第120話 兄の存在
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最近、美月は栄と会話をすることが増えていた。それは、美月がよくLisに行くようになり、美夜を待っている間、栄が気を遣っているのか、美月が座っている席の前に座り、話しかけてくるからだ。
美夜が喫茶に上がってきて、二人で話しているのを見ても、美夜はいつもと変わらない様子で、「ああ、美月」と満面な笑みを見せる。
美月はふと、美夜は、自分が栄と話しをしたりする事を、本当はどう思っているのだろか、と思った。
もし、二人が付き合っているのであれば、栄の態度も何となく頷ける。きっと美月しか知らない、美夜の話しを聞きたいのだろう。または、栄の事をあまり良く思っていなかった自分に、媚を売りに来ていたのかも知れない。
だが、栄の態度を思い出すと、そのどちらでも無いように思えて仕方がなかった。
話す内容と言えば、お互いが好きな物の話しや、旅の話しが多く、美夜の話しは殆ど出たことがなかった。
美月には、益々分からなくなってきた。
栄のことも、美夜のことも、知っているようで、本当は何も知らない。
「あ、美月、起きてたんだ」
美月は大袈裟なぐらい驚いて振り向いた。
「え、どうしたの?なんでそんなに驚くの?」
美夜は笑みを浮かべながらも驚いた様子で訊く。
美月は硬直した顔で美夜を見上げた。美夜は小首を傾げ、美月の隣りに座る。
「なんか、顔色良くないよ?夏風邪引いた?」
美夜は美月の額に冷たい手を当てる。その手の冷たさに、美月はそっと目を閉じた。
「熱は無いみたいだけど、ご飯食べたら、念のため薬飲んでおいたら?」
美夜はゆっくり立ち上がり「ごはん、もう出来るから」と言って台所へ戻っていった。
美月は美夜の後ろ姿を見送ると同時に、複雑な気持ちが倍増していた。
「おはよう。来たよぞぉ」
玄関から、恭の大きな声が聞こえた。
美月の心音が少し大きくなる。美月は素早く立ち上がり、玄関へ向かった。
「お、みっづきい。元気だったか?」
「うん、ありがとう、元気だよ。恭兄も元気そうで良かった。あ、奥さん大丈夫なの?」
「ふふん。俺はいつでも元気だ。ありがとうな。奥様はもう、病院に入ったよ。もうすぐお前は叔母ちゃんになるんだぞお」
恭は嬉しそうに言った。
「まだ二十三で叔母ちゃんって呼ばれるのは嫌だけど、でも、嬉しいよ。楽しみ。産まれたら写メール送ってよ」
「もちろんだよ。毎日でも、毎時間でも送ってやるよ。毎分でも良いぞ?」
「いや、そこまではいいかな?」
美月と恭が笑いながら居間へ行くと、美夜がテーブルに箸を並べていた。
「よ、美夜。久しぶり」
「あ、恭お兄ちゃん。おかえり、久しぶり。お兄ちゃん、こっちに来てて良いの?」
「なみちゃん、病院にいるんだって」と美月が答えた。
「へえ、もうそんな時期なんだね」
「そうよ。美夜、お前、今パティシエなんだろ?産まれたら、祝いのケーキでも作ってくれよ」
「良いけど、赤ちゃんは食べられないじゃない」
美夜はてきぱきと手を動かしながら話、恭はゆっくりと卓袱台前に腰を下ろす。
「愛する奥さんのために、だよ。赤ちゃんももちろん楽しみだし、大事だよ?でも、まずは奥さんでしょう。なみちゃんの喜ぶ顔が見られれば、俺はそれで十分」
「はいはい、ごちそうさま」
美月は笑いながら兄の両肩を叩いた。
「お兄ちゃん、朝ご飯は?」と美夜が訊く。
「まだ食ってない。ここで食おうと思ってたから」
「分かった。じゃあ、すぐ用意するから、座って、待ってて」
「おう」
美夜が台所へ向かうと、恭は自分の肩を叩いている美月を見上げた。
「なに?」美月は眉を上げる。
恭は父親に似た切れ長の猫のような瞳で、美月をじっと見つめた。
「何か、悩んでるのか?」
その言葉に、美月の心臓は大きな音を立てた。その音は、美月の耳の奥に酷く響き、恭の声がぼんやりと聞こえる。
「え?な、何言ってるの?恭兄」
「嘘つくな。俺の目は、誤魔化されないぞ」
そう言うと、くるりと向きを変えて、美月に向かい合った。
「どうした」
美月は顔を伏せて、目を泳がせる。
「俺には言えないことか?」と、美月の顔を覗き込む。その瞳は、妙に鋭い光を宿している。
「そんなんじゃ、無いけど」
口を尖らせ答えると、恭は「ふう」と息を吐き出した。
大きな手で美月の頭を撫で、「無理はするなよ」と言った。
「苦しくなって、首の元まで押し寄せてきて、それでも黙ってたら、お前だけじゃなく、お前の周りにいる人も、お前を見てて苦しくなる。吐き出せるうちに出しちまわないと、声も出なくなるぞ」
「うん……」
恭は美月の頭から手を離すと、優しい笑顔を見せた。
「大丈夫。お前は俺の妹だ」
美月は吹き出しながら「何それ」と言い、兄の優しさに心から感謝するのだった。
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