鬼の居ぬ間に……
ピュレー商会の冒険者がダンジョンを制覇したことを祝うためのパーティーが開かれる。
つい最近、ダンジョンを制覇した冒険者が殺害された事件があったことから、ゼルティウスは剣士としての腕を見込まれパーティーの際の冒険者の護衛を頼まれることとなった。
詳細は明日ということで、フェルムの市外にあるキャンプに戻ってきたゼルティウス。
戻ってみると、そこには客がいてゼルティウスを待っていたようだった。
「お邪魔しています、お師匠様」
キャンプにいたのはリィナとシステラ。
つい先日、出て行ったと思ったリィナとシステラが平然とした顔でキャンプの真ん中に置かれた大きなテーブルと椅子に座っていた。
「何をしているんだ?」
聞いてはみたが、何をしに来たかはなんとなく分かる。
アッシュがキャンプを離れているので、とりあえず顔を出しに来ただけだろう。
システラから「最低」と言われたので帰ってくる見込みはないだろうとゼルティウスは思っていたのだが、その予想に反してシステラは何食わぬ顔で座っていた。
「ご飯を食べませんか? 具体的にはバーベキューがしたいです」
そんなことを言ってシステラはテーブルの上に巨大な肉の塊を置く。
どうやら顔を出しに来ただけというゼルティウスの予想は外れていたようで、メシを食いに来ただけのようだった。
「……したいならすればいいじゃないか?」
ゼルティウスがそう言うと、システラはゼルティウスに対して、「コイツは何を言っているんだろう?」と困惑を露にする。システラの隣に座っているリィナはバツが悪そうな顔をしているものの、システラを咎めるようなことはせずに、ゼルティウスに対して縋るような眼差しを向けていた。
ゼルティウスにすれば訳が分からない。場所などいくらでもあるんだから好きにバーベキューでも何でもすればいい。わざわざ自分のもとに来る理由が分からない。
すると、そんなゼルティウスの疑問を察したのかシステラがわざわざやって来た理由を明らかにする。
「私たちのような、か弱い乙女だけで野外でバーベキューなんて出来るわけないじゃないですか」
「か弱い乙女か……」
自己評価がおかしい気がするが、それを否定するのは人間関係に亀裂を生じさせる危険性があるため、ゼルティウスは指摘を避ける。しかし、言わなければならないこともある。
「だがシステラ、キミはメイドだろう?」
「これはコスプレです」
あ、そうですか。
思わず、そう言ってしまいそうになったがゼルティウスは我慢した。
自分の知らない所でシステラがメイドとしての技能を習得したのかと思って何も言わなかったのだが、どうやらそんなことは全く無いということを知ることになった。
「私は家事はできませんし、こちらのリィナさんも家事には自信がないそうです」
まぁ、人には得意不得意があるんだから、苦手でもそれは仕方ないことはあるのでゼルティウスは特に何も思わない。
「なので、ゼルティウスさんにお願いしようと思いました」
だが、それはおかしいだろう。
自分は全く関係ないだろうとゼルティウスは思うが、システラは悪びれる様子はないようで当然のことのように言っている。こういう図々しさは何処で学習したのだろうかとゼルティウスは疑問に思うしかなかった。
「……まぁ、構わないが」
材料があるなら肉を切って焼くくらい何の問題も無い。
「だが、道具も何も無しでは無理だ」
「それなら何も問題ありません」
システラはすぐさま自分の有する収納領域からバーベキューコンロを取り出し、ゼルティウスの目の前に出現させる。
コンロの側面にアルファベットが書いてあることから地球製であることはゼルティウスにも分かったが、何と読むのか分からない。様々な世界を旅している中で地球にも行ったことはあるが、結局、地球の文字の読み書きは憶えなかったからだ。
「誰の持ち物だ?」
システラが収納領域から取り出す物は他の使徒が集めてきた物が大半なので、これも誰かの持ち物だろう。
しかし、システラは分からないようで肩を竦めるだけだった。
別に追及するようなことでもないので、ゼルティウスは気にせずに調理に取り掛かることにする。
システラとリィナのために料理をする義理はないのだが、それを議論するよりもさっさと自分が調理した方が面倒が少ないという合理的な判断から、ゼルティウスは速やかに調理に取り掛かる。
「炭」
