誰とでも揉める男
よくよく考えればリィナちゃんを説得しなきゃいけない理由があるわけでもないんだよね。なので、俺はリィナちゃんが疲れるまで攻撃を躱し続けることにした。
全力で一時間、休憩も無しに剣を振り回してれば疲れるのも当然で、リィナちゃんは体力の限界を迎えて膝を突いた。
「……おまえ、マジで殺す……」
肩で息をしながらの殺害予告なんて怖くもなんともねぇぜ。
ちなみに俺は人間だった時は、世界で三番目くらいに殺害予告されてたし、言われたところで何も思わない程度には感覚がマヒしてんだよな。
「まぁまぁ、冷静になろうぜ、リィナちゃん」
俺の言葉を聞くなり、リィナちゃんは顔をくわっと強張らせて殺意を漲らせるが、体がついていかないようで、やがて諦めたように地べたに腰を下ろす。
「あぁ、もうホントに最悪。こんなクソ野郎と関わらなければ良かった」
溜息をついて頭を抱えるリィナちゃん。
それを俺以外にゼティもシステラも眺めているが、俺以外の奴がリィナちゃんを見る目は同情がこもっている。ゼティもシステラも共感できるところがあるんだろうね。俺のせいで大変な思いをしたって共通点があるからさ。
「何をされたのかは知りませんが酷い目にあったんでしょう。同情します」
システラが料理の乗った食器を片手にリィナちゃんを慰める。
善意からの行動だったんだろうけど、急にメイド服の女から話しかけられたリィナちゃんは警戒心を露にする。
「これでも飲んで、落ち着いてください」
そう言ってシステラが差し出したのはお気に入りになった正体不明な赤紫色のジュース。
味が気に入ったので大量に買い込んで、収納空間にしまっていた、そのジュースをリィナちゃんに渡したのだが──
「うわ、虫ジュースじゃん! キモッ!」
システラが差し出したジュースを見るなり、リィナちゃんは飛び退いて叫ぶ。
……虫ジュースねぇ。やっぱり、そうだったか。俺はジュースを売っていた屋台を思い出して納得する。
だって、屋台にはフルーツは無くて虫しか置いてなかったからね。
でもって、まな板の上では首を斬り落とされた赤紫色の芋虫が何匹もいて、店主がその虫から液体を絞り出していたし、もしかしたらって思ったんだよね。
「……どういうことですか?」
俺が納得したように頷いているとシステラが殺気を感じさせる眼で俺を見ている。
「さぁ? どういうことだろうね? 俺はシステラちゃんが虫の汁を美味しい、美味しいって飲んでいたことくらいしか分からないなぁ」
それだけの話だろ? 俺はフルーツジュースだなんて一言も言っていないと思うし、フルーツだって勘違いしたのはシステラちゃんじゃない?
「おま──おまえっ!」
システラは収納空間から銃を取り出すと、躊躇なく俺を撃つ。
「なんだよ、そんなに虫の汁を飲まされたのが気に食わない? 味は良かったんだから、美味しい物を口に出来て良かったじゃない」
「人に虫を飲ませておいて、そのセリフか!」
「やめろ、システラ。こいつには何を言っても無駄だ!」
ゼティが剣を抜いて流れ弾を叩き落とす。
俺はシステラが何を気に食わないのか分からねぇなぁ。いや、ホントは分かるけどね。虫とかシステラの感性だと口の中に入れるもんじゃないんだろう。
「世の中には虫を日常的に食う人もいるってのに、そういう反応はどうかと思うなぁ。食うものが無いから虫を食うんじゃなくて、食文化として御馳走として虫を食う人たちもいるってのに、虫を食うのがまるでおかしいってのはどうかと思うよ?」
「黙れアッシュ! システラの神経を逆なでするな!」
ゼティに叱られちまったぜ。
コイツは失礼。俺はお口チャックしましょう。
でも、その前に言わないといけないことがあると思うんだ。
「あのなぁシステラ。お前は虫の汁を飲ませたっていうが、その虫の汁は店主が手間暇かけて丹精込めて作った逸品なんだぜ? きっと丁寧に下ごしらえをしたんだと思うんだ。
芋虫の頭を切り落として内臓をほじくり出し、体液を絞り出す。それだけじゃ粘りが強いから、適度に水を加え、最後に口当たりを良くするために裏ごしもしてる。そんな品をお前は、まるでゴミみたいに扱っている。それって果たして正しい行為なんだろうか?」
「だからって何も知らない相手に飲ませるのが正しいのか!」
それを言われると弁解の余地がないね。
リィナちゃんと揉めていたはずがシステラとも揉めることになっちまったぜ。
いやぁ、困った困った。
「……おまえ、楽しんでるだろ」
流石、ゼティだ。俺のことを良く分かってんね。
実際、揉め事大好きの俺としては最高の状況だぜ。
「俺に文句があるんだろ? なら、戦ろうぜ? 俺をぶちのめすなり何なりして、俺に思い知らせてみろよ!」
そうして、夜も更けつつある中、俺に不満があるシステラとそれに加勢したリィナちゃんとの喧嘩が勃発し、その結果──
「ばーか、ばーか! お前なんか死んでしまえ!」
