第125話 母と妻と
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光の運転は、栄同様に静かな運転だ。
里々衣が寝ているせいか、その運転は、いつもより慎重だった。
「今さ、母さんの葬式の後、百合さんに空港まで送ってもらった時のこと、思い出してさ。あの運転、ひどかったよね」
栄は「ああ、あれは酷かった」と苦笑した。
窓の外に顔を向けると、開けた窓から入ってくる風が、頬を撫でる。
不意に、母親が亡くなった時のことを思い出す。
今はまだ真昼なのに、栄の目の前には、夜の公園の風景が広がっていく。
「光君、ずっと、あなたと同じ気持ちだったのよ」
百合の声が耳に響く。その声に導かれるように、栄はそっと目を閉じた。
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母親が亡くなった。
栄にとっても光にとっても、最愛の母。一番の味方で居てくれた人。その、母が亡くなった。
もともと身体が丈夫でなかった母は、光が家を飛び出してから、ますます寝込むようになった。
母が亡くなる前、母は、光の名前を呼び続けた。そして、とうとう駄目だと言う時に、今まで譫言しか言わなかった母が、真っ直ぐ栄の目を見て、はっきりと言った。
「ハル、コウはあなたの、たった一人の弟よ。コウは誰よりもあなたの味方よ。あなたを愛している。どうか、昔みたいに、二人で力を合わせて。コウを信じて。おじいちゃんの、味を、復活させてね」
最後まで、光の事ばかりだ。こんなに大事に思われているのに、あいつは。母を殺したのは、光だ。
栄は、光を今まで以上に、憎く思った。
母親の葬儀の準備で忙しい最中、栄は百合に呼び出された。
百合は、栄の二つ年上で、祖母である会長の秘書を任されていた。母親の知り合いの令嬢で、フランス留学の経験があり、本人の希望でもあったが、会長の希望もあり、短大を卒業してすぐ、運良く会長の秘書として働いていたのだ。
仕事を通じ、頻繁に話しをするようになってから、お互いがお互いの仕事への姿勢や、考え方に惹かれ、付き合い始めた。
いつも二人で会う池のある公園に着くと、周囲を素早く見回した。既に来ていた百合は、手摺りに寄りかかり、水面を眺めている。
公園には、夜だというのに、何組かのカップルが肩を寄せ合って水面を眺めてる。
その中に百合の姿を見つけると、足早に近づき声をかけた。
「何ですか。急に呼び出して。大事な用事って?今、忙しい事くらい、分かっているでしょう」
ここ数日、徹夜だったせいもあり、幾分、苛々した口調になってしまう。栄は、気まずさからか、無意識に百合から数歩距離を開けて隣に立った。
百合はそんな事は気にもせず、夜風に当たって「良い風ね」と微笑んだ。
栄は無表情のまま黙って手摺りに寄りかかり、水面を見つめた。百合は、そんな栄の横顔を見て、困った顔で微笑む。
「光君に、連絡しないの?」
百合はゆっくり、確認するように言った。
「光?」
栄は声を尖らせ、百合を睨み付ける。
「なんであいつが出てくるんですか」
「家族じゃない」
百合の言った「家族」という言葉に、栄は馬鹿にしたようにせせら笑うと、「もう、とっくの昔に家族なんかじゃないですよ」と吐き捨てるように言葉を続ける。
「母の具合が悪化したのは、あいつのせいなんですよ。母が死んだのも、あいつが自分勝手に生きているせいで、気苦労が絶えず亡くなったんです」
百合は眉を顰めると「本気で言っているの?」と訊ねた。
「あいつは、フランスに遊びに行くって言って出て行ったんだ。笑いながら。未だにどこにいるかすら連絡なしで。さぞかし、毎日を楽しんでるでしょうよ」
栄は鼻で笑うと、苦々しい顔で水面を睨み付ける。
「もしかして、それ、本気で信じちゃってるの?」
百合は目を見開き、驚いた顔で栄を見た。栄は黙ったまま下唇を噛み、返事もせず水面を見ているだけだった。
「あなた、一度でも、光君の居場所、捜そうとしたことある?」
「……」
「あの子、毎週のようにお母様に手紙を出していたはずよ。それ、一度も見たことない?」
「手紙……?」
百合は栄の反応を見て「呆れた」と言った。
「あなた、光君のこと、まるで何も分かってないのね。光君がどんな思いで留学したかも、あなたをどんなに慕っていたかも」
百合は怒りを通り越し、呆れた口調でい言った。
「留学?」
「……本当、何も知らないのね」
栄は百合を横目で睨み付けると、すぐに目を逸らした。
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