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人間時代(1)

 

 なんの変哲もない日本の高校の教室。懐かしいような、そうでもないような。

 教室を見渡せば、なんとなく見覚えのある顔もチラホラと……つっても、マトモに高校に通ってなかったし、マトモな人付き合いも無いからクラスメイトの顔なんて覚えてないけどな。


 ボーっとクラスの様子を眺めていると不意に何かが俺の体を通り抜けた。

 夢の中であるためか、俺の体に実体は無いようだ。

 改めて自分の体を見てみると、服装は夢の中に入る前と一緒で体は薄っすらと透けていて、幽霊のようだった。

 俺は自分の状態を確認し終えると、俺の体を通り抜けた何かの方に目を向ける。すると、そこにいたのは小太りで気弱そうな男子高校生。

 その男子高校生は床の上に倒れた状態からヨロヨロと体を起こそうとする。自分で転んだって感じではなく、誰かに突き飛ばされた様子で、自分の体を庇いながらビクついた様子で起き上がろうとしている。

 男子高校生の怯えた視線の先を見ると、見た感じは普通の男子高校生がヘラヘラと笑っていた。


 ……あぁ、なるほど、そういうことか。

 俺は突き飛ばされた男子高校生と突き飛ばした男子高校生の顔を見比べ、この状況を思い出す。

 なるほど、確かに悪夢だわな。


 突き飛ばされた男子はイジメられる側で、突き飛ばした方はイジメる側。

 本当にくだらねぇ記憶だぜ。


 突き飛ばした男子が気弱そうな男子を数人がかりで蹴る。

 蹴っていてもあまり楽しそうではないのは楽しむために暴力を振るっているのではなく、ストレスから逃げるためだからだろう。

 何のストレス? 高校生だから進路とか? それとも家庭問題? よくあるよね。

 でも、そんなわけはねぇよ。ストレスの原因はもっとハッキリした目に見える物だ。


 他のクラスメイトも誰も止めずに遠巻きに見ているだけ。

 傍観してるわけじゃなく容認している様子だ。


「お前のせいで、俺達は!」


 気弱そうな男子を蹴っていた男子が怒りをぶちまけるように叫ぶ。

 だが、その直後、窓際に立ち校門を眺めていた他のクラスメイトの声を聞くなり、すぐさまその場から逃げて自分の席に座る。


「アイツが来たぞ!」


 その声でクラスは静まり返り、生徒たちは一斉に自分の席に座り、口を閉じて一言も喋らなくなる。

 そして数分後、静まり返った教室の入り口が開き、一人の男子生徒が教室の中に入ってくる。

 すると、生徒たちは一斉に立ち上がり、入って来た男子生徒に対して一斉に頭を下げ、挨拶を行う。


「おはようございます!」


「あぁ、おはよう」


 そして挨拶を返したのが人間だった頃の俺──葦原一樹あしはらかずきだ。

 高校に通っていた頃だから身長は180cmくらいで体重は85kgとかそのくらいだろう。

 少し茶色く染めた髪に着崩した制服。

 不良の気配が凄まじいけど、この時期は試験では学年一位で全国模試も一位という学業に関しては優等生だったんだよな。ただまぁ、だからって生活面でも優等生だったわけじゃないけどさ。


 俺が教室に入ってからクラスメイト達は直立不動。

 彼らが座って良いのは俺が座ってからだ。なんで、そんなことをしてるかって?

 そりゃあ、俺が徹底的にヒエラルキーって奴を教えてやったからだよ。


「座って良いぞ」


 俺がそう言うとクラスメイト達は一斉に座し、一言も口を開かない。

 なんで、こんな風になったかというと、俺がクラスメイト全員の弱みを握ってるから。

 ついでに、俺がキレて暴力を振るわれるのが怖いから従順な振りをしているだけだ。


「なぁなぁ、何かあった?」


 俺は隣に座っていた気弱そうな男子に訊ねる。

 この時、俺はこの男子生徒が暴力を受けていたってのは何となく察していたんだよね。


「な、なにもなかったよ」


 そんなわけないだろって思ったもんだぜ。

 だって、俺がクラスの連中をシめた原因は、この男子生徒がイジメられてたからなんだし、そうして俺がシめたっていうのに、まだまだ暴力を振るうとか俺を舐めてるって話だよな。


