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護衛のゼルティウス

 

 ダンジョンを攻略した冒険者パーティーの護衛をする。

 その依頼を受けて二日後の夜、ゼルティウスは祝賀会の会場にいた。

 祝賀会が開かれた理由はフェルム周辺のダンジョンをあらかた攻略したことを祝うためのもので、その祝賀会の最中、ゼルティウスは冒険者を守るという手筈になっていた。


 ダンジョンを攻略できる程には腕が立つのだから護衛の必要があるのか疑問はあるだろうが、同じようにダンジョンを攻略した腕が立つ冒険者パーティーが暗殺されたという前例がある以上、神経質になるのも仕方がないと言えた。それに加えて、どうやって仕掛けてくるかも分からないのだから、少しでも人が多い方が良いだろうという判断もあった。


「俺がいる必要はあるのだろうか?」


 ゼルティウスは正装に身を包み、会場の隅で背中を壁に預けて会場全体を見渡していた。

 直々に依頼されてきたものの、祝賀会の主役の冒険者達を擁するピュレー商会の冒険者ギルドはゼルティウスに対して警備員の一人という以上の扱いはしなかった。

 なのでゼルティウスは客に紛れて会場で怪しい動きがないかどうか見張る程度の役割しか任されていない。

 ギルドからすれば、部外者を頼るのを恥だという思いもあり、ゼルティウスが凄腕だろうと積極的に頼ることは避け、重要な役割を与えることもしなかったという事情がある。

 そのため、ゼルティウスは護衛に来たというのに丸腰で会場をウロウロとする以外のことはできなかった。


「まぁ、頼まれた以上は仕事をするがな」


 どんな扱いをされようが、それは手を抜く理由にはならないとゼルティウスは思い、護衛をするのならば、その対象を知らなければいけないと思い、祝賀会の主役が座る壇上に目を向ける。

 すると、そこにいたのは五人の冒険者。見た限りでは全員が良く鍛えられているようだが、自分よりは弱いだろうとすぐに判断がつくが、それよりもゼルティウスは気になることがあった。


「アイツらは何処を見ている?」


 奇妙に感じ、思わず呟くゼルティウス。

 冒険者達は壇上に用意された席に座り、客の応対をしているが、その眼差しはどういうわけか空虚で心ここに在らずといった雰囲気であった。

 その様子をみてゼルティウスは洗脳の可能性を感じていた。

 長い人生の中で、同じような状態の人間は千人ではきかない程度は見てきており、そういった人々と壇上に座る冒険者たちの姿が重なって見えていた。


 どうするべきか。

 アッシュならば、躊躇せずに「おまえら洗脳されてるな」と声をかけて、祝賀会など関係ないと全員を叩きのめして、洗脳を解くなりなんなりするだろうが、ゼルティウスはそんなマネはしない。

 人に頼まれてここにいる以上、ここで騒ぎを起こせば、ゼルティウスに依頼した貴族の面子を潰すことになるからで、そんなことを考えられる程度にはゼルティウスは社会性があった。

 しかし、それ故に判断に悩む場面もあり、それが今だった。


 様子を見るべきか?

