悪夢の意味
ダンジョンの探索は極めて順調だ。
というのも結局は戦力が揃っているからで、俺とガウロンがいれば悪夢の森で現れる魔物は取るに足らない。
まぁ、ガウロンも一人だと厳しいし、俺がいるってのが大きいんだけどね。
森も奥に進むにつれて、出てくる魔物は強力になり、ガウロンは一人で相手をするのが厳しくなり、カイル達と協力しながら戦うようになってきたが、俺はずっと一人で大物の相手をしている。
尻尾が何本もあるような狐だったり、頭が何本もあるような蛇、腕に刃が生えている黒豹なんかもいたけど、それは俺が一人でぶっ殺した。
俺が一人でヤバい魔物を殺し、面倒な魔物は他の奴らが協力して倒すってパターンを作ることが出来たのは大きいよな。ついでにガウロンとコリスが斥候として動いてくれているので危険なルートや間違ったルートを通ることもスムーズな探索をする上では大きな助けになっている。
「うーむ、フェルムの四大ダンジョンに挑戦するのは初めてだが、これは些か問題があると思うぞ」
休憩の最中、俺の後ろで二番目の戦力になっていたガウロンが言葉を漏らす。
どういう意味で言ったのか、俺が気になってガウロンを見ると、俺の視線に気づいたガウロンが説明を始める。
「ダンジョンの難易度の上がり方がおかしい。奥に進めば魔物が強くなるのは当然だが上り幅が異常だ。少し進んだ程度で並みの冒険者なら簡単に全滅するような魔物が出てくるようなダンジョンを誰でも入れるように開放しているのは問題がある」
ガウロンの話では俺が一人でぶっ殺した魔物は下手すると街一つ簡単に滅ぼせるクラスの魔物らしい。まぁ、戦ってる最中にそんな気はしてたけどさ。
「そんな魔物を一人で倒している俺に対して言うことは?」
「心配するな、化け物などと言うつもりは無いさ。お前くらいの奴は……まぁ、それなりにいるな」
いや、そういうことじゃねぇんだけどね。
でもまぁ、平然としているってことは俺と同じことが出来る奴をガウロンは見てきたってことだろう。
いいね、強い奴が多いってのは嬉しいことだぜ。
「あの、もう帰りませんか? 流石にきつくなってきたんですけど」
俺とガウロンが話していると顔色が悪くなったカイル君が口を挟んできた。
おいおい、不健康そうだなぁ、体調悪いの? それなら、もっと戦おうか? いっぱい戦えば調子よくなるぜ? という冗談を俺が言おうとすると、それより早くガウロンが──
「そんなことでは立派な冒険者にはなれないぞ。冒険者というのは限界を何度も経験することで強くなるのだから、泣き言を言っている内はまだ甘いぞ」
いやぁ、厄介なベテランだわ。
基準が自分と自分の経験にしかないから、自分が耐えられたのだから耐えられるだろうとか思ってやがる。
まぁ、俺としてはそうやってカイル達の尻を蹴り上げてくれる方がありがたいから何も言わないけどさ。
ガウロンがカイル達に気合いを入れてくれたり、励ましてくれるおかげで、その後も探索はスムーズにいき、そうして森へ入っての探索を開始してから三日目──
流石に一日で最深部まで行けるほど小さい森ではなかったので、野営をしたりしながら俺達は進み、とうとう森の最深部まで到達した。
奥へ進むにつれて森の様相は変わり、人の手の入った痕跡が感じられるといった雰囲気から、森の中にある遺跡といった感じに雰囲気も変わっていき、最深部まで来ると森の中にたたずむ神殿といった感じになっていく。
「たぶん、ここが最深部だと思うんですけど……」
カイルが自信なさげに言う。
目の前には森の入り口にあったのと同じような二本の柱があり、その先には扇形に形作られた広場と女神像が祀られた祭壇が見える。
