第112話 荒ぶるパティシエ
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栄は下手に出て「申し訳ございません」と、済まなそうな顔をして見せた。
「冬でしたら、三時間ほどは持ちますが、今の時期は夏ですから、どうしても二時間が限度になります」
「保冷バッグとか無いわけ?他の所なら出してくれるけど」
「申し訳ございません。当店では用意してないんです。当店は小さな個人店ですので。よろしければ、生菓子ではなく、焼き菓子はいかがでしょうか?こちらでしたら日持ちもいたしますし、常温で十分、美味しく召し上がっていただけますよ」
「私はケーキが欲しいって言ってるでしょう?なんで焼き菓子なんか買わなきゃいけないのよ」
女性客は突然大きな声で文句を言った。
「客が、これが欲しいって言ってるんだから、何とかしなさいよ!あなた、ここの店員でしょう?」
栄は引き攣る顔で微笑みながらも、「ですから、先ほども申しました通り……」と言うと、栄の言葉を遮って、光が前に出た。
「あんた、何でうちに来た?」
女性客は怪訝そうな顔で光を睨み付けた。
「何なの?その態度?私は客なのよ。ケーキを買いに来たんでしょう。ここのが美味しいって、人に勧められて、わざわざ来てやってるんじゃない」
女性客は腕を組んで言い捨てるように言った。
「悪いけど、あんたみたいな客に売る商品はうちには無いね」
「コウ!」
栄は喫茶で休んでいる客を一瞥すると、慌てて光を止めた。しかし、光は栄の制止も聞かず、言葉を続ける。
「旨い菓子を食いたければ、その店の店員が、一番安全で美味しく食べられる時間を言ってるんだ。それを聞くのが常識だろ。それも聞かず、ああだこうだと我が侭を通せば何でも通用すると思うな。こっちは、本当に旨い菓子を食べたくて来ている客にしか売らない。あんたみたいに、うちの商品を知りもしないで文句言う奴には、どんな商品も売る気はないね」
「な、なんなの、あなたは!?」
「いいか、良く聴け。もし、あんたが店員の言うことを聞かずに五時間だの六時間持ち歩いてみろ。この暑さだ。間違いなく食中毒を起こすだろう。それをあんたは食べて、腹をこわす。そしたら、あんたは人の忠告を無視したことを棚に上げて、クレームを付けるだろ。あんた一人が、たかだか千円、二千円の買い物で、俺たちは何週間、何ヶ月と店を閉めなきゃいけなくなる。あんた、俺たちの給料分の買い物でもしてくれるわけ?そうじゃないだろ。そう言うわけだ。わかったら他で買い物してくれ。俺はあんたに食べて欲しいとは、微塵も思わない」
光はそう言うと、ドアを指さし「出口はあちら」と言い放った。
女性客は目を見開き、震えながら顔を赤くさせ、歯を剥き出し、「なんなの、あなた!この無礼者!店長出しなさいよ!あんたじゃ話しになんないわ!」と、唾を吐き出しながら怒鳴り始めた。
栄は光の後ろで溜め息を吐き出したいのを、ぐっと堪えると、光の前に出て「私が店長です」と言った。
女性客は鬼のような形相で怒鳴り始めた。
栄は「申し訳ございません」と謝りつつ、「お客様、わたくしの話しを聞いていただけませんか?」と言った。
女性客は一瞬、訝しげな表情をし「なによ」と言った。
「私はこの店のオーナーですが、この店のシェフパティシエはこの若者です。当店は、このパティシエのお陰で店が成り立っています。このパティシエは、お客様の知る、どこの店よりも誇りを持って自分の商品を作っています。もちろん、販売者である私もそうです。しかし、お客様がおっしゃる持ち歩き時間は、折角パティシエが最高の菓子を作ったのにも拘わらず、パティシエの誇りを踏みにじる事になるんです。美味しい状態で初めて『Lis』の商品なんです。賞味が切れた商品を『Lis』の商品だと、そう思われることは、大変心が痛みます。私としましても、パティシエが言った通り、残念ですが、お客様に当店の商品をお売りすることは出来ません。恐れ入りますが、お引き取り願えますか」
女性客は全身怒りで震え、「こんな失礼な店、初めてよ!二度と来るものですか!」と唾を飛ばした。
「知り合いにもよく言って聞かせます。こんな店に来るものじゃないって。こんなんだから有名になれないのよ。いつまでも売れない菓子屋でもやってればいい!」
そう捨て台詞を言うと、乱暴にドアを開け店を出て行った。
栄は店内にいた数人の客に頭を下げ、光にも謝るよう促した。光は店内にいた客に、焼きたての焼き菓子を振る舞い、謝った。どの客も「気にすること無いですよ」と優しく微笑んだが、唯一、一人の男性客だけが厳しい言葉を言った。しかし、最後には「まあ、あの客には、私ももう二度と来て欲しくないと思うよ」と言って、口角をにやりと持ち上げた。
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