 洗脳されているという気配はあるが、すぐに何か事を起こすような気配はない。

 ならば慌てて事を起こすべきでもないという結論に辿り着きつつあるゼルティウス。

 そもそも、自分の仕事は冒険者の護衛であり、それ以外をするべきではないという考え方もある。

 理性的に見えるが、実の所、頭を使うことが苦手な部類であるゼルティウスは、様々な事情を前に思考を放棄しつつあった。


 そんな中、ゼルティウスの耳に言い争う声が聞こえてきた。

 その結果、ゼルティウスは思考を聞こえてきた声の方に向けて、自分の前にある問題を先送りすることにした。


「よくもまぁ、顔を出せたもんだなぁ。弱小ギルドの分際でよ」


 声の方を見ると、そこには二人の男がいた。

 どちらも気配は隠しているが、ゼルティウスの目から見ても良く鍛えられているのが良く分かる二人だ。

 ゼルティウスの見立てでは、壇上に座る冒険者たちよりも、言い争っている二人の方が遥かに腕が立ちそうに見える。


「そちらこそ随分とまぁ、偉そうな物言いっスね。裏切り者のくせに」


 剣呑な雰囲気を放ちながら、そう言ったのは、金髪を緩く撫でつけた青年だ。気配からして冒険者のようだが、名前までは分からない。


「あの子はサイスって言うのよぉ」


 不意に声をかけられ、ゼルティウスは横を向くと、そこには深く胸元があいたドレスを着た、妙齢の女性が立っていた。


「彼はフェルムにある大陸冒険者協会のギルドマスター」


 女性はゼルティウスにしなだれかかりながら、甘ったるい香水の匂いと、同じように甘ったるい声で話しかけてくる。


「そして、彼が言い争っているのは、ギュネス商会の冒険者であるライドリック」


 ゼルティウスはもたれかかってくる女性にされるがまま、女性の言葉に耳を傾けながらライドリックという男の姿を見る。ライドリックはくすんだ紫色の髪をした、豹のようにしなやかな体つきの男で、戦士としては見るからにバランスが良い。


「二人は元々、同じパーティーだったのよぉ」


 なるほど、それで色々と揉めているのだろう。

 昔の仲間であるからといって、友好的な関係とは限らない。むしろ、昔の仲間ということは、何か道を分かつような出来事があったということで、逆に険悪な関係になることもおかしくはない。


「ところで貴女は?」


 ゼルティウスは女性の話が一段落したのを見計らって、自分に密着してくる女性に質問する。


「えぇ、私のことを知らないのぉ?」


 それほど有名人のようには見えないが、そう言ったことは口にしない。相手の気分を害さないようにゼルティウスは気を遣っており、自分に密着してくることに関しても拒否を示さないように努めていた。


「私はセレインって言うのよ。実は私も、あの子達と同じパーティーだったんだけどぉ、今はピュレー商会に雇われてるのよ」


 ピュレー商会というと、壇上に座る冒険者たちと同じ所属だ。

 彼らはギルドのエースで、このセレインはその他大勢ということになるのかもしれないが、セレインから感じる気配は紛れもない強者のもので、壇上に座る冒険者たちが全員がかりでもセレインを上回るとはゼルティウスは思えない。


「なぁに? ジロジロと見て、いやらしい人ねぇ」


「失礼、あまりにも美しい女性であったので、見とれてしまっていたのです」


「あら、お上手ですこと」


 上っ面だけの会話をしながらゼルティウスは言い争っているサイスとライドリックの二人を見る。

 二人は殺気を隠そうともしていないが、その殺気を感じてゼルティウス違和感を覚える。


 やけに整った殺気だ。

 一切のブレなく目の前の敵を殺すという意志を放っているが、それがゼルティウスには違和感しかない。

 傍目から見れば、殺したいほど憎いという雰囲気を出しているが、それだけ感情的なら殺気に合わせて様々な感情も感じ取れて良いはずなのに、二人は綺麗に殺気だけしか放っていない。

 ゼルティウスにはそれがどうにもわざとらしく思えて仕方なかった。


「あらあら、そんなにあの二人のことが気になるのかしら?」


 セレインが、ゼルティウスの視線を自分の方に向けようと、ゼルティウスの顔に手を触れる。

 会場の隅で所在なさげにしていた自分に親切心で話しかけていたのだとゼルティウスは思っていたが、どうやら違うようだと理解した、ゼルティウスはセレインの手を優しく握ると、その手を遠ざける。


