表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/379

逆鱗に触れる

 

 これまでダンジョンで見かけた女神像の生き写しような女が言う。


「貴方の望みをかなえましょう」


 慈愛に満ちた眼差しと差し伸べられた手。

 その手を取れということだろうか?


「なるほどね」


 なんとなく察しがついたぜ。これは手の込んだ洗脳だな。

 苦痛に満ちた過去を見せることで動揺を誘い、精神的に弱ったところで救いの手を差し伸べる。そして、この手を取れば、辛い過去を無かったことにできる力を与えるとか、そんなことを言うんだろう。

 心の闇が必要だっていうのは、心の闇が無い奴だと見せるべき辛い過去が無かったりするから洗脳しにくいからなんだろうな。


「どうしました? 私の手を取ればあなたは過去を変えることが出来るのですよ?」


 は、何を見てきたんだか。

 俺が自分の過去を見て、その過去を無かったことにしたいと思ってるように見えたか?

 望んだ答えが得られないことに疑問を抱いた女神が手をかざすと空間が歪み、俺が死ぬ直前の場面になる。


「この過去も変えることが出来るというのに、力を求めないのですか?」


 は、何を言ってんだか。お前の目は節穴かよ。

 まぁ、プログラムされた反応しかできない存在なんだろうから、それも仕方ないか。

 イレギュラーな状況に対応できるほどの応用能力は無いんだろうな。


「この場面の次に俺は死んじまうんだけど、それをどうやって変えるんだい?」


 当然だけど、この試練を受けに来る奴はみんな生きているからな。

 一回死んだ奴が来たケースは初めてなんだろう。


「ついでに、これは千年とか昔のことだし次元も違うんだぜ? それを何とかする力がキミにあるとは思えないなぁ」


 最初から無理だと分かっているんだから騙されることもない。

 既に蘇っている人間に対して死んだ過去を無かったことにするって言われても、たいして魅力を感じないし、その出来事だって千年も前のことなんだから、もう時効だよ。今まで見せられた過去だって全て自分の中で折り合いはついているのさ。


「辛い過去とかを機械的に判断してるのか? まぁ、自分が死ぬ瞬間ってのは一番ショッキングなわけだし、それを一番辛い過去って判断するのはおかしくないけどな」


 俺の言葉を聞きながら、女神の姿をした存在は思考をしているようだった。

 一番良い会話のパターンを探しているんだろうか? いい加減、諦めてくれると助かるんだがね


「──なんの心配もありません。私の力なら貴方を救うことができます」


 ははは、会話が通じなくなってるよ。

 もう少し丁寧にプログラムを組んでくれると嬉しいね。


「私の手を取りなさい。そうすれば貴方は救われます」


 別に救いが欲しいわけじゃないんだけどね。

 しかし、気になるのはこの手を取ったら、どうなるかなんだよな。

 おそらく、このダンジョンを攻略するには、女神からの救いを受けないといけないんだと思うんだが、さて、どうしたものか。


 地命石の一件もあるし、フェルムの周辺のダンジョンはどうにも怪しいんだよな。

 地命石なんか攻略したパーティーに精神汚染をかける代物だったわけだし、このダンジョンだって攻略した奴に精神汚染をかけてくる可能性も考えられなくはないだろ?

 ダンジョン内の意匠に共通点があるんだから、ダンジョンの目的だって共通しているとも考えられるし、その場合だと地命石と同じように攻略した奴の精神に何らかの影響を与えてくることも考えられる。


 ここの場合だと、差し伸べられた手を取ったら精神にこの女神が住み着くとかありそうだよね。

 そんで、精神に住み着いた女神の声に従う操り人形になるとか、そういう展開はどうだい?

 全て妄想だけどありえなくはなさそうだろ?


