悪夢の森
ダンジョンの中に入ってみると、そこはまさしく森だった。
まぁ、それ以上に言うことは無い。
鬱蒼と木々が生い茂り、昼間でも薄暗い森の中。どこら辺がダンジョンなのか疑問に思うが、木と木の間が不自然に開いて通路になっている所もあれば、自然にはできないような開けた場所もあり、そこがまるで木々を壁とした部屋のようなであることから、なんとなく何処かの誰かの手が入ったダンジョンであることが察せられる。
そして時々、俺達に襲い掛かってくる魔物の存在もここがダンジョンであることを思い出させる。
「そっちに行ったぞ!」
ガウロンの声に従い、俺は突進してきた巨大な猪を迎え撃つ。
顔面から突っ込んでくる猪にカウンター気味に左の正拳を叩き込み、突進を止めると、その隙を狙ってガウロンが大剣で首を切り落とす。
悪夢の森で現れる魔物は獣を巨大化したものが主だった。
いま倒した猪は数メートルくらいの大きさがあり、その前に俺が素手で殴り倒した熊の魔物はは10メートル近い大きさがあった。まぁ、大きさ以外にも多少は普通の動物とは違いがあるけども。
「マジでつえー」
ギドが魔物を倒した俺を見て、間抜けな声を上げる
そんなに褒めることでもないけどな。
大きさから来る攻撃力や耐久力にさえ気をつければ、基本的には野生の猪や熊と変わらないから、倒すのには苦労しないと思うぜ?
実際、俺のことを強いと言っているギドだって、それなりの数の魔物は倒せているんで、そこまで強い相手じゃないってことには気づくはずだ。
もっとも、ギドはパーティーで戦っているし、倒しているのは俺やガウロンが倒した魔物と比べて若干小さいものだから、それを差し引き、自分と比較して俺とガウロンを強いと言っているのかもしれないけどさ。
見ているとカイルたちは案外、戦えている。
まぁ、元から弱くないとは思っていたけど、連携を取って個人では手こずる魔物を上手く処理しているのは俺的には評価を上げてもいいかもしれない。
ギドが最前線で敵の攻撃を止めながら手に持った斧で攻撃、コリスが中距離から弓で牽制や妨害、敵の注意を引き、その間にクロエが魔術での攻撃の準備を整える。カイルは指揮をしながら、手の足りない所を補う。前衛が必要なら剣を抜いて斬りかかるし、敵の牽制や妨害もするし、魔術で後ろから援護といったオールラウンドな活躍をカイルはしている。
カイルが上手く立ち回ることでパーティーの連携は成り立っており、それを理解しているからこそギド達はカイルを信頼し、指揮を任せている。
カイルは自分たちのパーティーの仕事を雑魚の排除と定めたようで、俺とガウロンが大物を相手にしている間、雑魚の相手を引き受けることにしたようだ。
そのおかげで俺とガウロンは気兼ねなく大物を相手に出来る。
「ギガントウルフだ!」
ガウロンが名前を叫んだ魔物は家くらいの大きさのある狼だった。
森の中を探索していた時に襲い掛かってきたその魔物は巨大な口を開けて俺を喰い殺そうとする。
「余裕ゥ!」
俺は巨大な狼の顎に左手のアッパーを叩き込み、強制的に口を閉じさせる。
そうして出来た一瞬の隙に、俺は狼の腹の下に潜り込み、そこから真上に見える狼の腹を蹴り上げる。
大きいってのは良い面もあれば悪い面もあるよな。
死角が増えるし、小さい奴に懐に入り込まれる。この狼なんか家くらいの大きさがあるんだし、腹の下は人間が入り込めるだけの高さがある。
「デカさだけじゃなぁ!」
俺の蹴りを受けた巨大な狼が衝撃で転がる。
俺は即座に狼の頭に飛び乗り、左拳を全力で振り下ろして、頭蓋を叩き割り、脳味噌を粉砕する。
崩れ落ちる狼から飛び降りて、俺は次の獲物を探す。
視界の端にはもう一匹、ギガントウルフがいてガウロンに襲い掛かろうとしていた。
「やるな、ならば俺も!」
ガウロンの声が聞こえ、そちらに目を向けた瞬間、ガウロンの体がみるみるうちに巨大化していく。
魔術か何かか?
