第100話 報告(2)
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栄は目を閉じたまま、深く息を吐き出すと「ありがとう」と、心を込めて言った。
「それで、父さんには言ったの?」
光は気を取り直すかのように、さっぱりとした声で訊く。
栄は眉を顰め、頭の後ろを掻きながら、「いや、それが……まだ、なんだ……」と言い淀んだ。
「どうして?」
「まあ、なんだ。……色々と、順番を間違えた……」
そう言うと、光は一瞬の沈黙後、素早く頭を回転させ、「あ~あ」と溜め息と笑いが混じった声を上げた。
「それは、言いづらいね」と、他人事のように大笑いをする。
「笑うなよ……。俺も昨日知ったんだよ……。どう報告をしようか、一緒に考えてくれ」
栄は弱り切った声を出し、弟に縋り付いた。頼みの綱の弟は、「だぁめ。自分で考えな」と、ピシャリと言い切る。
「ケチ」口を尖らせ呟くように言うと、弟は吹き出しながらも、「ケチじゃないよ」と言った。
「自業自得だろ。それに、俺より父さんの扱いに慣れてるのは、兄さんなんだし。まあ、頑張って」
明るく楽しげな声が、栄を軽く跳ね飛ばす。
「冷たい奴だなあ」
不服そうに声を上げると、光はさらに笑う。
「冷たいんじゃないよ。ライオンの親と同じなだけ。今、甘やかしたら、この先どうするの。兄さんの為にならないし、こんなへなちょこ親じゃ、産まれてくる子供が可愛そうだよ」
光の言葉に栄は黙った。下唇を突き出し、鼻から息を強く吐き出す。
「ところで、いつ産まれるの?」
栄は眉を上げ「えっと……」と指を折った。
「七月末予定だったかな」
「へえ。三十一日に産まれたら、母さんと同じ誕生日だ」と、光はどことなく嬉しそうな声を出した。栄は「そうか、そうだな。もしかして、生まれ変わりか?」と笑った。
「式は、喪中だってこともあるし、今年中は控えるつもりだ」
「そう。向こうのご両親に挨拶は?」
「明日行く予定だ」
「ふうん。やっぱり、緊張する?」
「まあな。軽く空嘔吐する感じかな」と答えると、緊張感から今まさに話しながら、軽く吐き気を催した。
「自分の親に話すよりも?」
光の質問に唸りながら「同じくらい?」と答える。
「なら、いい予行練習だと思えばいい。張り切って行ってらっしゃい」
光の送り出す言葉が、本当に栄の背中を叩いたように感じた。栄は自分の背中に手を当て、小さく頷いた。
「ああ。ありがとう」
「じゃ、もう切るよ。朝早いから、もう少し寝たいんだ」
「ああ。悪い。また電話する」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
電話を切り、深く息を吐き出した。仏壇に飾ってある母の写真を見る。まるで祝福をするかのような優しい笑顔が、そこにあった。栄は写真に微笑み返すと「そう言うことですから。産まれてくる赤ちゃんが、元気であるように、見守っててください」と、手を合わせた。
産まれてきた子供は、未熟児までは行かないが、少し小さな女の子だった。だが、周囲の心配をよそに、元気な泣き声を病院中に響かせた。
小さくて細い手足、どうやって抱えたらいいのか戸惑う栄に、看護師は親切に教えてくれた。
はじめての子育てに、てんやわんやしていると、栄の父親さえも一緒になって世話をした。結婚報告時、火山が噴火したかの様に大激怒だった父も、孫にはデレデレな事が可笑しくて堪らなかった。
*******
「パパ」
栄はふと、里々衣に目を向けた。目を擦りながら大きな欠伸をしている愛娘を見て、栄はそっと微笑んだ。
「やっと起きたね。おやつにしよう」
「うん」
里々衣はベッドから出ると、先に寝室を出て行った。
栄はゆっくり立ち上がり、里々衣の後に続いて寝室出た。
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