「テメェ、後で絶対に殺す!」
「Fuck you! 口だけだったら何とでも言えるぜ! もうちょっと鍛えて出直してきな!」
システラはリィナちゃんと一緒に捨て台詞を吐きつつ半泣きになりながら、キャンプを出て行ってしまった。
「どう考えてもお前が悪いと思うぞ」
自分は関係ないって感じで他人事のように眺めていたゼティが真っ当な意見を言う。
確かに俺が悪いような気がする。しかし、悪い奴が悪者として裁かれるとは限らないのが世の中の面白いところだよな。
「まぁ、いいじゃない。システラが一緒だと面倒臭いと思うし、結果的には良かったんじゃないかね?」
女の子と一緒にテント生活はなぁ。
リィナちゃんと一緒だったらリィナちゃんがシステラの面倒を見てくれるだろうし、俺達の生活してるキャンプよりはマトモな寝床をシステラに用意してくれるだろ。
システラは俺がゴチャゴチャと言うと反発すると思うし、こういう流れになった方が素直に事が進むと思うんだよね。
「……お前はもっと自分の考えを人に言った方が良いぞ」
「そんなことしたらトラブルにならねぇだろ? それに揉め事が起きる方が俺は楽しいってことも知ってるだろ?」
長い付き合いなんだから分かってるだろ? だから、お前も余計なことを言わないんじゃねぇか。
まぁ、言っても無駄だって思ってるだけかもしんねぇけどさ。
「……システラはどうだ?」
「厳しいと思うぜ? 強い武器が使えりゃ大体の奴には勝てるだろうが、この世界は思っていたより強い奴が多いからな」
つまりは武器が使えなけりゃ勝てないってことだ。
少なくとも、戦闘技術だけで言えばサイスやスカーレッドには遠く及ばないんだから、武器や道具による優位が無ければ絶対に勝てない。
「収納空間が使えるのは良いけども、それだけだからな。戦いには不安があるぜ」
これが使徒だったら心配はしないんだけどな。
ゼティと同じ一桁の序列の使徒なら何をしたって絶対に死なないだろうしな。
パンチ一発で宇宙を崩壊させる奴。その一撃を無傷で耐える奴。そんな奴らがいるのが俺の使徒だから、心配の必要なんかない。
その点システラはまだ使徒じゃないし、そこまで頭のおかしい戦闘能力に至るまで鍛え上げられていないんだから、心配するのも当然だろ?
「……邪魔なら言え」
何を言っているんだいゼルティウス君。
俺がシステラのことを考えているのを見て、なんか変なことを考えたのかい?
……顔が怖いなぁ、もっと気楽に出来ないか?
「アレは代わりが効く」
「人は代わりが効かないって知ってるかい?」
俺の言葉をゼティは鼻で笑い、そして鋭い目つきで俺に言う。
「前の『倉庫番』を斬ったのは俺だと忘れていないか?」
憶えてるよ。
システラの前の『倉庫番』は調子に乗ってたからな。
与えられただけの権限を自分の力と勘違いして俺達に喧嘩を売り、俺達を怒らせたから、ぶち殺したっていう、それだけの話さ。
使い勝手の良い存在だから大事にしてやっていただけってのを勘違いした結果が、ゼルティウスに斬られるって末路。このことは今の『倉庫番』であるシステラには伝えていない。
俺は人は代わりが効かないとゼティには言ったものの、実際の所システラに関しては代わりが効く。
システラもその前の『倉庫番』も培養槽で作れる人造生命体だからだ。
あんまり俺の言うことを聞かないようであれば、殺して新しいのにしてしまえとゼルティウスは言っている。
単に優先順位の問題ってだけで、ゼルティウスにとっては邪神である俺の方が優先順位が上で、そんな存在である俺が面倒臭く感じてるなら、システラを殺すこともやむを得ないって言いたいんだろう。
「システラは仲間なんだから大事にしようぜ?」
それだけ言えばゼティは了解してくれる。
俺が殺すべきじゃないって言えば、ゼティは殺さない。そんな風に徹底的に割り切っているのがゼルティウスって男だ。
俺に対して、どんな思いを抱いているのかまでは把握できないけれど、お互いの考えはなんとなく分かる。
まったく、付き合いが長いってのは楽で良いぜ。
「もう、寝ようぜ? 俺は疲れたよ」
ダンジョンへ行ったりしたからさ。疲労困憊ですぐにでも寝たいくらいなんだ。
俺は寝なくても平気ではあるんだけど、睡眠が無意味ってわけじゃない。肉体的な疲労は勝手に回復するけれど、精神的な疲労を回復するには、やはり睡眠が一番効率が良いしな。
俺が寝床に潜り込もうとするとゼティが背後から声をかけてくる。
「冒険者ギルドの人間がお前を探しに来ていたぞ」
「誰が?」
「サイスという男だ」
サイスが俺を探しに来るってことは、勝手に色々とやっていることがバレたってことか? となれば、明日はギルドに行って、ダンジョンに行ったことへの説明をしなけりゃならねぇかな?
まぁ、やることがあるのは良いことだよな。
俺の方もサイスに用があるし、明日はギルドに顔を出すとしようかね。




