道連れ道中
システラが取り出したエリクサーを飲ませると、死にかけだった冒険者の傷はたちまち回復する。
傷が治る飲み薬って何なんだよって思うけど、魔術的な効果によるものだから原理を追求するのも野暮だよね。とにかく傷が治ったんだから、何よりさ。
「在庫のダブついている医療用ペーストを使ってもらいたかったのですが」
システラがブツブツと文句を言っている。
医療用ペーストってのは塗り薬みたいなもんで、傷口に塗るとペーストに含まれた有機ナノマシンが傷を塞いでくれるっていう文明の進んだどこかの異世界の医療品。
科学的な物なんだけど、文明レベルの低い世界の人間からすれば魔法と変わらないし、むしろナノマシンという言葉が魔法よりも不安を煽るんで、使われずに放置されているから在庫も余っているとか。
「貴重な薬だったのか?」
助けられた冒険者たちが、不安そうな顔で俺に訊ねる。
俺にエリクサーの代金を請求されると思ってんだろうかね?
「なぁ、エリクサーって言っていたのが聞こえたんだけど、まさか……」
この世界にもエリクサーってのはあるんだろうね。
でもって、高価なんだろう。エリクサーという言葉を聞いた瞬間、俺達が助けた冒険者たちは顔が青ざめたくらいだしな。きっと、そこら辺の冒険者には払えないような金額なんだろう。
「心配すんなよ。こっちが勝手に助けただけだぜ? その代価を要求するなんてセコイ真似をするかよ」
「いや、でもエリクサーなんだろう?」
貴重品を使わせたことが申し訳ないってことかい?
その点も別に気にしなくていいぜ。
「システラ」
俺が声をかけるとシステラが何もない空間から、さっき冒険者に使ったのと同じ薬が入ったビンを床にぶちまける。
こんだけあるんだぜ? 貴重品でもなんでもないんだから気にする必要なんかねぇって。
「エリクサーじゃなくて只の良く効く魔術薬って奴さ」
本当の所、どうだかは知らねぇけどさ。
システラに頼んで出してもらっただけだから、俺はこの薬が何なのか把握していないんでね。でもまぁ、傷が治ったんだし、エリクサーかどうかはともかく傷薬としては素晴らしいよな。
「お近づきの印に何本かやるよ」
俺は床にぶちまけられた薬のビンを何本か拾い上げ、冒険者たちに渡す。
こんなに簡単に渡してんだから、貴重品の筈がないって分かるだろ?
俺はそう思って薬を渡しんだけれど、冒険者たちは戸惑った様子だった。
「いや、でもなぁ?」
冒険者達はお互いに顔を見合わせて、どう対応していいか迷っているようだった。
タダで貰っとけばいいじゃん。命を助けてもらったことも勝手にやったことだし、感謝する必要もないって感じで図々しくしていてもらった方が俺も面倒が無くて良いんだよね。
誠実さとか律義さは一般的には美徳なんだけど、そういうのが面倒臭い時もあるってことを理解して欲しいぜ。
「流石に助けて貰って何の礼も無しってわけにはいかないだろ」
死にかけていた奴がリーダーだったようで、冒険者たちの意見をまとめる。
別に俺はお前らから欲しい物とかないんだよね。
冒険者達が懐に手を入れて何かを取り出そうとするが俺はそれを制する。
「いらねぇって。さっきから言ってるだろ、勝手にやっただけだってさ」
俺は恩着せがましいのは、あんまり好きじゃないの。
そんな俺の好みも理解して御礼とかも配慮してほしいんだよなぁ。だけども、そんな俺の思いは通じ冒険者たちは困った顔でお互いに顔を見合わせる。
「面倒臭いんだから、貰っておけばいいのに」
システラの声が聞こえる。
こんなに面倒臭くなるんだった貰っておけば良かったって俺も思うよ。
まぁ、仕方ねぇか。とりあえず、物を貰うってのは無しにしようぜ? その代わりにアレだな。
「じゃあ、こうしようぜ? 御礼はこの先の道案内ってことで。それでチャラにしようぜ?」
俺の提案は願っても無かったようで冒険者は二つ返事で了承してくれた。
まぁ、俺に物か金を渡したら、今回の稼ぎがパーになるしな。道案内で済むんなら、そっちの方が安上がりってもんだろう。
道案内を任せた冒険者たちはダンジョンの奥へと進む道すがら、俺にダンジョンの解説をしてくれた。
「ここは第二区画って呼ばれている場所なんだ」
ふーん、そうなんだ。
もう少し、しっかり名前を付けているかと思ったけど、安易なネーミングだね。
「フェルムの冒険者である程度の腕がある奴は主にここで稼いでいる。魔物は手強い部類だが、対処できない程、理不尽ということも無いんで、油断をしなければ問題は無い」
でも、油断してやられていたじゃん。
俺がそれを指摘しようとするのを察したのか、慌てて冒険者は話題を変える。
「それで、どこへ行きたいんだ? 魔石が稼げる場所か、それとも魔具が出やすいって言われてる場所か?」
魔石と魔具? 聞いたことのない単語が出てきたな。
いや、実の所、他の世界で聞いたことがあるんで、初耳ではないんだけどね。
でもまあ、この世界では初めて聞く言葉か?
