第99話 報告
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栄は寝室へ行くと、昼寝をしている里々衣の側に屈んだ。蹴飛ばされているブランケットをかけ直し、優しく頭を撫でる。
自分のベッドの上に腰をかけると、不意に、栄は百合と結婚をする事を、光に電話で連絡した時の事を思い出した。
里々衣が出来たと、百合に聞かされた翌日の事。
あの日は、新年早々、外一面、真っ白な雪が降り積もり、あまりの白さに、目が眩みそうだった。
*******
新しい年が始まり、実家に帰ってきていた栄は、誰も居ない家の中を、落ち着かなく歩き回っていた。喪中だというのに、父親は新年早々、得意先のお偉い方々に挨拶回りに出ている。
間もなく時計の針が昼の十二時を指そうとした時、栄は、よし、と、気合いを入れるように拳を作ると、電話機を持って母親の仏壇の前に正座をし、電話を掛けた。コール音が聞こえると同時に、身体をピクリと動かす。手に汗が噴き出し始め、受話器を持つ手を変えて、ジーンズで手のひらを拭くが、それでも汗は出続ける。
コール六回目に「もしもし」と日本語が聞こえた。
自分でも驚くほど、身体がビクリと動き、栄の顔は引き攣る。
「何で俺って分かった?」と無理矢理、明るい声を出し訊くと、光は眠そうに「こんな時間に掛けてくるのはハル兄しか居ない」と答えた。
栄は引き攣った笑顔のまま「だって、この時間なら確実にお前に繋がるだろ」と、落ち着き無く視線を動かす。
光は欠伸をしながら「まあね」と返事をした。
栄は時差を考えず、よく電話を掛けた。昼休みなど、時間が空いた時に掛ける事が多く、大抵がフランスは真夜中、または明け方のケースが多かった。
「で、今日は何?まさか、新年の挨拶なんて冗談は言わないよね?喪中中に」
光は面倒臭そうな声を出した。栄はその言葉に対し、自然に笑った。足を崩し、胡座をかく。
「まさか、そんな非情な人間じゃありませんよ」と、言い返すと、光が短く笑った。
「そう。なら、いいけど。兄さんのことだから、うっかり言いそうな気がしたんだけどね。よかった」
光は完全に目を覚ましたのか、いつもの調子で憎まれ口を叩く。栄がにやりと口元を緩めていると、「で、何の用?」と、まるで小さい子供を煙たがるように、気の無い言葉が続いた。
「冷たい奴だなあ、折角電話してやってるのに」と言うと、すかさず「頼んでないし」と返ってくる。
栄は一瞬怯んだが、すぐの気持ちを立て直した。軽く咳払いをし、息を吸い込む。
「本日は、重大発表がございます」
栄は仰々しく、声色を変えて言った。電話の向こうで吹き出す声が聞こえる。
「なに?改まって」光は笑いながら言った。
栄は一呼吸開けると、「岸本さんと、結婚することになった」と言い、受話器を耳に押し当てた。小さく息の漏れる音が聞こえ、続いて「おめでとう」と、吐息が漏れるような声が聞こえた。栄は軽く唇を噛み締めてから「ありがとう」と応えた。
「よかったね。式は、いつ?」
光は思いの外、落ち着いた柔らかい声で言った。
「驚かないのか?」
栄は真剣な顔で、目の前に光が居るかのように顔を上げ、訊ねる。
「そりゃあ、驚いてるけど……。でも、そうなるだろうなって、思ってたし」
「いつから、知ってた?」
栄は表情を崩さずに訊く。
「そうだな……。九月だよ。朝、ホテルのラウンジで、仁王立ちした百合さんを見たとき、かな」
そう言って、仁王立ち姿を思い出したのか、光は笑い声を上げた。栄は光が百合を「岸本さん」と呼ばなかった事に、気がついた。
「……すごい観察眼だな」
「まあね」
栄は黙ってしまった。光は栄の次の言葉を待つかのように、黙っている。暫くして、栄は勇気を振り絞るかのように、声を出した。
「悪いな……」
「何が?なんで謝るの?」光は心底驚いたように言った。
「……好きだったんだろ?百合のこと」
次は光が黙り込んだ。栄はじっと目を瞑り、光の言葉を待った。深く息を吐き出す音。そして、小さく笑い声を上げると「すごい観察力だ」と言い、ゆっくりと穏やかな声が、語りかけるように言葉を紡ぐ。
「そうだね……。でも、厳密に言うと、違うんだ。正確には、憧れだよ。恋愛の好きとか、愛とか、そういうのではないんだ。どう言えばいいか、分からないけど。ハル兄が心配するような感情じゃないから、気にしなくて大丈夫だよ」
諭すように言う光の声は、栄の緊張感と、罪悪感にも似た感情を、ゆっくり解かしていった。
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