考える俺の視界では、家くらいの大きさがあったはずの狼がガウロンと並ぶと普通の犬くらいのサイズに見えるようになっていた。
「ふん!」
身に着けた装備もガウロンと同時に巨大化している。
巨大化したガウロンの持つ大剣が振るわれ、一太刀で巨大な狼を斬り捨てる。
「俺もなかなかの物だろう?」
あっさりと敵を倒したガウロンが元のサイズに戻って自慢げに言う。
確かになかなかのもんだな。デカくなっても動きが鈍るってことは無く、普通のサイズの時と同じ動きだった。
「何を使ったんだ?」
俺が尋ねると、ガウロンは俺に腕輪を見せる。
なんの変哲もない腕輪のようだが──
「巨人の腕輪という魔具だ」
へぇ、名前を聞く限り、それに巨大化の力があるって感じなのか?
俺だけでなくカイルたちも集まってガウロンの腕輪を見ている。
「他のダンジョンで見つけた物でな。魔力を流すと使用者を巨大化させてくれる」
「スゲー!」
ギドが能天気に言うがガウロンは苦笑を浮かべている。
どうやら、そんなに使い勝手が良くないんだろうな。
「効果は派手だが、その分、魔力の消耗も激しいんだ。俺の場合ではどんなに頑張っても二十秒ほどしか巨大化を維持できない」
維持だけでそれってことは、動いたらもっと消耗するんだろうな。
一太刀が限界って感じじゃないかと俺は推測するが、それをすることはしない。
相手の限界を勝手に決めるのは失礼な気がするしね。
「冒険者と喧嘩をする時は気をつけるんだぞ? 冒険者というのはダンジョンで戦闘経験を積み、探索する中で見つけた強力な魔具で武装した存在だ。相手の強さを見誤れば命が無い」
ガウロンがベテランらしくカイルたちにアドバイスをしている。
喧嘩をするなじゃなくて、喧嘩をする時はって喧嘩をすることが前提なのは冒険者らしくて良いよね。俺は好きだぜ。
ガウロンがアドバイスを終えると俺達は再び森の中を奥に向かって歩き出す。
ギガントウルフを倒した後も魔物がひっきりなしに襲い掛かってくるが、大物は極端に少なくなり、簡単に倒せる相手だけになったので、特に問題もなく探索は進む。
森の中には所々に遺跡のような場所があり、過去に人の手が入っていたことは明らかだった。
石畳の地面、水が流れていたと思しき水路の名残、崩れた石像に、噴水の跡。
鬱蒼と生い茂った草花をどけてみると、地面にはキッチリとした区分けの跡があった。
「庭園だったのかもしれないな」
なんとなく俺はそんなことを思いついて呟いた。勘なので確証はないがね。
遺跡として残っている物を見て、過去を想像すると庭園っぽいなぁって思っただけさ。
石畳の床を囲むように水路があり、その中央に石像と噴水。草花は区分けされて植えられていた。
そんな過去を想像したんだが、さて実際はどうだったんだろうね。
在りし日に思いを馳せながら、森の中を進んでいくと、また遺跡のような場所にでた。
そこも同じように庭園を思わせるような場所だったが、唯一の違いがあるとすれば、石像が健在であり、その石像が女神をモチーフにしたようなものであったこと。
「地下迷宮で見たのと同じ女神だよなぁ」
多少は違いがあるもののデザインの方向性は同じだ。
となれば、ここと地下迷宮は関連があると考えるのが普通だが──
「この像って何の像だか知ってるか?」
まずは、この世界の住人に話を聞いた方が良いだろうと思って話を聞くが、カイルたちにとっては、ただの女の像であり気にするようなことじゃないらしい。
どうやら、女神って概念自体が希薄なようで、俺が女神像って思った像もただの女の像としか思わないようだ。
聞く相手が良くなかったのか、それとも誰に聞いても同じ回答なのか。現状では俺に答えをくれる人間はいないようだ。
「地下迷宮は神殿、森は庭園。俺はどちらも女神の物であると思うんだけどな」
同意は得られないと分かっているので、俺は女神像を眺めながら独り言を漏らす。
まぁ、同じだからなんだって話でもあるんだけどな。他にあるらしい二つのダンジョンも女神に関連するものだろうと推理した所で、女神の存在がなんなのか分からなければ意味はない。もしかしたら、カイル達の認識通りただの女の像である可能性もあるしな。
「どうした? 何か気になることでもあったか?」
「いいや、なんでもねぇよ。先を急ごうぜ」
考えるのは後でもいいだろ。
とりあえず今はさっさとこのダンジョンを攻略しちまおう。情報の整理はもっと落ち着ける時にすればいい。
そう思って俺はダンジョンの奥に向かって探索を再開することにした。