ゼルティウスが言うとシステラが炭を出し、ゼルティウスは火を熾す。
「まな板、包丁、塩コショウ」
言われるがまま、システラは収納領域からゼルティウスに言われた物を取り出す。
「何か手伝いますか?」
リィナが上目遣いでゼルティウスに話しかけるが、ゼルティウスは必要ないと身振りで表す。
「大丈夫、システラとビールでも飲んでてくれ」
そう言ってゼルティウスが指さしたのは大型のテントで、その中には発電機と小型の冷蔵庫が設置されていた。これもシステラに出してもらったもので、それ以外にもアッシュがダンジョンに出発した時には無かった大型テントがキャンプには幾つも建てられていた。
「私は苦いのは無理です」
ゼルティウスの言葉を聞いていたシステラが冷蔵庫のあるテントから出てくる。
その手には缶ジュースが握られていたが、それに関してもゼルティウスが言うべきことは無い。
なにせ、キャンプにあるものの大半はシステラが出した物であり、システラの手にあるジュースもシステラが管理を一任されている物なのだから、冷蔵庫に冷やしておいた物を買ってに取っていこうがゼルティウスが言うことは無い。元は別の使徒の物であっても、今はシステラの物だからだ。
システラとリィナがジュースを飲みながら雑談を始めた横でゼルティウスは肉を焼き始める。
炭が熱せられ、コンロの上に置いた網に塩と胡椒を振った肉を乗せ、じっくりと火を通していく。
「いくら何でもマズいって、シシー。あんまり、お師匠様をこき使ったらさ」
「大丈夫ですよ。ゼルティウスさんは私の知る限りでは優しい人なのでお願いすれば聞いてくれます」
いつの間にか仲良くなったようでリィナはシステラを愛称で呼んでいた。
女の子を野宿させるのは、どうかと思うというリィナの意見と大型で居住性も高いとはいえテントは嫌だというシステラの思惑が重なった結果、システラはリィナの厚意によってフェルムの市内で宿を取っている。
ゼルティウスが話を聞いた限りでは、リィナとシステラは同居しているようで、それで仲良くなったんだろうということも想像できる。
システラは百年近くは生きているが、対人経験や社会経験の不足から精神的にはリィナと大差が無いので話も合うのだろう。
現地の人間と友好的な関係を築くことに関してゼルティウスは思う所が無いわけでもないが、それに関しても自分が口を出すことではないと黙認することにした。
「ゼルティウスさんに比べてあの男は最悪ですからね。いなくなって清々してます」
「それ分かる。アイツがいたら、絶対にここにはこなかったもん」
雑談の話題は段々と移り変わる。
聞こえてくるのはとある男のことであり、そのアイツとはアッシュで間違いないだろう。
リィナとシステラの共通の話題となると自然とアッシュの名が上がり、アッシュに対しての愚痴は互いに共感できる話題であったようで、二人のアッシュに対する愚痴と悪口は段々と白熱してくるが、ゼルティウスは聞こえてくる悪口を咎めることもせずに聞き流す。
気に入らない奴の悪口など誰でも言うものであるし、精神的には十代の女の子であれば尚更だ。それに実際にアッシュが迷惑をかけてもいるので、それに対して文句を言うなともゼルティウスは言い辛く、黙っていることにしたのだった。
「アイツ、本当に気持ち悪い。秘密にしといてって言ったのに、その日の内にバラしたりする?」
「ありえないですね。最低です。私に対しても何時もマウント取ってきますし、私のことを子供扱いしてきます」
「あ、それは私にもしてくる。なんか妙に子供扱いしてくる時とかあってムカつくのよね」
「純粋に子供扱いしてくるなら良いんですけど、割と馬鹿にしてくるじゃないですか? それも腹立ちますよね」
「すっごい分かる。なんていうか基本的に上から目線? そりゃあ、アイツの方が強いのは確かだけど、だからって舐めた態度取るのって違わない?」
「そうですよね! 言うこと聞いてあげてるんだから、アイツも私たちに感謝の気持ちを見せるべきです! それなのに、いつもこっちを舐めた態度を取るとか、人としてどうかと思います!」
「そうよね! こっちには協力させる癖に、何の見返りも無いうえ、自分の考えとか隠し事とかを話さないのも、スッゴク腹立つ! もう、お前一人で全部やれよって感じ!」
「ですよね! こっちを巻き込むなっての!」
ここまで文句を言われるなんて、いったい何をしでかしたんだろうか?
