第103話 思わぬ誘い
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翌日、栄は自分が休憩に入る前に、本屋に顔を出した。
栄が来た事に驚いた美夜は、顔を赤らめ「お疲れ様です」と言い、椅子から立ち上がった
。
「お疲れ。どう?お店の方は」
栄は極力いつもと変わらない調子で訊いた。
美夜は栄から顔を逸らすと「それなりに、売れてます」と返す。
「そう」と言うと、栄は店内を少し歩いた。乱れた本を手直しし、美夜に振り返る。
「美夜ちゃん」
「はい!」
美夜は背筋を伸ばして、栄を真っ直ぐに見つめる。
「来週の水曜、一緒にどこか出掛けようか?」
「え?」
「だめかな?」
美夜は目を大きく見開き、頭の中で栄の言葉を復唱した。言葉が解読できると、一気に顔が熱くなっていく。
「あの、えっと……」
「何か、用事あった?」と栄が訊くと、美夜は急いで「いえ、何も」と返事をした。
「じゃあ、来週の水曜、駅前で良いかな?」
「はい」
「時間は、昼前にしよう。どこかでご飯食べよう」
「はい」
「じゃあ、十一時半でいいかな?」
「はい」
「よし。じゃあ、それで」
栄はにっこりと微笑み、暖簾を潜って休憩室へ向かった。
美夜は椅子にへたれこむ様に座り、胸に手を当てる。心臓がこれまでにない速度で動いている。手と足は震え、耳が良く聞こえない。
「あ……メモ……」
美夜は震える手でメモ用紙とペンを取ると、日付と時間、駅前と書いて、スカートのポケットに仕舞った。
「夢……かな?どうしよう……」
店内に女性客が二人、入ってきた。美夜は我に返り、震える声で「いらっしゃいませ」と言った。
*******
美夜は取っ替え引っ替え服を着替え、鏡の前に立っては「違う」と呟いた。部屋の時計を見ると、刻々と待ち合わせ時間が迫っている。
「どうしよう……」
美夜は部屋中に散らかした服を見渡し、気になった物を掴んだ。
「美夜」と、美月が部屋をノックして入ってきた。
「なに?どうしたの、こんなに散らかして。どこか行くの?」
美月は目を丸くして美夜の部屋を見る。
美夜は微かに頬を赤く染めると「そう」と返事をした。
「ちょっとね。時間がないの。何か用事?」と着替えながら美月に訊く。
「ああ、うん。今日、本当は休みだったんだけど、急遽、仕事に出る事になったんだ。それで、帰りは遅くなると思う。美夜も遅くなる?」
「わからない」
美夜は鞄を漁りながら答えた。
「そう。じゃあ、ご飯はそれぞれで食べよう」
「うん。分かった。もう行くの?」鞄から顔を上げて美月を見た。
美月はもう既に支度が調っている。
「うん。今から行ってくる。周り閉めていくから」
「ごめん、ありがとう。気をつけて行ってきてね」
「うん。美夜もね」
美月は部屋から出て行った。暫くして、玄関のドアが閉まる音がした。
美夜は化粧台の前に座って、自分の顔をじっと見つめた。寝不足で少し目が腫れ、薄っすらと隅も出来ている。
「美月に言えなかった……」
なぜ、正直に栄と出掛けると言えなかったのか、自分でも分からなかった。
美夜は「急がなきゃ」と呟くと、化粧を始めた。
栄に貰ったピアスを付け、全身鏡で自分の姿を見る。
鏡の中の美夜は、半袖のグリーンをメインにしたチェックの膝丈ワンピースを着た。
スクエアーカットの胸元に、アクセントとして三個のボタンが付いていて、裾は白いレースが見える。焦げ茶色の小さなショルダーバッグに、肩下までの長さがある髪の毛は、毛先を少しカールさせ、両耳の脇をピンで留めた。
「大丈夫かな……。可笑しくないよね……」
不安げに鏡の中の自分に問いかける。鏡の中の自分は、情けない顔をしてこちらを見ていた。
「大丈夫、美夜。笑って」
自分の口角をきゅっと上げる。自分の顔にコンプレックスはそれなりにある。しかし、普通にしていても口角が上がっている所が、唯一、自分の中で好きな箇所だった。
鏡の中の美夜は、口角を持ち上げただけで、明るい笑顔になる。
「そう。大丈夫。緊張しないで、いつも通りに。今日を楽しみましょう」そう言うと、鞄を持って部屋を出た。
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