なんとなくだが、祭祀場って感じがするな。祭壇の前には女神の方を向いて祈りを捧げることが出来るように扇形なののは分かるが。ただ不思議なのは、広場はすり鉢状になっていることで、女神像がある祭壇がその底にあるということ。
一般的な考え方だと祀り上げる存在を下に置くってことはしないと思うが、それをあえて下に置くってことは何かしらの宗教的な意味があるんだろう。
例えば、土の中に住んでいる神様だったら、祈りを捧げるなら上に向かってするより、下に向かってする方が相応しい気がするし、そういった考えで像を置いているのかもしれない。
「奥まで来たのになんもねぇな」
ギドが無警戒に広場の方へと進んでいくので俺達もその後を追って歩き出す。
確かにギドの言う通り、何も無さそうだ。ここに来るまでに魔物に襲われっぱなしだったって言うのに、ここに来た瞬間、魔物の気配は感じられなくなった。
「うーむ、こういうダンジョンの最深部には強力な魔物や、特殊な仕掛けがあるものだが……」
危険な気配が感じられないため、ガウロンは拍子抜けといった感じで首を傾げている。
だが、広場を奥まで進み、女神像の祀られた祭壇まで来ると、ガウロンの表情は一変し、険しい眼差しを祭壇へと向ける。
ガウロンの視線の先にあるのは祭壇に置かれた紫色の水晶で、ガウロンの警戒する様子を見た俺達の視線もその水晶に集まっている。
「えーと、これはたぶん夢見の水晶だと思います」
俺達の注目が集まっている水晶の横に立ち、カイルが解説を始める。
「僕が聞いた話では、これがこのダンジョンにおける最後の難関であるそうです」
はぁ、そうですか?
難関って言っても、水晶が置いてあるだけに見えるけど、きっと何かあるんだろうな。
「この水晶に触れて、水晶の見せる夢に打ち勝ったものだけが、このダンジョンの攻略の証を手にすることが出来ると僕は聞きました」
「なるほど!」
ギドが真っ先に水晶に触ろうと動き出すがガウロンが肩を掴んでギドを止める。
「待て待て、どんな危険があるか分からないんだぞ、不用意に触ってはいかん」
「いえ、危険はないそうです。夢を見ている間、少し眠ることになるだけって聞きました」
それはそれで危険じゃないか?
でもまぁ、俺達は何人もいるわけだし、一人ずつ挑戦すれば問題は無いか。
「攻略のコツみたいなのはあるのか?」
「それは聞いたことがないです。ただ、攻略した証を手に入れた人は心に闇がなければ、この試練は突破できないと言っていました」
心の闇ねぇ。
心の闇が無ければってのは良く聞く話だが、心の闇が必要ってのは比較的珍しいかな。
「失敗しても危険は無いんだな?」
「僕はそう聞いてます」
ガウロンが腕を組み考え込む。挑戦するかどうか迷っているんだろう。
水晶の見せる夢に打ち勝てば、ダンジョン攻略の証は手に入る。
挑戦して失敗してもペナルティは無し。ってことは挑戦し放題だよな。
それでも二の足を踏むってことは、見せられる夢ってのが何なのか分からねぇことが不安だからだろう。
この場所は悪夢の森で、最深部には夢を見せる水晶?
碌なことにはならねぇって想像がつくぜ。
「闇なら私にまかせなさい!」
しかし、それでも全く躊躇なく挑戦する奴がいる。
クロエちゃんは自信満々といった感じで水晶を囲んで眺めている俺達の中から一歩前にでる。
「今こそ、私の中に眠る闇の力が目覚める時よ」
俺はクロエちゃんから全く闇を感じないんだけど、それは俺が鈍いだけなんだろうか?
「はぁぁぁぁぁっ!」と滅茶苦茶に気合いを入れながら、水晶に触れるクロエちゃん。
「目覚めろ、我が闇の力!」
言うべきではないと思って黙ってたんだけど、クロエちゃんは最初から勘違いしてるよね?
闇の力じゃなくて、心の闇だよ。似てるようで全然違うからね。
それを理解していなくても、果たして水晶が見せる闇に打ち勝つことが出来るのだろうか?
