ボス攻略
第三区画の最後の扉を開けると、そこにあったのは広大な空間。
俺達は扉から、そのまま続いていた石橋へと足を踏み出して、周囲を見回した。
扉を開けた先にあったのは巨大な地下空洞。底は見えず、端も見えない巨大な穴。上を見上げると、人工物らしきものが見えるが、おそらくそれが俺達の通って来たダンジョンだろう。ダンジョンを下って来た終着点がこの地下空洞というわけだ。
ダンジョン自体が地上から地下空洞の上部を貫く形で作られており、ここまでのダンジョンはこの場所に下りてくるまでの通路だったんだろう。
橋の中間まで歩き、後ろを振り返ると城を逆さにしたような建物が地下空洞を上部から貫いているのが見える。それが俺達が通って来たダンジョン。俺達が出てきたのは城の最上部であったようだが、逆さまになっているので一番下だ。俺達はそんな城の最下層から出て橋を渡っている。
俺達が渡っている橋の先に見える物はというと、それは塔だった。
塔と言っても真っ直ぐ上に向かって伸びる塔ではなく、逆さまに地下へと伸びる塔。何処にも支えらしきものは無く、俺達が渡っている橋以外に接している場所も無しに地下空洞の中心に浮かんでいる。
そこがダンジョンの最深部だろう。外から見る限りでは五階建てくらいで、そんな建物が果ての見えない穴の底に向かって下へと伸びている。
「ここが終点ってことで良いんだよな?」
俺は怯えた様子で後ろをついてくる冒険者たちに訊ねる。
「あぁ……」
自分たちが場違いってことを理解しているせいか、逃げたくてしかたない感じだ。
まぁ、戦力的には実際に役に立たないんだけどな。でも、俺は戦力として連れてきてるわけじゃないし、そこんところは別に構わないかな。道案内役に強さまで求めるのも贅沢ってもんだしな。
「怖いなら帰ってもいいぜ?」
命を助けた借りなら、道案内で充分に返してもらったと思うしな。
そんでもって、よくよく考えれば道案内をしてもらう必要もなかったわけだし、無駄なことをさせてたんだよな。
システラに探索させりゃ良いだけの話だったんだから、この冒険者連中にも悪いことをしたって、ちょっと反省。俺の時間は無限に近いくらいあるから、気にならないけど普通の人間の時間は有限だからね。それを浪費させるのは、よろしくないって感じ。
「い、いや、それは無理だ……」
冒険者達が必至な様子で俺に縋りつく。
あぁ、なるほど、帰りも同じくらいの強さの魔物が出るなら、こいつらじゃ帰れないもんな。
黒い石騎士が何体か出てきた瞬間、こいつらの全滅は確定するだろうし、そいつらがウロウロしてるエリアを戻るとか無理だよな。
「じゃあ、終わったら一緒に帰るか」
最初は親切心で案内してくれていたんだろうけど、俺がちょっとヤバそうな奴だって思ったから、案内役を降りるとか言えなかったんだろ?
そんなことを言ったらぶっ殺されるんじゃないかとか不安になったんだろうなぁ。まぁ、俺は誤解されやすいんで、仕方ないと思うし、そう勘違いしてしまったこいつらが悪いわけじゃない。
むしろ、俺の方が悪いか? 勘違いさせた責任を取って、帰り道まで面倒を見るのが筋って奴だよなぁ。
「……私たちに対しての時とは態度が違いませんか?」
システラがジト目で俺を見る。
「そりゃあねぇ。俺は強い奴は好きで、弱い奴は愛おしいからね。使徒とは態度も違ってしまうのさ」
強い奴はちゃんと人間扱いしているから、それ相応の対応を取るよ。からかったり、騙したり、まぁ色々と。でも、俺が好きになれる強い奴らは、そういうことをしても大丈夫な連中だって俺は期待し、信頼しているからね。
だけど、弱い奴らは赤ちゃんみたいなもんだから、守ってやらないといけない。過保護にしてやらないと、すぐに死んじまうんだぜ? けれど、そういう奴らが世の中を作ってるんだから、大切にしてやらないとね。
まぁ、大切にはするけど好きじゃないね。でも、世の中そんなもんだと思って俺は弱い奴らには博愛精神をもって応対することに決めてるのさ。
システラは何か言いたげだが、黙っている。俺と話しても仕方ないって結論に達したようだ。
俺はブスっとした表情で黙っているシステラと怯えた様子の冒険者達を連れて橋を渡り、ダンジョン最深部にある塔へと足を踏み入れた。
果ての見えない穴の底へと伸びていく塔は外観からだと、いくつかの階層が重なっている建造物だと思っていたのだが、入ってみると予想に反して塔内は吹き抜けのワンフロアであり、入り口から塔の底を見下ろすことが出来た。
「飛び降りる?」
一気に下に行けるし、そっちの方が良くないか?