「どうしたのですか? 私の手を取りなさい。私が与える力が貴方を救います」


「いつまでも、うるせぇよ。テメェにそんな力はねぇだろ?」


 俺はウンザリした口調で同じような言葉を繰り返す女神に問う。しかし、俺の問いに対して女神は──


「私の力を受け取りなさい。貴方にはその資格がある」


 ほんと、どうにもならねぇな。くそポンコツだぜ。でもまぁ、コイツは実際に救いは与えるんだろうな。

 精神に作用して辛い過去を記憶から抹消してくれるかもしれないし、それも救いではあるよな。


「もういいよ、消えてくれ」


 場面は変わらず、俺が死ぬ直前。別にこんなのを見せられても、俺は何も思わねぇよ。

 だから、いつまでも無意味なことをしてんじゃねぇで、さっさと消してくれ。


 こんな場面を見せられても、俺は誰にも救いを求めねぇよ。

 俺は人間だった頃の自分が死んだことにはとっくに折り合いをつけてるんだからさ。

 だから、俺は過去を変えることなんか望まない。

 だが、仮に俺が誰かに救いを求めるとしたら、それはきっと俺自身のことではなく──


 一瞬だけ余計なことを考えた。しかし、その一瞬が致命的だった。

 俺の周囲の景色が変わっていく。今までも俺の感情を読み取って夢は場面を変えていた。今もまた場面を変えようとしており、そうして変わった場面はというと──


 気付いた時には俺は既に城の中にいた。忘れようと思っても忘れられない城の中。

 その場所にいると気付いた瞬間、俺の心がスッと冷えこむ。


 目の前にあるのはベッドとそこに横たわる女。

 そして、その傍らに座り、女の手を取り寄り添う俺の姿。

 表情は見えない。いや、俺が見ようとしたくなくて、見ようとしていないだけだ。認識をすることを避けているから見えないんだ。


「あ……」


 これはヤバい、本当にヤバい。

 駄目だ、マジで駄目だ。これだけは駄目だ。

 俺は忘れようとしてたし忘れてた。それなのにテメェは……


「貴方の望みをかなえましょう。私の手を取りなさい。そうすれば貴方は過去を乗り越える力を得られるでしょう」


 俺の視界を遮り、女神が立つ。

 慈愛に満ちた眼差しと微笑を浮かべ、俺に手を差し伸べていた。

 望みを叶えるという言葉は、この光景を思い出すと、とてつもなく魅力的に感じる。

 藁にも縋る思いとはこのことだろう。この過去をなかったことに出来るなら、俺は──


「さぁ、私の手を取りなさい。貴方に力を与えましょう」


 女神は微笑を浮かべ、俺に手を差し出している。

 望みを叶える。その言葉の魅力に俺は抗いがたく、思わず女神の手を取る。そして──


「何を笑ってんだよ、テメェはさぁ」


 俺は女神を邪神としての力を振るって焼き払った。


「俺の望み? お前をぶっ殺すことだよ」


 叶えてくれるんだろ? だったら死んでくれよ、頼むから。

 精神世界であるためか、消滅しても女神はすぐに復活する。

 その顔は変わらず慈愛に満ち、微笑を浮かべていて、それが俺の気に障る。


「その面が気に食わねぇ。言葉が気に食わねぇ。存在が気に食わねぇ」


 俺を嗤ってやがるのか? 情けない奴だと。

 ちょっと昔を見せられただけで動揺する奴だとさ。


 あぁ、そうだよ。俺は情けない男なのさ。

 だけど、それをテメェに嗤われる筋合いはねぇんだよなぁ。

 俺の思い出に土足で踏み込むってことがどういうことか分かるか?

 分かんねぇだろうよ、テメェには。


 俺の心が冷たく乾く。なのに口元には笑みが浮かぶ。

 人の心には踏み込んではいけない領域ってものがある。

 それを侵犯するってことは何をされても仕方ないってことだって分かってるかい?


「ははは、お前ら殺すわ」


 口から自然と漏れる乾いた笑い。

 俺の心を侵したのは目の前の女神だが、こういう仕掛けを作った奴がいるのは間違いない。

 そいつも含めて全員殺す。俺の心の踏み込んではいけない部分に土足で踏み込んだ以上、絶対に殺す。

 遊びも容赦も手加減も無しで俺は全力で殺しに動く。

 まずは、この空間から脱出しなければ──


「私の手を取り──」


 同じ言葉を繰り返す女神が一瞬で消し飛ぶ。

 精神世界なんだから、精神力次第で消し飛ばすことは容易だ。

 次は目を覚ますだけだが──


「鬱陶しい」


 俺の精神にへばりつく夢見の水晶の魔力をこれもまた精神の力で焼き払う。

 その瞬間、俺の意識は現実へと戻り──


「あ、起きた」


 カイル達が俺の顔を覗き込んでいる。

 どうやら問題なく現実世界に戻ってこれたようだ。


「えーと、試練には打ち勝てましたか?」


 カイルがおずおずと俺に訊ねる。

 ダンジョン攻略の証が出ていないから失敗したと思っているんだろう。

 まぁ、失敗といえば失敗だわな。でも、別にそんなのどうでもいいよ。

 他にやることも出来たし、そっちが最優先だ。


「もういいよ、帰ろうぜ」


 さっさと帰って、ぶっ殺しに行こうぜ?

 俺の心に土足で踏み込んだ連中をさ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