リィナとシステラの二人にここまで言われるとなると、何かとんでもないことをしたんだろうとゼルティウスは考えそうになるが、すぐにアッシュは普段通りにしていただけだろうという考えに至る。
普通にしているだけで、ありとあらゆる相手に喧嘩を売るのがアスラカーズであるのだから、アッシュ・カラーズになったところでそれが変わることは無い。
ゼルティウスは慣れているし諦めてもいるので、アッシュが何をしようがいちいち気にしないのだが、それと同じ境地に至るのはアッシュに慣れていないリィナとシステラでは荷が重かった。
「アイツ、絶対にモテないわ」
「分かります。女心とか全く分からなそうですもんね」
「そうそう、絶対に女の子とかと付き合えないし、結婚もできないタイプよ」
とうとう、そんな所までアッシュに対する悪口の範囲が広がってきたところで、ゼルティウスは焼けた肉を皿に乗せ、システラとリィナの前に置き、自分もテーブルに着く。
「どう思います!?」
座って肉にナイフを入れると同時にゼルティウスにも矛先が向く。
本来、向かう先はアッシュの筈なのだが、システラとリィナの眼差しはゼルティウスにも同意以外を求めていないもので、ここで否定でもしたら、自分が刺される気配がした。
「どうと言われてもな、アッシュに関して言えば、アイツは結婚してたぞ」
「「は?」」
焼きあがった肉に手も付けず、リィナとシステラは眼を見開き、口を開けて呆然とした表情になる。
唐突な爆弾発言はアッシュがモテないし結婚も出来ないという話に対して訂正を入れる以外の意図はなかったものの、ゼルティウスの発言は極めて衝撃的であり、二人の少女の興味と関心をそれだけに向けさせるのに充分すぎる威力があった。
「え、だってアイツって私と同じくらいで……」
「見た目通りの年齢じゃないことくらいは分かるだろう?」
「初耳なんですが……」
「それはまぁ、誰も教えないだろうからな」
そもそもアスラカーズに妻がいたことを知っている使徒自体が少ないし、知っている使徒もわざわざシステラにその話をする理由が無いから、システラが知らないのも無理はない。
「え、え? マジで奥さんがいるんですか? あいつに?」
「い、いやでも、あの男と付き合える男ですよ、絶対にマトモな女じゃないですって」
非常に失礼なことを言っているとシステラは気付いているだろうか?
まぁ、マトモな人間ではなかったという点については間違いは無いとゼルティウスはアスラカーズの妻の顔を思い出そうとし──途中で止めた。顔を思い出すと精神が汚染されるので絶対に思い出してはいけないことを思い出したからだ。
「……まぁ、普通ではなかったな」
とりあえず、そう言ってお茶を濁そうとするが、システラとリィナは食事にも手を付けずにゼルティウスに食い下がる。
「あんまり美人ではなかったとか?」
結婚相手がいなかったからアッシュで妥協したのだとリィナは考えた。
全方向に向けて失礼な発言だが、思いもがけない事実に混乱しているせいでもあった。
「いや、美しい女性ではあったよ……」
ゼルティウスはリィナの言葉を否定するが、若干、言い淀んでもいた。そして、躊躇いながらも付け加える。
「ただまぁ、美しすぎたっていうのはあると思う」
そう言ってゼルティウスは初めて会った時の事を思い出す。
「俺の嫁だ」とアスラカーズに紹介された女性の顔を見た瞬間、ゼルティウスは即座に目を潰す他なかった。他にも使徒は何人かいたが、その殆どもアスラカーズの嫁を直視し続けることの危険を察知して自らの視覚を奪っていた。
その理由は単純に美しすぎたからだった。
アスラカーズが紹介した女性の顔を見た瞬間、ゼルティウスの脳は目の前の女性を自分より絶対的に上位の存在であると認識し、ゼルティウスは本能的に隷属しかけた。
魅了の魔術などの耐性はあるが、それとは全く異なり純粋に容姿だけで、絶対的な存在であると認識させ、本能的に上下関係を刻み込み隷属を強制させるほどの美しさ。