そんなのとを思いながらも俺はとりあえず成り行きを見守り──
「うーん、うーん、漆黒の夜の闇、月光を斬り裂く影の翼、黒き堕天使クローゼンハイト様ぁ。超素敵ですぅ」
クロエちゃんは幸せそうな顔で寝言を呟きながら眠っていた。
これはどうなんだろうか? 夢に勝ててるの? 完全に負けてないか?
コリスが眠っているクロエの横に座り、体を揺すっているが一向に目覚める気配が無い。
「むむ、大変……」
不意にコリスが呟く。
何が大変なんだろうと思って、全員の視線が集まるが──
「第二章に突入。逆ハーレム状態」
クロエちゃんは放っておいていいな。
幸せな夢を見ているなら、それで良いじゃない。
カイルの話だと放っておけば目を覚ますらしいしさ。
「よっしゃあ! 次は俺がやるぜ!」
クロエちゃんの醜態を見ていたのだろうか? たぶんこれ、キミらじゃ無理だぜ?
しかし俺が止めようとするより早く、ギドは駆け出して水晶に触れる。その結果は──
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
ギドは寝ながら叫んでいる。ただ悪夢って感じは無く、ただひたすらに鬱陶しく暑苦しかった。
「うぉぉぉぉ、負けねぇぇぇぇ!」
夢の中で熱血展開が繰り広げられているんだろうね。
そんな風な気配がする。
「うぉぉぉぉぉぉ! 勝負だぁぁぁぁ!」
クロエもギドも楽しそうで何よりだぜ。
もしかしたら、心の闇が無い奴は楽しい夢しか見ないとか、そんな感じだろうか?
心の闇が無いと、そもそも打ち勝つような展開になる夢を見ないとかって可能性もあるよな。
「次は私……」
コリスが挑戦するようで、俺は期待せずに見ている。
すると、案の定コリスも楽しい夢を見始めたようで──
「むふふ、大猟、大猟……」
狩りでもしてんのかな?
「猪鍋、鹿鍋、熊鍋……」
鍋料理以外のレパートリーも増やそうぜ?
これでカイル君のパーティーはほぼ全滅なんですが、カイル君も挑戦するんだろうか?
カイル君の方を見ると、カイルは挑戦する気は無さそうだった。自分の心の闇を恐れているように見えるけど、大丈夫キミも闇は無いから。
ギドとか能天気な連中とつるんでるような奴が闇を抱えてるかよ。自分は違うって顔してるけど、お前も仲間だからな?
「仕方ない。俺が挑戦しよう」
とうとうガウロンが動き出し、俺はそれを期待せずに眺める。
そして結果はどうなったかというと──
「zzz……」
夢を見ることも無くガウロンは普通に寝てしまった。
まぁ、期待はしていなかったから特に何も思わない。
ガウロンは冒険者としてはベテランでも、心に闇を抱えていないようだったから、この結果は想像できた。
さて、一瞬で四名が敗北したわけだが、どうしたもんか。
カイルは挑戦する気はなさそうだし、俺の番かな。
「駄目だったら帰りましょうね!」
分かった分かった。
俺が失敗したらその時は出直すよ。
カイルに無理をさせるつもりもないさ。
俺はカイルの言葉を背に受けながら水晶に近づき、それに手を触れる。
その瞬間、俺の体の中から意識がフッと遠ざかる感じがして、直後に視界が闇に包まれる。
普通に眠る時とは違う落ちていくような感覚。
しかし、それもほんの一瞬のことで次の瞬間、闇に包まれた視界の中に一筋の光が差し込み──
そして、気付くと俺は全く違う場所に立っていた。
見下ろせばリノリウムの床、見上げれば電灯、見渡せば規則正しく並べられた机に制服を着た少年少女。その中に俺は誰にも存在を認識されずに立っている。
これはきっと水晶が見せている夢なのだろう。
「なるほど、そういうことか」
これは俺の記憶の中の風景。
俺が目の前にあるのは高校の教室。
夢見の水晶は俺が人間だった頃の記憶を俺に見せようとしていた。




