最奥
アッシュたちがダンジョンの中を最深部に向かって進んでいた頃、ゼルティウスは静かな夜を過ごしていた。
たき火の前に置いたソファに体を預けながら音楽を聴き、優雅に休息を取る。アッシュがいる時であれば、こんな過ごし方はできない。ゼルティウスは一人の時間を満喫していた。
傍らにあるサイドテーブルにはコーヒーが置かれている。
カフェインが入っている飲み物を制限しているゼルティウスはコーヒーも茶も控えているのだが、システラがやってきたことでシステラの管理している倉庫からカフェイン抜きのインスタントコーヒーを取り出してもらえる。それだけでもシステラを呼んだ意味はあるとゼルティウスは感じていた。
戦闘面では頼りがいが無いし、精神面でも不安があるが、システラの持つ能力は有用だと、ゼルティウスはシステラに出してもらった砂糖を多めに入れたコーヒーを飲みながら思う。
ミルクは入れずに角砂糖を6個。甘すぎるくらいが良い。
システラがいれば嗜好品に困ることは無いので贅沢に使えるというのが良い。
結果的には召喚できたのがシステラで良かったかもしれない。そう思いながらもゼルティウスは若干の不安もあった。
「揉めて無ければいいが」
システラはアッシュ──アスラカーズと現地で一緒に行動するのは初めてのはずだったとゼルティウスは思い返す。
たまに会って、面倒を頼まれるのと、一緒に行動して常に面倒をかけられるのは別だから、システラの我慢が持つかどうかも分からない。
それにシステラも数十年生きてきて、自我が強くなってきた頃だ。
人造生命体の精神発達過程についてゼルティウスは知識は無いものの、なんとなく反抗期に入っていてもおかしくない。そして反抗期に入っていれば、アッシュに牙を剥くことだってありえる。
アッシュ──アスラカーズを殺せば、アスラカーズの力の全てを手に入れられるという話は使徒の間では知られた話であり、それをシステラも知ったならば、アスラカーズの力を奪おうを裏切ることだってありえるとゼルティウスは考えるが、しかし自分の考えを否定するように首を振る。
「裏切りではないな」
裏切ったと思っても、それは結局アスラカーズの期待に応えてるだけだ。
あの邪神は自分と戦える奴を求めていて、自分に歯向かってくる奴を求めている。そのために自分に敵対してくるように仕向けてさえいるとゼルティウスは数百年以上の付き合いを振り返る。
なので、システラがアスラカーズに背後から襲い掛かることがあっても、それは全てアスラカーズの願い通りであるから、別に問題は無い。ただ、問題があるとすれば──
「だが、今の奴に戦いを挑むほど愚かじゃないはず」
アッシュは何も言わなかったが、ゼルティウスが見た限りではアッシュは右腕と業術を使えなくなっている。その状態を見て、普通なら弱っているのだから好機だと判断するだろうが、ゼルティウスを含めアスラカーズを知っている者ならば、その状態のアスラカーズには絶対に戦いを挑まない。
なぜならアスラカーズの戦い対する姿勢が変わるからだ。
普段のアスラカーズは、相手の強さを推し量りながら相手の限界を引き出そうとする。
しかし、アスラカーズが普段と違う状態──例えば、腕が使えなかったりする場合だと、奴は相手よりも先に自分の限界を知ろうとする。
それは戦闘の際の興味の対象が相手より自分に向くということで、それは戦っている相手に対しての気遣いが薄れるということにもつながる。
そして、その結果はアスラカーズは今の自分の限界を知ることを最優先として戦闘を行う。目の前の敵なんかは動く的程度の認識しか持たなくなる。