美醜の価値観は様々であるはずなのに、その女性の美しさはどんな価値観においても絶対性を有しており、視覚を有しているなら屈服するほかなかった。魔術や何らかの異能ではなく、ただ存在するだけで全てを屈服させるので、防ぎようもない。
それがアスラカーズが求婚した女性だった。
「……まぁ、バケモノの一種と言うべきか」
ただの人間であるはずなのに絶対に勝てないと思ったのは、あの女だけだとゼルティウスは思い返す。
なにせ、刃を向けた瞬間、脳が絶対的な美に敵対することに拒絶反応を示し、忠誠を示すために生命活動を停止するのだから、どうしようもない。
そんな相手とアスラカーズが結婚することにした理由は美人だったからというそれだけ。そして、その後に色々と面倒ごとが起きたこともゼルティウスは憶えている。
正気を失いかねないほどの美しさを持つ人間であるのだから、当然ほかに狙っている男もいたし神もいた。そういう輩を相手にするのもゼルティウスなどの使徒の仕事であり、そのせいで何度も死にかけて消滅しかけた。
「えーと、良く分からないんですが、とにかくあの男は結婚しているのにも関わらず、フラフラと旅をしてると?」
ゼルティウスの話題にしたくなさそうな様子を察してリィナはアッシュの嫁について詳しく聞くことはせずに、アッシュの方に話題を戻す。とにもかくにも、アッシュという男はどうしようもないという方向に戻そうとしたのだが──
「いや、彼女はもうだいぶ前に亡くなっているんだ。だから奴は独り身ではあるよ」
どんなに美しくとも只の人間だった。
自分たちのように死を遠ざけて生きることはできずに命を落としたのだとゼルティウスは死に際の彼女の顔を思い出す。自分や他の使徒にとっては今となっては美しい思い出だが、アスラカーズにとってはどうなのだろうか。
「えーと、それは……」
過去の思い出に浸りそうになるゼルティウスに対して、その話を聞いたリィナとシステラは気まずい顔になっており、その顔を見たゼルティウスは苦笑を浮かべる。
「別に気にすることじゃないさ。帰ってきたらアッシュに直接聞けばいい。笑って話してくれるだろうよ」
デリケートな話題であるので、話をしない方がよさそうに思えるかもしれないが、そうではないとゼルティウスは理解している。
むしろ、不躾に詮索した方がアスラカーズは自分から話すし、ゼルティウスから聞いたとでも言って気軽に訊ねれば、いくらでも冗談めかして話してくれる。
それはアスラカーズにとっては触れられたくない部分に触れらないようにするための自己防衛の態度であり、それが維持できていれば怒りを買うようなこはまずない。
だが、それが気を遣ったり、探るような態度で、自分の触れられたくない所を見透かそうとしてきた場合、アスラカーズは自分を守るために攻撃性を露にする。そうなれば誰も生きていられないだろう。
「俺から聞いた以上は、アッシュに話を聞いておけ。『昔、結婚してたって聞いたんだけど、それって本当ですか?』とでも聞いておけば問題はないさ」
重ねてゼルティウスはリィナとシステラに注意を促す。
この二人もアッシュの過去には興味があるだろうから、まず間違いなく聞くだろう。
これでアッシュには聞くなと言ってしまうと、リィナとシステラはアッシュに対して気を遣った態度になるだろうし、そうなった場合、間違いなくアッシュは不機嫌になるだろう。そうなった場合、二人の命が危うくなるとゼルティウスは考えていた。
「もう良いだろう? そろそろ食事に手を付けてくれ。せっかく作ったのに冷めてしまう」
ゼルティウスはそう言うと自分の前に置いた皿の上の肉を切り分け、口に運ぶ。
明日は冒険者の護衛に関する打ち合わせがある。リィナ達に遅くまで付き合ってもいられないとゼルティウスはさっさと食べて寝てしまおうと思っていた。
「……こんなのバーベキューじゃない気がします」
システラの呟きはもっともだと思ったが、付き合っていられないとゼルティウスは黙々と食事を口に運び、さっさと食事を済ませるのだった。




