第128話 兄の葛藤
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百合は栄の反応をじっと見つめ、答えた。
「光君が、高校に受かったときの事、覚えてるよね」
百合は確信を持った風に言い切る。
栄は目を見開き、百合を見た。まさしく、その時の事が、頭に浮かんだからだった。百合は真っ直ぐ栄を見据え、真剣な表情で話しを始めた。
「その時、彼は見逃さなかった。あなたの顔から、本当の笑顔が消えたって言っていたわ。あなた、それまで光君のこと『コウ』って、呼んでいたんでしょう?」
栄は百合から顔を逸らすと、忙しなく辺りを見るように目を動かし、両手を組んでは離すを繰り返した。
「本当の笑顔?何を馬鹿な事言っているんだ。呼び方だって、子供じゃないんだ。大人になれば、あだ名で呼ばなくなって当然だろう」
栄は正当だと思われる返事をした。だが、百合は首を振った。
「急に呼び方が『ヒカル』に変わったことで、彼は感じ取ったのよ。それでも、あなたは自分を押し隠して、良い兄として、理解ある兄として、まるで他人と接するように振る舞った。光君はそれが許せなかった。実の弟にまで、本当の自分を見せなくなったあなたを、どうにかして自分に向かせたかったのよ。でも、今の自分では無理なんだって。だから、あなたに勝つ為に、あなたを振り向かせるために、今、自分に出来ることを、彼なりに必死に考えていた」
「俺に勝つって、何だよそれ。まったく、いくつになっても子供だな」
栄は震える声を抑え、強がるように言う。
「お母様、光君のこと、何か言ってなかった?」
「別に……何も」
「本当に?一言も、何も言わなかった?」
「言ったとして、あんたに何の関係があるんだよ!」
栄はとうとう声を荒げたが、百合は一歩も引かなかった。睨みつける栄の目を、逸らす事なく見据える。
「お母様の願いよ。あなた達に、昔みたいに仲良くなって欲しい。仲直りして欲しいって」
「仲直りも何も、喧嘩なんてしていないんだ。それを、なんで……」
正面に立つ百合の瞳は、驚くほど澄んでいて、栄の醜い部分までを見通すかのようだ。
街灯の明かりが、百合の細い線を、優しく包み込むように照らし出している。白い肌が、青白く浮かび上がり、その姿は神秘的に見え、目が離せない。
「殴り合ったり、罵倒しあっていなくても、心で拒否をしていたら、それはどう見たって、仲が良いとは言い難いわよね。それに、さっきから、あなたの反応、おかしいわよ」
「おかしい?」
「いつもはにこやかで温厚なあなたが、異常に熱くなって。それだけ、光君を気にしていると言う証拠じゃないかしら?本当に関係ないって言うなら、ここまで熱くなれる?」
その言葉は図星で、何も言い返せない。
「……」
百合は鞄から紙切れを出した。
「連絡する、しないは、あなたに任せるわ」
そう言うと、栄の手に紙切れを無理矢理押し込んだ。
「じゃあね」
百合は振り向くことなく立ち去った。
栄は手にしたくしゃくしゃの紙を、そっと広げた。そこには、形の整った綺麗な文字が並んでいる。
栄はその紙を、スーツのポケットに仕舞い込み、百合とは反対方向へ歩き出した。
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