それを知っていれば、今の状態のアスラカーズに挑むようなことはしないはずだ。
「杞憂という奴か」
システラもこのことは知っているはずだとゼルティウスは考え、そもそも右腕が使えない程度でアスラカーズの強さが弱まるという考えさえ抱かないだろうとも思う。
ゼルティウスが知る限りアスラカーズは千年以上の戦闘経験がある。アスラカーズが自分自身にかけた呪いのせいで、その戦闘経験を思い出せなくなるようにはしているし、それ以外にも全力を出せないようにはしているが、そういった点を差し引いても、右腕が使えない程度で極端に弱体化するような鍛え方はしていない。
むしろ、右腕が使えないという不利な条件なせいで、自分自身にかけている手加減の呪いが弱まる可能性も考えられる。手加減の呪いは自分が有利な状態であればあるほどアスラカーズの戦闘能力を下げるが、逆にアスラカーズの方が不利な状況であれば呪いの効果は弱まり、戦闘能力の低下は免れられるのだから、右腕が使えないというのは、逆にプラスの要素になりかねないとゼルティウスは考える。
そして、業術の使用不可だが、こちらも問題にはならない。そもそもアスラカーズの強さは業術に根差した物ではないとゼルティウスは思う。アスラカーズの強さの根幹はひたすらに積み重ねた武芸と戦闘経験だ。それは業術が使えなくなったからといって変わるものではない。
結局の所、右腕が使えず、業術も使えないからと言ってアスラカーズの──アッシュの強さはさして変わらない。
それはシステラも理解しているだろうからアッシュに喧嘩を売ることはないだろう。
そうして、ゼルティウスは自分の心配が杞憂であると思い至り、このことについて余計なことを考えるのは止める。そして、ゼルティウスはせっかくの一人の時間を余計な心配事で無駄にすることもないと思い、眼を閉じ再び音楽に浸るのだった。
そんな風にゼルティウスがゆったり優雅な時間を過ごしていた頃、アッシュたちが探索していたダンジョンでは────
「オラァッ!」
俺はとりあえず目についた魔物をぶん殴る。
第二区画は結局、特に面白いものは無く終わってしまい、いま俺は第三区画にいる。
第二区画のエリアの終わり辺りに巨大な岩のゴーレムがいたが、膝関節を蹴り砕くと自重を支えきれずに倒れ、倒れた後は試し割りの要領で拳や蹴りを叩き込んでいたら、すぐにただの岩の塊になってしまった。
人間だった頃、素手で岩を殴ったり蹴ったりするトレーニングを狂ったようにしてたせいか、定期的に硬い物を素手で殴りたくなるんだが、その衝動を発散できて俺は満足。
俺がゴーレムを素手で殴り砕くのを見て、道案内を任せている冒険者たちはドン引きしていたが、まぁ、こんなことをする奴は珍しいんだろう。珍しいって感じの表情じゃなくビビってる気配だったけどね。
そうして第二区画を越えると次は第三区画と呼ばれる場所に到着した。
第三区画も第二区画と同じ系統の内装なんだが、第二区画よりも更に豪奢といった感じで、荘厳な宮殿の一画といった感じで、通路の壁やレリーフもただの彫刻ではなく何らかの意図が込められた意匠となっている。
俺はこれを見ても何も思わないのかと冒険者たちに訊ねるが、冒険者たちは特に何も思うことは無い様子で只のダンジョンの壁や床といった認識だった。
教養の問題なのか、それともこの世界の一般的な認識なのかは分からねぇけど、天井画が描かれているダンジョンを見ても、この世界の人間は何も思わないんだろうか?
ダンジョンマスターの趣味ってことで片づけてしまし、それ以上の意味を考えないのが普通なんだろうか?