「何か用があって話しかけてきたのでは?」


「大した用じゃないわ、素敵な男性が一人寂しく過ごしているのを哀れに思っただけよぉ」


 そんな言葉を簡単に信じるわけにもいかない。

 ゼルティウスはセレインの言葉の裏にある何かを探ろうとするが、すぐさま断念する。

 なにせ、頭脳労働は苦手であるから、裏を探ろうにも何を探れば良いのか見当もつかないのだから諦めるしかなかった。

 そうしている内に、サイスとライドリックの間に流れる空気は傍目から見る限りでは危険な領域に達していた。


「いつまでも未練たらしく冒険者を続けてんじゃねぇ! 何も出来ねぇくせに目障りなんだよ」


「はっ、偉そうなことを言える身分っスかねぇ! そっちだって、たいした活躍はしてないってのに。何も出来ないのはお互い様、いや不義理を働いたそっちの方がみっともないっスね」


 サイスとライドリックはお互いを睨みつけながら、相手に対して好き勝手に言う。


「グラウドがいねぇギルドになんか価値はねぇよ、落ち目になるのが見えている所から逃げ出すのは当然。そして待遇のいい所に行くのも当然だろうが!」


「恩知らずを正当化しているのを恥ずかしいとか思わないんスかねぇ! 例え落ち目になろうとも世話になったグラウドさんが残したギルドを守り続けていくべきだってことは分かるはずっス。もっともらしい理屈をこねてもアンタが裏切り者だってことは変わらないっスよ」


「言ってろよ。過去の栄光にすがって現実を見てねぇガキが!」


「そっちこそほざいてろよ。知ってるっスよ、アンタも今のギルドじゃ、同じセリフを言われたってことをね。過去の栄光にすがってるのはアンタも同じ。いや、義理も何も果たさずに逃げ出したアンタは自分よりも情けない奴っスね」


 サイスとライドリックの言い争いを眺めながらゼルティウスは二人についての情報を整理する。

 どうやらサイスというのは恩人であるグラウドという人物が残したギルドを守っているようだ。話の雰囲気からするにグラウドという人物は亡くなっているんだろうとゼルティウスは推理する。

 そして、ライドリックはグラウドという人物が亡くなり落ち目になることが目に見えていたギルドを抜けて、今のギルドに移籍した。ライドリックにとってもグラウドは恩人であったのにも関わらず、グラウドが遺したギルドを守り続けようということはしなかったようだ。


「サイス君も何時までも馬鹿よねぇ」


 ゼルティウスの隣に立つセレインは憐れむような眼差しでサイスを見ている。

 そういえば、この女性もサイスやライドリックと同じパーティーであったわけだから、同じギルドに所属していたんだろう。しかし、違うギルドにいるということは、セレインもライドリックと同じようにグラウドという人物が遺したギルドを見限り、サイスを見捨てたということだ。


「グラウドさんには返しきれない恩はあるわよぉ。でも、だからといって死んじゃった人のために、そこまでする必要もないでしょう? 私たちにだって人生があるんだし、落ち目のギルドと心中するより、自分を高く買ってくれる所で活躍する方が良いと思わない?」


 自分に言っているのかとゼルティウスは思うが、聞き返すようなことはしない。

 話を聞く限りではサイスと他のパーティーメンバーの間には埋めがたい溝があるようだと言うことは分かったが、それが分かったところでゼルティウスには何も関係が無い。

 サイスがアッシュの所属するギルドの代表だということは知っているが、それ以外のことは何も知らないし、知る気もないゼルティウスにとっては、この言い争いも祝賀会の最中のちょっとした出来事に過ぎず、セレインの話を聞いても何の感想も無い。

 それでも無理して感想を述べるならば、サイスのように不器用に恩人が遺したものを守り続ける生き方は好ましいというくらいしかゼルティウスは思わなかった。


「ぶっ殺す」

「アンタには無理っスよ」


 とはいえ、刃傷沙汰になるのも困る。

 ゼルティウスの仕事は冒険者の護衛であるが、だからといって見過ごして良いというわけでもない。

 厄介事の種は潰しておくのも護衛の仕事の一つだろうと思い、ゼルティウスがサイスとライドリックの間に割って入ろうとした、その時のことである。

 祝賀会の会場が突然、闇に包まれたのは──




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