そう思って聞いてみたのだが、システラも冒険者たちも首を横に振る。
別に多数決で決めるわけじゃないんだけどね。でもまぁ、嫌がってるなら階段を使って下りて行こう。
入り口には親切なことに塔の内周に沿う形で階段が下まで続いているので、俺たちはそれを使って、塔の
底を目指す。
「ここのことは聞いたことあるのかい?」
階段を下りながら暇なので冒険者たちに話を聞いてみる。
「一応、こういう感じの場所だって噂は聞いたことがあるんだ。このダンジョンも攻略者がいないわけじゃないしな」
その攻略者ってのはサイスとかスカーレッドが所属していたっていうパーティーかな。
「攻略者たちの話では、このダンジョンの最後にいる魔物はここまでに戦ってきた石の兵士の最上位種らしいってことも聞いたな」
別にその情報はいらないかった。
俺としては事前情報なしで敵と戦いたいたかったんだけどな。
俺はこれ以上、余計な情報を入れないように冒険者の話を耳からシャットアウトし、塔の内装に目を向けることにした。
天井を見上げると、今までに見てきたのと同じ女神らしき女の絵が絵が描かれている。
どうにも宗教的な気配がするので、やはり神殿か何かなんだろう。もとは神殿だった遺跡がダンジョンになった?
それは自然に? 誰かが意図をもって? 意図をもってのことなら誰がやった? 何の意図で?
考えるべきことは色々とあるが、さて何から手を付けるべきか。
「まぁ、考えるよりも先にダンジョンを攻略するべきなのかもしれないけどさ」
最後の魔物を倒したらダンジョンマスターを始末すれば、ダンジョンは攻略したことになるんだろうか?
いや、ここの場合、それをしたらいけないのか?
ダンジョンを管理しているダンジョンマスターが死んだら、ダンジョンは機能を停止するだろうから、ここで取れる魔石やら何やらが取れなくなるわけで、だから誰もダンジョンマスターを何とかしようとしていないのかな。
そうなると俺が勝手に始末するのって、どうなのって話になるよな。でもまぁ、そこら辺はその場のノリと流れと雰囲気で、その時に考えれば良いか。
そんなことを考えている内に俺達は塔の底に着く。
塔の底には特に目を引くような物も無く、ただ円形のフロアが広がっているだけだった。
「ボスはどこだい?」
俺の後ろに隠れている冒険者たちの方を振り向いて訊ねる。
すると、冒険者たちは焦った顔で前を指さしていた。
俺が指の向いている方を見ると、フロアの中心に黒い霧が現れ、それが段々と人の形を取っていく。
「まさにボスって感じの登場シーンじゃないか」
人の形を取った黒い霧が散ると、そこには豪奢な鎧を身に着けた騎士が立っていた。
いや、ただの騎士っていうのは失礼かな?
将軍って言って良いんじゃないかってくらい見事な鎧を身にまとい、マントを羽織っている。その鎧は黒曜石のような光沢を放ち、精緻な彫刻が施され、マントは金糸が使われ、それで紋章が描かれている。
「黒曜将軍って、どう思う?」
名前を付けてみたんだが、良くないかい?
俺はシステラと冒険者たちに訊ねるが、芳しい返事は返ってこない。
いやだねぇ、ノリが悪くて。強そうな相手がいるんだから、もっと楽しく行こうぜ?
「手伝いますか?」
「必要ねぇよ」
つまらねぇこと言うなよ。
せっかくの相手との一対一が台無しじゃねぇか。
「当然、一対一だ」
俺はシステラと冒険者たちをその場に立たせたまま、将軍に対してゆっくりと歩いて近づく。
「そっちも、その方が良いだろ?」
言葉が通じているとは思えないが、将軍は俺の言葉に応えるように腰に帯びた鞘から長剣を抜き放ち、右手に剣を構え、左手には盾を構える。
「良いね、上等だ」
盾でしっかりと防御の姿勢を取りつつ、剣の切っ先をこちらに向けながら、将軍も間合いを測るようにゆっくりと近づいてくる。
堂々とした構えだ。こういう相手には適当は良くねぇよな。
そう思って、俺も構えを取る。
左半身を前にし、腰を落とす。足は肩幅より若干広くスタンスを取り……使えない右腕が邪魔だな。ポケットに入れておくわけにもいかないから──
「システラ、縄をくれ」
目の前の敵を見据えたままシステラに呼びかけるとシステラは即座に縄を投げてきた。
俺はその縄で右腕を腰の後ろに縛り付けて固定する。これならポケットに入れておくよりはマシだろう。
気を取り直して、俺は再び構える。
左半身を前にして、左手を敵に向ける。腰は少し落とし、足は肩幅より僅かに広げる。右腕は腰の後ろに固定して邪魔にならないように──そんな構えを取りながら、俺は間合いを測りながら、摺り足でジリジリと距離を詰める。
相手は剣でこっちは素手。
間合いは向こうの方が広い。どう考えても俺の方が不利なわけだが、さてどうする?