「おい、11番。こっち来い」


 俺が男子生徒のイジメの首謀者を呼びつける。

 この当時の俺は何を考えていたのか、クラスメイトを出席番号でしか呼んでなかったんだよね。

 スゲー痛い過去だわ。


「は、はい」


 弾かれたようにイジメの首謀者の男子生徒が近づいてくる。

 俺はその男子生徒に対して、何も言わず椅子に座ったまま、そいつの脛を蹴って跪かせる。

 そして跪いた男子生徒の体の上に腰を下ろす。


「これで一日過ごせよ?」


 男子生徒は何も言わなかった。

 逆らえないから言うことを聞いているだけで、俺への憎しみが募っていくが、だからといって俺には逆らえない。その結果、こんな状況を招いた原因である男子生徒へと憎しみが向けられ、俺の見えない所でイジメは続く。


 俺はそれを分かっていて止めなかった。

 だって俺は正義感からイジメを辞めさせようとしたんじゃなく、自分が暴力を振るうための大義名分としてイジメを止めるってお題目を掲げていたわけだから、イジメが無くなったら俺が暴力を振るう大義名分は無くなるだろ? だから、俺は俺の見えない所で、隣の席に座っている気弱そうな男子生徒が暴力を受けているのを見逃していた。

 イジメを受け続けている限りは、それを止めようとする俺は正義の側だからね。多少は酷いことをしても、お目溢しが貰えたのさ。

 今となっては酷い話だと思うけど、この当時の俺はそういうの別に問題ないだろと思うようなゴミクソ以下の精神性しか持ち合わせていなかったんだよね。


「困ったことがあったら言えよ?」


 俺が隣に座っていた男子生徒に声をかける。

 困っている方が助かるんだよ。だって、好きに暴力を振るえるしな。

 正義の側で振るう拳ってのは気持ちが良いもんだって、この当時の俺は思っていた。


 ……まぁ、最終的にイジメられていた男子生徒は自殺しちまうんだけどね。

 俺が好き勝手ふるまう度に、俺から被害を受けていた連中は怒りを溜め込み、この男子生徒が受ける暴力はエスカレートしていく。

 そうしていくうちに結局、耐えきれなくなって自殺。けれど、当時の俺は何も思わなかったんだよな。

 かろうじて思ったことと言えば、クラスメイトをいたぶる大義名分が無くなったくらいか。

 我ながら人でなしだぜ。


「朝のホームルームを始めるぞ」


 やがて教師が教室の中に入って来るが、俺が生徒の一人を椅子にしていても何も言わない。

 この教師の弱みも俺は握っていた。

 イジメを見過ごしていたり、見て見ぬふりをしていたりってのも良くねぇけど、それ以外にも問題があったから、俺はその弱みを握り、言うことを聞かせていた。


 ──俺が教室の隅に立って高校生だった時の自分を眺めていると不意に場面が切り替わる。

 時計を見ると、ついさっきまでは朝だったのが昼休みの時間になっていた。


「葦原って奴はいるか?」


 教室に先輩が入ってくる。

 この場面も記憶がある。確か、この先輩はイジメの首謀者の男子生徒の兄で、ボクシング部の主将だった。


「ちょっとツラ貸せや」


 自分の弟が随分と酷い目にあってると聞いて、俺をちょっと懲らしめようとしたんだろう。

 正義感が強い人だと思うだろ? まぁ一面だけ見れば兄弟思いの立派なお兄さんなんだろうけどね。

 だからといって、後輩をボクシング部の練習場に連れてきて、ボクシング部の部員と一緒にリンチしようとするのは良くないだろ?