まぁ、そういうことなら俺も深くは追及しねぇけどさ。
「──というわけで、オラァッ!」
ダンジョンの内装に関しては、とりあえず脇に置いておいて今はさっさとダンジョンを攻略することを優先しようということで、俺は目の前に現れた魔物を倒していく。
第三区画まで来ると普通の冒険者では対処が難しい魔物も多いようで、俺が先頭に立って敵を排除する。
現れる魔物は比較的軽装だった石兵士から石騎士に代わり、それに加えて、ガーゴイルも現れだした。
ガーゴイルに関してはこのダンジョンの入り口で戦った奴とは違い、ちゃんと石材であり、どの個体もいかにも悪魔といった形をしている。
石騎士の方は石兵士と同じように倒せる。体を覆っている石の装甲が多いくらいだからな。
対して、ちょっと面倒なのがガーゴイルだ。なにせ魔術を使ってくるからな。石の弾を高速で打ち出すようないかにも土属性って感じの魔術だ。まぁ、高速って言っても叩き落とせる速さなんで問題は無いんだけどね。
「とりあえず硬くすれば良いって発想は安易だよなぁ」
全身が石で出来たガーゴイルを叩き割りながら俺は冒険者たちに同意を求める。
石騎士もそうだけど、石で装甲する面積を増やせば良いってもんじゃないんだよな。硬ければ硬いほど、衝撃の吸収力は落ちるわけだし、ちょっと工夫すれば簡単に割れるんだよ。
ダイヤモンドは硬いって言われるけど、ハンマーで叩けば簡単に割れるのと一緒。硬さと頑丈さは同一の物じゃないんで、そこんところを混同してはダメってことだね。
「……」
俺の戦いっぷりを見てた道案内の冒険者は黙っている。
言いたいことがあるなら言って欲しいね。まぁ、言いたくないって気持ちもあるのかもしれないけどさ。
いつの間にか、魔物より俺の方をバケモノを見るような眼で見てやがるけど、それもまぁ仕方ないか。
きっと、ガーゴイルも石騎士も武器や魔術を使い頑張って倒すんだろうけど、それを素手で簡単に簡単に淡々と倒していたら、バケモノに思われても仕方ないか。
「まぁ、いいや。先を案内してよ」
俺が頼むと冒険者たちは無言で俺の前を歩き出す。
最初は親しげだったのに、段々と俺から距離を置くようになってきた。
こいつらの安全には配慮してやってんだけどね。まぁ、その程度じゃ俺への不信感は拭えないの仕方ないけどさ。
「ところでキミらって、ここまで来たことあるのかい?」
「……いや、それは──」
別に答えなくても良いんだけどね。
来たことないって分かるからさ。実力的に見てもキミらじゃ第三区画は無理だろうから、ここに来たことなくても仕方ないさ。それなのに道案内をしてくれるとか偉いじゃないか。
「なかなか出来ないぜ? 知らない道を道案内してくれる奴とかさ。普通の奴ならまず出来ない。どうやったら、道を知らないのに道案内できるのか、その方法を俺にも教えて欲しいもんだぜ」
俺の言葉を聞いて冒険者たちが黙り込む。
言い方が良くなかったね。別に責めるつもりはないんだぜ?
怒ってもいないし、文句を言ってるつもりもないんだ。ただ、なんとなく思ったことが口に出る性質でね。
ちょっと頼れるところを見せるつもりで道案内してたけど、俺が予想以上に強くてビビッてしまい。道案内できるほど詳しくないってことを言えなくなったんだろ? そういう奴は良くいるんだから気にしなくていいんだぜ?
