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証明書

 

 ダンジョン攻略の証となる琥珀色の宝石を手に入れた俺達は来た道を戻ってダンジョンから出る。

 その間、宝石を見た冒険者達が俺をジッと見ながら、ずっと後ろをついてくる。

 まぁダンジョンを出るんだから帰り道も一緒になるのはおかしくはないし、俺もついてきて構わないって言ったし、それは良いんだ。

 だけど、俺を見る冒険者たちの視線がどうにもおかしいのが気になる。

 宝石をしまったら、正気に戻ったように見えたが、帰り道の途中で、また様子がおかしくなってしまった。あれだけ怯えて目を逸らしていた俺に対して、臆する気配もなく見つめてくる。

 理由はあの宝石なんだろう。俺がダンジョン攻略の証として手に入れた宝石に魅了でもされたか、下手すりゃ俺から奪い取ろうとしかねない雰囲気だ。


「どう思うよ?」


 俺は隣を歩くシステラに訊ねる。


「どうとは?」

「この宝石のことさ」


 俺は冒険者達には見えないように、こっそりとシステラに宝石を見せる。

 宝石は変わらず琥珀色の輝きを放っており、美しくはあるが、俺には特別良いものには見えない。

 なので、純粋にこれの虜になる理由は無いという確信があり、何らかの魔術か魔力でもあるんだろうと俺は推理しているんだが、システラの意見はどうだろうか?


「私は気や魔力の扱いが不得手なので、何らかの力が込められていたとしてもそれを感知する力はありません」


 そういやそうだったね。

 俺の疑問に対して、つれない返事をしながらシステラは後ろをついてくる冒険者たちを見る。


「ですが、彼らの様子は明らかにおかしくなっているので、なにかしらの力は働いているのだと推測できます」


「だよなぁ」


 まだ正気と狂気の狭間をさまよっている感じだから、俺から宝石を奪おうという行為にまでは及ばないだろうけど、いつイカレるのか分からないしなぁ。もしかしたら俺を襲ってくるかもしれないし、そん時はどうしようか?

 殺すって感じでもないし、まぁ無力化すればいいだけだから、特に困ることでもないんだけどね。


 そうして、ちょっとの不安を抱きながら帰り道を進むが、予想していたような困った事態になることは無かった。

 冒険者達は段々と正気を取り戻していられる時間が延び、ダンジョンの入り口まで戻ってくる頃には、俺に対して怯えた気配を放ち、俺から視線を逸らしていた。


「た、助かったよ。この礼はまた今度!」


 ダンジョンの入り口に着くなり、俺が助けて道案内を頼んだ冒険者たちは慌てた様子で走り去ってしまった。

 まぁ、俺が怖かったんだろうから仕方ないよな。

 魔物を素手でぶっ殺す超好戦的な素性不明の男となんか真っ当な感性を持っている奴らなら関わり合いになりたくないだろうし、ああいう反応も仕方ないさ。

 だからまぁ、システラちゃんも不満そうな顔を見せないでくれよ。


「何に対して怒ってんの?」

「全てにです。具体的には、助けてくれたマスターに礼もせずに逃げていったあの方達と、それを、どうでも良いといった感じで許すマスターにですが」


 そいつは優しいねぇ。

 何十年も生きていても社会経験とか対人経験が少ないからガキっぽくて素晴らしいよ、システラちゃんはさ。

 重要なのは年月じゃなくて経験だってことを俺に実感させてくれるからね。


「俺のことは嫌いじゃなかったの?」

「それとこれとは話が別です。私は筋を通さないということが許せないだけです」


 あ、そうですか。筋を通す、道理に乗っ取る。大事だよね。

 助けられたら、ちゃんと感謝するってことをしないのがシステラは気に入らないってことね。

 ご立派だね、素晴らしいぜ。人格者だね、キミは正しいよ。

 でも、俺はそういうのはどうでも良いんだよね。いちいち気にするほどのことでもないしさ。


「まぁ、いいじゃないか。どうせ、二度と会うことも無いんだしさ」


 俺の言葉に不服そうな顔をしながらもシステラはまた拗ねた様子で口を閉じる。

 納得はしてないだろうけど、文句を言う気配もないシステラを連れて、俺はダンジョンを出る。

 俺達が探索をしている間に、それなりの時間が過ぎたのか。ダンジョンを出た俺の視界に青空が飛び込んでくる。潜った時には日が落ちていたのだが、今は太陽が空の一番高い位置にある。

