当然です。何が気に入らないのです?」
栄の心は妙に静かだった。
落ち着いた声と、感情のない表情で、少し背の低い父親を横目で見下ろした。父親は「家族だ?」と声を荒げる。
怒りで震える手で光を指さし、「こいつはうちの汚点だ!」と唾を飛ばす。
「不良になって散々迷惑掛けて、高校に入って、やっとまともになったかと思えば……!勝手に家を出て行ったんだ!あんなに、金をかけてやって、それを……!今だって、誉められた生き方してるわけが無い!うちの恥だ!!」
「父さん!」
栄は光の前に立つと、父親を真正面から見た。
「今日は母さんを送り出す日です。最後くらい、母さんを喜ばせてあげてもいいんじゃないんですか?母さんが、光を一番可愛がっていたことくらい、父さんも知っているでしょう」
父は、赤黒い顔で栄を睨み付けた。次いで、その視線を光に向ける。光は目を逸らすことなく、父の目を見つめ返していた。暫くして、父が目を逸らし「勝手にしろ」と言い捨て、その場を去った。
立ち去る父の背中を見ながら、小さく息を吐き出しす。栄はいつの間にか、両手を強く握り締めていたようで、爪が手のひらに食い込み、痺れていた。
「ありがとう」
光が消え入りそうな声が栄の耳に届く。
栄の神経が光に向いていなかったら、あまりにも小さな声すぎて、聞き取れなかったかも知れない。栄は光の頭を軽く叩くと、「行こう」と言い、会場内へ歩き出した。
光は栄の後ろ姿をじっと見つめ、深く息を吸い込むと、会場内に足を踏み入れた。
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