俺は気を遣った言葉をかけようとしたものの、その矢先に新たな魔物が現れる。
今度も石騎士かと思いきや、その鎧の色は黒曜石を思わせるような黒。色が違うなら強さも違うんだろうが──
「同じタイプの敵なら楽勝かな?」
そう思って俺は冒険者たちの前に立って、魔物を迎え撃つ態勢を取るが、直後に黒石騎士はそれまでの石騎士とは比べ物にならない素早さで距離を詰めてくる。
積極的に先手を取ろうとする動きは今までの魔物には無かった。その動きだけでも、この魔物はこのダンジョンにおいて最強クラスであることが察せられる。
「でも、遅い」
距離を詰めてきた黒石騎士の頭を素早く掴んで、俺は壁に向けて投げ飛ばす。
壁に激突した黒石騎士はそれでも即座に体勢を整えようとするが、それよりも素早く動いた俺が壁に叩きつけるように追撃の前蹴りを放つ。壁に叩きつけられることで俺の蹴りを衝撃を殺しきれずに黒石騎士の鎧は砕け、中身の泥人間の体も衝撃によって弾け飛ぶ。
「もう少し手強い奴はいねぇのかなぁ」
通路の先を見ると続々と黒石騎士が姿を現す。
それを見た冒険者たちは怯えた顔になる。
「それが、このダンジョンを徘徊する魔物では一番強いんだ!」
だから、それがいっぱい出てきてビビってるんだろうね。
でも、俺にとってはそんなに強くないんだよねぇ。戦っても、そんなに面白い相手でもないしなぁ。
もう、面倒くさいって気分の方が強くなってきたせいで、俺はため息を吐いてしまう。
「システラ」
一回でも溜息を吐くとダメだね。やる気が急速に衰えていくのを感じるぜ。
そうなるともう、自分がやらなくても良いかなって気持ちになってきてさ──
「命令だ。殺せ」
誰かにゴミ掃除を頼みたくなってしまうのも仕方ないよな。
ハッキリと命令された以上、システラも拗ねているわけにはいかない。
明確な主従関係があるんだから、システラは俺の言葉に従うしかなく、それまで影のように黙って後ろをついてきていたシステラが冒険者たちの前に銃を構えて躍り出る。
「秒で片づけろ」
俺がそう言うとシステラは腰だめに構えた機関銃を薙ぎ払うように撃、通路の奥からやってくる黒石騎士を文字通り粉砕する。秒でやれと言ったとおりにシステラは一瞬で目の前にいた魔物たちは片づけてくれた。
「じゃあ、先へ行こうか?」
目の前の邪魔が無くなったんだから当然だろう。
なのに、冒険者たちは絶望顔だった。別に迷っても怒らないんだから、そんなに心配しないで欲しいぜ。
道を知らないとか言ったら、殺されるとか思ってるんだろうけど、俺達がそんなことするわけないだろ?
俺がどう思ってるか分からず、そして、この場からも逃げられないと思った冒険者たちは絶望した顔で俺達を案内する。きっと生きた心地がしなかっただろう。
でもまぁ、そういう時に限って幸運というものはやってくるもので、冒険者たちが勘で選んだ道はことごとく正解し、ほどなくして俺達は第三区画を突破することに成功し、そして俺達は──
「次がこのダンジョンの最奥という話です」
第三区画の最後の部屋、その中にあった巨大な扉の前で疲れ切った様子の冒険者が言う。
最後の部屋は城で言うなら城主の間といった感じの部屋で、それまでの荘厳な宮殿のような迷宮から更に豪奢な部屋だった。
金糸の使われた絨毯に見事な彫刻。そして中央に輝くように美しい女神の像。贅を尽くしたような部屋にいたのは砂の体を持った巨大な悪魔がいた。
名前を付けるなら砂デーモンって感じだろうか?
砂の体で衝撃を吸収し、自由に体の形を変える上に魔術も使いこなす魔物だったけど、特に面白い話もなく簡単に倒せた。普通に魔術を躱し、普通に殴ったら終わりだったんだもん語れるような話が無い。
まぁ、門番みたいなもんがいたってだけの話だし、どうでもいいだろう。
重要なのは部屋の中にあった巨大な扉だ。
道案内の冒険者が言うにはこの先がダンジョンの最深部らしく、疲労困憊の冒険者に連れられて俺達はようやくダンジョンの終わりに辿り着いたというわけだ。
さて、じゃあ扉を開けて、さっさとダンジョンを攻略してしまおうか。
きっと大ボスがいるだろうし、そいつが強いと俺は嬉しいんだけど、さぁどうなることやら。




