第123話 真夜中の告白
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満月が少し欠けた月を、二人は布団の中で眺めていた。
「美月」
「ん?」
「ごめんね」
突然、美夜が謝りだしたことに、美月は驚いて起き上がった。
「え?なにが?どうしたの、美夜」
美夜は仰向けに寝ころんだまま、微笑した。
「美月に、黙ってたことがあるの。それについて、最近、美月はずっと考えていたんじゃないのかなって、思って」
美月は黙ったまま美夜の顔を見た。美夜は天井を真っ直ぐ見つめたまま、まさしく、美月がずっと気に掛けていた事を、穏やかに語り始めた。
蛙の声が響く中、美夜の声はどこまでも優しく、美月の心臓の奥深くを包み込む。
「六月の終わりに、ハルさんに一緒に出掛けようって誘われて、徳山さんの店と、水族館に行ったの」
美月は美夜から顔を逸らすと、布団に視線を降ろした。
「私ね、ハルさんを好きになっちゃったの。でも、それをね、一生懸命押さえていたの。だけど駄目だった……。気が付いたら、好きって気持ちが溢れ出ちゃって、自分でもどうしたらいいのか分からなくなってたの……」
「……いつから?」
「働き始めてすぐの頃かな……。ううん、今思えば、初めて会った時からかも。一目惚れだったのかも知れない……」
美夜は初めてLisへ行った時に見た、栄の営業スマイルとは違う、本当の笑顔を目にした時のことを思い出した。あの時から気になっていたのだと。
「でも、亡くなった奥さんの写真を偶然見てしまって。その時に、自分の気持ちを封印したの。自分の不毛な想いが、苦しくて、辛かったから。そんな思いをするくらいなら、いっそう無かった事にしよう、今ならまだ間に合うって思った。でも、駄目だった。その想いは端から見ても分かりやすかったのかも知れない。想いがピークに近づいていた時、ハルさんに出掛けようって誘われた……」
美夜は淡々と話しを続ける。それはまるで、他人の話をするように、物語でも語るように、何の感情もない。
「嬉しくて、どうしたらいいのか分からないぐらい、頭の中はそれこそ、お花畑状態。すごく楽しみしていて、嬉しいはずなのに、緊張して上手く笑えもしないし、話も出来ない。何を話したらいいのかすら、全く思いつかなくて。そんな状態の私に……ハルさんがね、徳山さん、良い奴だから、美夜ちゃんどう?って言ったの。その一言が、すごくショックだった……。その後に行った水族館で、硝子に映った自分の顔を見て、驚いた。なんてつまらなそうな顔をしてるんだろう、なんで泣きだしそうな目をしてるんだろうって。そう思ったら、顔を上げられなくなった。館内にある椅子に座って、暫く休んでいたらね、ハルさんが、亡くなった奥さんの話しを始めたの。今まで一度だって奥さんの話をした事がなかったのに……。その時に、はっきり気が付いたの。ハルさんは、私の気持ちに気が付いてるんだ、私に、自分を好きになっては駄目だよって、言いたいんだって……」
美夜の声が小さくなった。美月は美夜に目を向けると、美夜は先ほどと同様に、仰向けのまま、真っ直ぐ天井を見ていた。ただ、違うところは、目尻から幾筋もの涙が流れ落ちていたこと。
「想いも言えないで、失恋してね……。初めから分かってた事なのに。自分が何だか惨めになって……。でも、もう何でもないの。もう、ハルさんの事は、終わったの」
美月は「じゃあ、なんで」と声を出した。思いの外、声が擦れていたが、それでも訊ねる。
「なんで、泣いてるの?」
美夜は答える代わりに、ぐっと口を閉じ、目を瞑った。
「まだ、ハルが好きなんじゃないの?」
その言葉に「それはない」と、美夜はきっぱり言い切った。
「じゃあ、なんで……」
美月は美夜が泣いている意味が分からなかった。違うと言い切るなら、なぜ、涙を流すのか、美月はその答えを知りたかった。
美夜は静かに目を開いた。
「ハルさんが、いつか前を向いて歩いて行ければいいと、本心から祈ってる。ハルさんが今、見ている世界は、私たちとは違う。過去の光景を脳裏に浮かべ、その風景の中で生きてる。その世界は、とても暗くて、寂しくて、深い深い、水の底のようで……。明るい光が見えるところへ引き上げてあげたい。でも、それは私には出来ない事なの……。世界は、こんなにも光が満ち溢れているのに、ハルさんの目には見えていない。里々衣ちゃんがどれだけ大きくなったのか、コウさんがどれだけハルさん思い、心配しているのか、ハルさんは気が付いてないで生きてるんだよ……」
「美夜……」
「奥さんを忘れろって言うんじゃないの。ただ、目の前にある幸せを、ちゃんと見て欲しいの。うわべだけで見るんじゃなくて、心の目でちゃんと見て欲しいの」
美夜が泣いている理由は、栄の痛みを自分の事のように受け止めているのだと、美月は感じた。それは、美夜が言うように、好きという感情とは、別の物のように思えた。そしてそれは、単なる同情とも違うもだ。美夜の声には同情は感じられず、もっと深い部分で痛みを感じ取っているのだと、美月には分かった。
以前、恭が言っていた言葉を思い出した。
「美夜は感受性が強いから、ちょっとした一言で、人の傷みの根っこの部分を見てしまうだろうな」
だから、同情を通り越して、自分のことのように、どうしたらそこから歩き出せるか、真剣に考えるのだろう。しかし、それは結局自分の痛みではないから、どうにかしてその人の痛みを和らげることが出来ないか、必死で考えるのだ。
美夜は手の甲で涙を拭き、寝返りを打つと、涙で濡れ、光る瞳で美月を見つめた。
「でも、きっと近いうちに、ハルさんは明るい世界に目を向けられる。そう信じてる。私には、分かる」
妙に断定的に、確信に満ちた口調で言い切る。
「どうして、そう思うの」
美月は小さな声できいた。
美夜は何も答えず、ただにっこり微笑んだ。
「美月」
「なに?」
「いつも一緒にいてくれてありがとう」
「え……?」
「美月には、いつも元気をもらってるんだよ。私はしょっちゅう、美月に甘えてる。それでも美月はいつでも私を見失わないで、私を必ず見つけて、手を引っ張ってくれてる。子供の頃も、今も」
美月は戸惑った顔で美夜を見つめた。
「私たち、双子だから。二人で一人前なんだよ。だから、どっちがどっち、って言うんじゃなくて、二人で無意識にお互いの足りない所を、フォローしあってる。美月ばっかりが私に甘えてるわけじゃない。私だって、美月にいっぱい甘えてるよ」
美月は昼間、恭に話した事を思い出した。その事に気づいたのか、美夜は恥ずかしそうに微笑むと、「恭お兄ちゃんにね」と言った。
「ちゃんと美月に伝えてやれって言われた。双子でも、言わなきゃ分からない事は沢山あるんだね」
そう言うと、小さく笑い声を立てた。美月は「そうだね」と、布団に寝転がった。
「お兄ちゃんは本当、美月が大好きだからなあ」
美夜は身体を仰向けに戻しながら言った。
「美夜、いつもありがとう」
「うん」
月明かりの中、夏の暑さとは異なる、暖かい優しい空気に包まれ、二人は静かに目を閉じた。
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