 再び場面が変わって、ボクシング部の練習場。

 床に転がっているのは、俺をリンチしようとしたボクシング部の主将と部員たち。

 対して高校生時代の俺は無傷で立っていて、今の俺がそれを見つめている。

 この当時から俺は強かったからね。只の人間だったわけだけど、才能があったからなのか、そこら辺の奴には負けない。

 まぁ、このボクシング部の主将がそこら辺にいる奴かどうかは意見が分かれる所だろうけどさ。


「先輩ってさぁ、オリンピック候補でしたよね」


 俺がしゃがみ込み、主将の顔を覗き込む。

 返事は無い。だって、顎が砕けてるしな。


「金メダル確実の有望な選手なんでしたっけ? 大事な時期にこんなことをするのは良くないと思いますよぉ」


 俺が主将の体を指でつつく。

 手足が折れているので身動きも取れない。四肢を逆方向に直角にへし折ってやったんだよな。

 主将だけじゃなく他のボクシング部員も全員、丁寧に手足を折ってやった。


「カッコいいねぇ、未来の金メダリストが素人の高校生を袋叩きにしようとかさぁ。そんでもって全く相手にならないとか本当にカッコいいぜ」


 未来の金メダリスト候補が同じ高校の後輩をリンチしようとして返り討ちになるなんて公にはできない。

 この件は結局、もみ消されることになり、俺は無罪放免。

 ボクシング部の連中は大勢で一人をリンチしようとして返り討ちにあったなんて恥ずかしくて言えないから、口を閉じた。

 ……まぁ、物理的に喋れなくなってる奴も大勢いたけどな。この当時の俺は手加減なんて知らなかったし、人間をぶっ壊すことに躊躇いが無かったから、砕いた顎が元に戻らなくて喋らなくなる奴も大勢いて、ボクシング部の主将もその一人だ。


「アンタはさぁ、自分の弟をイジメる俺を懲らしめるつもりだっただけかもしれないけど。俺の方としてはアンタが出てくるのを待ってたんだよね。それを狙って俺はアンタの弟をイジメていたんだしさ」


 オリンピック候補のボクサーと喧嘩するためっていう目的もあった。

 なんで、そんなことをしたかって?

 単に強い相手と喧嘩をしたかっただけさ。当時の俺はそれ以外のことを考えていなかった。


 自分を知りたい。それが俺の全てだった。

 自分はどんな人間なのか? 全世界の人間の中でどれくらいの立ち位置にいるのか?

 自分の力はどれくらいなのか? 自分の限界はどれくらいなのか?


 俺は自分がどんな人間なのか分からなかった。

 思春期にありがちな自身のアイデンティティに対する葛藤が俺にもあった。

 自分が何者なのか、自分はどんな人間で、どれくらいできる人間なのか?

 それを知るために俺は多くの人間に戦いを挑んでいった。

 自分の限界を知り、自分とはこの程度の人間であると知るためだけに戦っていた。


 ──再び場面は変わり、今度は柔道場だ。

 俺の前に立つのは、現役の柔道金メダリスト。

 顔を真っ赤にして俺を睨みつけている。


「悪夢だ」


 人生で最もイキり散らしていた頃の自分という黒歴史を見せられるのは悪夢以外の何物でもない。


「確かに悪夢の森だよ」


 見るのが恥ずかしい過去であると同時に、これは俺が最も生きていくのが辛かった時期でもある。

 それをわざわざ見せているんだろう。


 過去の俺が金メダリストを軽く投げ飛ばす。

 楽勝で勝てたが、それが良かったわけじゃない。

 勝てば勝つほど辛くなった。別に最強を目指していたわけじゃないからな。


 俺は俺に対して「お前はこの程度だよ」と教えてくれる奴を探していたんだ。

 そうして自分の限界を知ることで、俺は自分の身の程を理解し、自分という存在が何者であるか確立できると信じていた。


 人間は限界があるから人間であり、限界がないならそれは人間とは別の存在だ。

 これがファンタジーな世界なら、自分が人間とは別の存在だって納得することも出来たんだろう。

 だけど、俺が生まれたのは普通の地球であり、神様なんてものは空想上の存在でしかなく、俺はどこまで行っても生物学上は人間以外の何物でもなく、人間以外になれる筈も無い。


 だから、勝てば勝つほど俺はどうすれば良いのか分からなくなっていった。

 自分に限界を教え、俺を人間だと分からせてくれる何かを探すために俺はどんどんと無茶苦茶になっていった。

 これから水晶が見せるのはそんな俺の姿だろう。


 本当に悪夢だぜ。

 そんなものを見せて、どうなるって言うんだ?

 過去を見たところで過去は変わらねぇってのにさ。



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