 少なくとも日付を跨ぐくらい時間は経ったようだ。


「じゃあ、帰るか」


 ダンジョンの攻略という用事も済んだことだしフェルムに帰ろう。

 そう思って、コルドールの地下迷宮を後にしようとしたのだが、そんな俺達の行く手を遮るように、ダンジョンの周囲を武装した人々が取り囲んでいた。


「なんか似たような状況が前にもあったなぁ」


 ダンジョンを出たら取り囲まれているっていうパターンが前にもあったよ。

 その時の同じパターンなら捕まる感じか? でもまぁ、流石に二度目は無いか。


「排除しますか?」


 システラが俺に訊ねてくる。

 この状況を危機かなんかだと思ってんだろうけど、まぁ大丈夫じゃねぇかなぁって俺は思うよ。

 だって、俺を取り囲んでいる奴らから殺気は感じねぇからな。

 そう思って、システラを手で制していると、武装した連中の中から文官らしき男が姿を現す。


「申し訳ありませんが、御足労願えますか?」

「どこに? どういう理由で? それ強制?」


 挑発的な態度で文官に聞くが、文官はシレっとした表情で俺の質問に答える。


「そこへ。ダンジョンへの侵入について。強制ではありません」


 文官はダンジョンの前に建てられている石造りの建物を指さしながら答える。

 ダンジョンに勝手に入ったのがマズかったとか、そんな話かな?

 それとダンジョンで手に入れたものの一部を徴収しているとか?

 強制でなくても、いかないと面倒なことになるんだろう?

 とりあえず、断る理由もねぇから、素直に御足労いたしましょうかね。


 俺は素直にダンジョンの前に建っていた建物に案内される。

 そこはどうやら、この土地の領主であるカリュプス候の命令で建てられた場所のようで『地下迷宮管理事務所』という看板が掲げられていた。


 やべぇなぁ、管理事務所を通さずにダンジョンを攻略しちまったよ。もしかしたら、ここに話を通さないとダンジョンに入っちゃいけないとか、そういう規則があったのかな。

 だとしたら、俺達は規則破りだなぁ。きっと規則破りには凄い罰が待っているんだぜ? 傍から見れば理不尽な処罰をされると思うぜ? やべぇなぁ、ホントやべぇぜ。


 いったい何をされるのだろうとワクワクしながらやって来た俺達を待っていたのは、冷たい事務的な対応と簡素な事務手続きだった。


「コルドールの地下迷宮を探索する際には事務所を通すようにしてください。この迷宮では、迷宮に挑戦した人数を把握し、安否の確認が出来ない冒険者に対して、ダンジョン内へ救出隊を出すといったこともしています。こちらの確認できない形でのダンジョンへの侵入は安全の保障が出来ないので、なるべく避けてください」


「勝手に入ったことへの罰は?」


「その程度のことで罰を与えていたら冒険者などいなくなってしまいますよ。それに規則に関しても冒険者の方々に知性や教養を考えると、厳しくしたところで規則を守れるとは思えないので多少の規則違反は目をつぶることにしているので、貴方がたに対する処罰などはありません」


 あ、そうですか。


「一応、カリュプス候の定めた規則として地下迷宮を探索した冒険者には発見した財宝や魔石などの供出を求めているのですが……」


 お、来たな。権力の横暴かぁ?

 そんなルールに従うことは出来ねぇなぁ。冒険者が命をかけて集めた宝を奪っていくって? そんな勝手が許されてたまるかよ。俺は断固として抗議するし、抵抗するし、反抗する。場合によっては、侯爵と揉めることも厭わないぜ?


『地下迷宮も含め、この地はカリュプス候の治める地であり、この地にある全てはカリュプス候の物である。地下迷宮にある宝も例外ではなく、地下迷宮を探索する冒険者はカリュプス候の宝を奪おうとする盗人である。だが、寛大なカリュプス候は見つけた宝の一部を差し出せば、冒険者の地下迷宮を探索することを許すとおおせで、そのため冒険者はダンジョンで手に入れた宝を差し出さなければならない』


 文官はそんな感じの説明を子供に言い聞かせるように俺とシステラにしてくれた。しかし、説明の後に付け加えたのは──


「まぁ、別に絶対に供出する必要はありませんよ。一応、こういう規則もあるというだけです。この規則自体、百年以上前に定められた物ですし、その当時はダンジョンで発見される魔石や魔具も今とは比べ物にならない価値を持っていたので、それから得られる富を独占するために、こういった規則を定めただけです」