答えはどうもしない。普通に戦って、俺が勝つだけさ。
俺は摺り足で相手の制空権へと踏み込んでいく、将軍は俺の動きに合わせて、ゆっくりと近づきながらタイミングを計っているようだ。
「ホント、上等だぜ」
俺は呟き、ほんの僅かに距離を詰める。
そして俺と敵の距離がちょうど3メートルくらいになった瞬間、将軍が動き出す。
この世界で今までに見た魔物の中で最速の動きで、俺の首を狙った剣が放たれる。
だが、敵が動き出すのと同時に俺も動き出している。
俺は首を狙ってきた高速の剣撃に対し、前に構えていた左手を跳ね上げるようにし、剣の腹を叩き上げる。
それによって将軍の剣は弾かれて、俺には届かない。
必殺のつもりで放った一撃を防がれた将軍が即座に後退しようとするが、将軍の足が止まる。
一気に距離を詰めながら、俺は将軍の足の甲を踏みつけるような蹴りを繰り出し、その足を砕いたからだ。
後退しようとした足を俺に踏みつけられ、その場に将軍は釘付けになる。
足が踏めるくらいの至近距離、ほぼ密着した状態では剣も盾も使えない。だが、俺に攻撃手段がある。
俺は逃げようとする敵の懐で超近距離からの肘打ちを、相手の胸部にねじ込む。
打撃が通った感触で鎧の胸部が陥没したのを確信するが、それと同時に打撃の衝撃で足の踏みつけが緩んで敵が自由になる。
将軍は俺の肘を食らった衝撃でたたらを踏みながらも、左手に持っていた盾で俺を殴りつける。
それで怯ませて、距離を取ろうとしているんだろう。だが、それは俺の予想の範囲内だ。
俺は迫ってくる盾に対して背中を向ける。俺は盾に対して背中をぶつける体当たりを仕掛ける。中国武術で言う鉄山靠って奴に近い技だ。
盾による面の打撃と、俺の背中を使った面の打撃がぶつかり合う。
その結果は手を振り回すだけの攻撃より、俺の全身を使ってぶつかる攻撃のほうが強いのは当然で、盾で殴りかかってきた将軍が衝撃によって後ずさる。
だが、俺の攻撃によって後ろに下がらされたことで、将軍の方は剣を振り回せる間合いになる。
そのうえ、俺は背中をぶつける体当たりなんてものをしたせいで、背中を向けた状況。そんな隙だらけの俺に向かって将軍は突きを放つ。
だが、それも俺の予想通りだ。剣で斬りつけるには若干遠い間合い。咄嗟に反撃するにしても、届く不安があるのと、最初の攻撃で剣を振り回した際に弾かれたことを考え、隙の少なさから突きを選んだだろうが、それも狙い通りって奴だ。
俺は背中を向けた状態で相手の方に向かってバックステップする。その勢いで、突きを掻い潜りながら、俺は突きを放って伸びた腕を左腕で掴みながら、背中に担ぐようにして将軍を投げ飛ばし、床に叩きつける。
「どうした? そんなもんじゃねぇだろ」
床に叩きつけられても平然とした状態で将軍が剣を振り、俺の足元を薙ぎ払おうとする。
その攻撃に対し、避けずに剣を振るおうとする腕を足で押さえることで、攻撃を防ぐ。剣を振ろうとしても、その軌道を塞がれていては剣は触れないわけで、俺はそうして攻撃の出来ない将軍の顔面をもう一本の足で蹴り飛ばした。
流石に蹴りの一発で死ぬような体じゃないようで、俺の蹴りを食らった将軍は吹き飛び、床を転がりながらも平然と立ち上がり、そして剣と盾を構えて変わらぬ戦意を俺に見せつけてくれる。
「良いじゃねぇか、好きになってきそうだぜ」
まだ第一ラウンドも終わってねぇよな?
さぁ、続きを戦ろうぜ。




