第129話 手紙
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家に着くと、栄は母の部屋に向かった。
百合の言っていた、光からの手紙がどこかにあるはずだ。
栄は、タンスの中やら化粧台の引き出しの中を漁った。しかし、どこにも手紙は無い。
百合の出任せか、と腹が立ったが、すぐに思い直した。百合は、今まで一度だって栄に嘘をついたことがない。嘘を言っても、すぐに笑い出して白状した。しかし、さっきは笑い出しもしなかった。凛とした大きな瞳を逸らす事なく、真っ直ぐ栄の顔に向けて。
きっと自分が見落としている、どこかにあるはずだと、もう一度、化粧台の引き出しを引っ張り出した。古い化粧台で、嫁入りの際、祖母から貰ったと言っていた事を思い出す。
「この引き出しね、仕掛けが沢山あるの。お母さんの宝箱なの」
子どもの頃、母はこっそり引き出しの一部を外して見せたのを、ふと思い出した。まるで、母が『ここよ』とでもいうように……。
栄は、急いで引き出しの下にある仕掛け板を外した。すると、そこから何通もの手紙やハガキが出てきたのだ。手にした順に、貪るように全ての手紙を読む。
手紙には、菓子作りについて、母の体調について、兄の様子について、心配や励ましの言葉が綴られていた。また、何通かの手紙には、フランスの風景写真や、職場での様子が映った写真が同封されていた。
写真の中には、栄の知らない光がそこに居た。暫く見ない間に、随分と大人びた顔つきをして、細かった腕も、しなやかな筋肉が浮かび上がっている。
栄は一階へ降り、居間へ行くと、子機を手にした。二階へ上がろうとすると、客間から啜り泣きが聞こえた。
客間のドアが、薄っすらと開いている。中をそっと覗き見ると、泣くことを知らないであろうと思っていた父親が、静かに目を瞑っている母の両頬に手を触れ、一人で泣いていた。
栄は静かにドアを閉めると、二階に上がり、母親の部屋へ戻った。
スーツのポケットから百合に渡された紙を取り出し、ゆっくりとボタンを押す。手が震えて思うように押せず、三回掛け直した。
四度目で正しい番号を押す事が出来ると、今度は呼び出し音の長さが、妙に気になった。実際は三十秒程度だったかもしれないが、一分以上待っているようだった。
あとワンコールで出なかったら切ろう、と思っていると、受話器越しに『アロー』という、懐かしい声が聞こえてきた。すぐに光の声だと分かった。
栄は声を出そうとしたが、口を動かすだけで声が出ていなかった。受話器の向こうで、もう一度『アロー』と聞こえた。
「コウ、か?……俺だ」
ようやく振り絞って出た声は、妙に震えて、弱々しい声だ。子機を耳に痛いほど押し当て、返事を待つ。数秒の沈黙の後、『ハル兄?』と、日本語が聞こえた。
【ハル兄】……。
そう呼ばれ、全身が熱くなる。
その懐かしい呼び名に、栄は頭の先から、足の先まで、気持ちの良い湯につかっているように感じた。
「ああ……」と、唸るような声を出すと、光は『久しぶり、だね』と、遠慮がちな声で言う。
栄は「そうだな」と声を振り絞る様に言った。
『よく、この番号分かったね」
「岸本さんに、聞いたんだ……」
『……そう』
「元気か?」
『うん。…… 兄さんは?』
「ああ……」
『……どうか、したの?』
光のその言葉に、栄は自分が泣いていることに気がついた。
嗚咽を吐きながら、光の声を聞いていた。何年も経っていないのに、何十年と聞いていなかったような気がした。懐かしく温かい光の声に、栄は子機を握り締め、再度、強く耳に押し当てる。
「……すまん」
『……』
気を取り直すかのように、栄は涙を拭うと、顔を上げ、壁見つめた。その壁の向こうに、弟が居るかのように、声を出した。
「今朝、母さんが死んだよ」
電話の向こうでは、一瞬の沈黙後、声を押し殺して泣いている気配を感じた。
「明後日、葬儀を行う。急だから、チケットが取れるか分からないけど。取れたら、帰ってこい」
栄は自分でも驚くぐらい、しっかりした声を出していた。
光は小さな声で『わかった』と言った。
栄が「じゃあ」と言って、電話を切ろうとすると、光は、すかさず『ありがとう』という声が耳の奥に響く。
栄は、その言葉に、再び顔を崩した。ぶっきらぼうに「ああ」と返事をすると、電話を切り声を殺し、泣いた。
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