「今は違うのかい?」


「えぇ、今のカリュプスの主な収入源は鉱山ですので。この地は良質な金、銀、鉄、銅の鉱脈があり、そちらの方でカリュプス候は莫大な利益を得ているので、ダンジョン関係で得られる利益はそれほど重要視していません」


 うーん、フェルムの住人が言うにはカリュプス領を支えているのはフェルムだとか言っていた記憶もあるんだよなぁ。それは嘘なのか、それとも──


「フェルムの住人は未だにフェルムのダンジョンの産物がカリュプス領を支えていると思っていますが、それは幻想ですよ。カリュプス候もカリュプス領の領民も今はフェルムに関心など持っていません。なので、厳しい規則で縛ってまで冒険者から利益をかすめ取るような必要もなく、何をしようが厄介事を起こさなければ我々はどうでも良いんです」


 やっぱり、そういうことなのか。


「そんな話を俺にしても良いのかい?」

「構いませんよ。目端の利く冒険者なら誰だって気付いていますからね。気付かない冒険者は二流ですし、そういう二流は説明しても分からないので問題ありません」


 何をやっても侯爵は動かないし、この土地を治める奴は関心を持たないって、それってかなりヤバいことだと俺は思うんだけど、この文官はそれを知っていて言ってるんだろうか?


「そんな事情を俺みたいな冒険者に語る理由は?」

「特にはありません。強いて言えば、この土地には先が無いということを伝えたいという親切心でしょうか?」


 そいつは素晴らしいね。

 全く信用ならないっていう点を除けば、親切心からそんなことを教えてくれるアンタらは素晴らしいよ。

 地下迷宮を探索しに来た冒険者全員に同じことを言ってるんだろ?

 管理事務所とか救出隊とか言ってるけど、本当の目的はフェルムに先が無いってことを言うためだったりしないかい?

 そんでもって、この土地から冒険者がいなくなると嬉しいとか、そう思ってないかい?

 全部、俺の妄想かもしれないから、わざわざ聞くようなことはしねぇけどさ。


「──まぁいいや。何か差し出せって言われたら俺達に出せる物はこれしかないからさ。何も出さないで済むなら何よりだぜ」


 そう言いながら、俺はポケットからダンジョンの最深部で手に入れた宝石を取り出して文官に見せる。

 すると、文官は目を丸くして俺の手の宝石を見つめる。


「それは『地命石』ですね。地下迷宮の攻略の証ですが、もしや貴方がたはこのダンジョンを攻略されたのですか?」


 文官は話しながらも俺に手にある宝石に目を奪われ、宝石しか見ていない。

 やはり、魅了の魔術でもかかっているんだろう。やがて文官は俺の存在を完全に無視して宝石だけを見つめだした。このままじゃ話にならないと思って俺は宝石をポケットに入れると、文官は名残惜しそうに俺のポケットに目を向けている。


「大丈夫かよ?」


 俺が訊ねると文官はハッとして正気に戻る。といっても、視線は俺のポケットに向けられているが。


「失礼しました。ダンジョンの攻略を完了した証を確認しましたので、証明書を発行させていただきます」


 証明書とかあるんだね。流石は管理事務所だけあるぜ。

 冒険者にフェルムで冒険者をやるのは止めたほうが良いって言うだけの場所じゃないんだね、ここはさ。

 ほどなくして一枚の証明書を持って文官が戻ってきた。

 俺達はそれを受け取ると、名残惜しそうな様子の文官に背中を見送られながら、管理事務所を後にする。


 さて、不思議なことがあるぞ。

 あの文官は相当に魅了された様子だったけど、権力を使って俺から宝石──『地命石』を奪おうとはしなかった。いくらでも理由をつけて俺から奪うことは出来たと思うが、明らかに虜になっているのにそれをしなかったのは何故だろうか?

 これは理性が残っていたと考えるべきなのか。それとも、俺が持っているべきだと判断したからか。さて、魅了されているんだとしたら、そういう判断は誰がするんだろうか?

 石の虜になっている奴が、石は自分以外の誰かが持っていた方が良いってなるか? 俺が持っているべきだと、いったい誰が判断してるんだろうね。


「そこんところはどうなんだい?」


 俺は見たものを虜にする琥珀色の石に問いかける。

 石は当然、応えることもなく変わらぬ輝きを放っていた。



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