第107話 水族館
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平日のせいか、水族館内は殆ど人が居なかった。数人のカップルと、たまに子連れの若い夫婦が居る程度だ。
美夜は、不意に他の人の目には、自分達がどう映っているのだろう、と思った。
恋人同士の様に見えるのだろうか、それともただの友達や兄妹の様に見えるのだろうかと、水槽の中にいる魚ではなく、水槽に映る自分をじっと見つめた。
水槽に映る自分は、とても不安そうな顔をしている。すごく楽しみにしていたのに、どうして泣きそうな顔をしているのだろ、どうしてつまらなそうな顔をしているのだろ、そんな自分を見るのが嫌になり、美夜は顔を伏せた。
「美夜ちゃん?」
栄は隣に立ち、下を向いてしまった美夜に小さな声で呼びかけた。
「疲れちゃった?ちょっと休む?」
栄は周囲を見回し、少し先に行ったところに、椅子が置いてあるのが目に入った。
「あっちに椅子があるから、座ろうか」
美夜は小さく頷くと、栄に肩を支えられ、椅子がある所まで歩いた。栄の手の温かさが、全身に伝わり、身体が熱くなる。
栄の優しく響く声が、薄暗く、静まり返った部屋に吸収されるように消えていく。
椅子に座ると、栄は美夜から手を離し「大丈夫?」と心配そうに美夜の顔を覗き込んだ。
美夜は顔を上げることが出来ず、ただ、小さく頷く事しか出来なかった。
栄は小さく息を吐き出し、目の前の水槽に目を向ける。
しん、と静まりかえった館内。人の気配が無く、まるで二人だけ別空間に隔離された様な気がした。
栄はふと、百合と水族館へ来た時のことを思い出す。あの時も、館内に誰も居なくて、世界に自分達二人しか居ないのではと、思った。
ゆっくり目を閉じて、耳を澄ます。
「こうして、静かに耳を澄ましていると、魚たちの呼吸が聞こえてくるように思わない?」
百合は目を閉じたまま言った。
栄は笑いながら「そうか?」と応える。
「微かに聞こえるのよ。すごく小さな音だから、神経を集中させなきゃ聞こえないの」
栄は百合がしているように、自分も目を瞑って耳を澄ました。
微かに水の音がした。気がした。遠くの方でぽこぽこ音が聞こえた。気がした。
栄はゆっくり目を開けた。
目の前に百合は居なかったが、あの頃と同じ水槽があり、同じプレートに同じ魚の名前が書かれている。
「昔、一度だけここへ来たことがあるんだ」
栄は静かな声で話しを始めた。水槽を見つめたまま、その奥に見える過去の光景を懐かしむかのように、目を細めた。
「亡くなった、俺の大切な人と」
美夜は俯いたまま、目を見開いた。
「今月の五日。俺の奥さんの命日だったんだ」
不意に話しを始めた栄の声に、美夜はそっと頭を上げた。
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