他の世界では魔石ってのは魔物の体内にある魔力の結晶体みたいな物だけど、世界によって使い方が違うし、微妙に性質も違うんで、俺が知ってる物と違う可能性もある。
で、魔具の方は俺が聞いたことある奴だと魔術や魔法を込めた特別な道具って感じで、世界によっては魔道具とか魔術具、魔法道具とか色々な呼び方もあるけど、だいたい同じものだ。この世界も同じような物の気がするけど──
「それって何だ?」
ハッキリとは分からないので、手っ取り早く知るために俺は冒険者たちに聞く。
俺が質問すると冒険者たちは顔を見合わせる。雰囲気からして、とんでもない世間知らずだと思われたようだが、別にどう思われようと構わないんで好きにさせておこう。
「えーと、此処まで来る間に魔物を倒したろ? そいつらの体内にある宝石みたいな石を魔石と言って──」
なるほど、俺が知ってるのと同じ物なんだな。
それなら勿体ないことをしたなぁ。ここのダンジョンの魔物は倒すと砂とか土の塊になるから、その中に紛れ込んでいただろうし、肉を捌いて取るわけじゃなさそうだし手間も掛からないんだから取っておけば良かったね。
「魔石って何に使うんだ?」
「何って燃料とか、魔術薬や魔具を作るのにも使うし、自分で食べれば魔力の底上げになったりとか、色々と用途はあるから、何に使うかと聞かれると説明が難しいな」
なるほどねぇ。魔石も俺が知ってる物とそんなに違いは無いようだ。
「魔具に関してはダンジョンの中に置いてある宝箱に入っておいてあるんだが、この辺りに来るまでに見なかったか?」
宝箱が自然に置いてあることに、この世界の人間は不自然さを感じないんだろうか。まぁ、そういう世界なのかもしれないから、俺の感覚の方がこの世界ではおかしいのかもな。宝箱ってのはダンジョンに自然に現れるものだとか、そういう認識でこの世界の人間は生きているんだろう。
──で、その宝箱を見なかったかと聞かれたわけだが、俺は見てないな。だって、ダンジョンの中を探索してないわけだしな。
してたのは俺じゃなく、システラの操るドローンや猟犬だったし、そいつらから入ってくる情報もシステラが管理していた。
「システラちゃん。宝箱を見なかった?」
俺は優しい声色で俺から離れて歩くシステラに訊ねる。
「見ましたよ」
「見たなら、どうして報告しないんだい?」
「さっさとダンジョンを攻略したかったので、余計な物に時間を取られたくなかったんです」
そうだね。その判断は間違ってないね。
宝箱があるとか知ったら、俺は宝箱探しに時間をかけちゃうからね。
俺の思考を読んだ見事な判断だと思いますよ。
でも、酷くない? 宝箱の発見とお宝の入手はダンジョン探索の醍醐味だぜ? それを奪うとか酷いよな?
「この女、ぶっ殺すぞ」
おっと、思わず汚い言葉が出てしまったぜ。
こいつはよろしくねぇな。上品な言葉使いをしようぜ?
下品な言葉遣いをすると品の無い奴が集まって来る。例えば、魔物とかそういう連中がさ。
「続きは後だ! まずは目の前の魔物を──」
冒険者達と一緒に歩いていた通路の先に魔物の一団が待ち構えている。
十体ほどの数の石兵士だ。
俺の周りの冒険者連中は警戒しているようだが、そんなにビビる相手でもねぇだろ?
倒したこともあるはずなのに、ビビるのは油断してやられたからか?
「道案内は道案内だけをしてればいいさ」
俺は冒険者たちを押しのけて前に出ると、それと同時にギアを上げるように走り出し、一気に距離を詰める。
油断しなければ、俺の道案内をしてる奴らが負ける感じは無さそうだけど、慎重になられて時間ばっかり食うのも面白くねぇから今回は俺が片付けよう。まぁ、今回に限らず、このダンジョンの敵は基本的に俺が引き受ける方だろうけどさ。
近づく俺を迎撃するために振るわれた石剣を潜り込むように躱し、俺は石兵士の膝を蹴り砕く。中身が泥人間なんだから、この程度はダメージにもならない。折れても形を戻せば済むだけだからだ。
俺は膝を蹴られて体勢を崩した敵の顔面に左の拳を叩き込んで、頭部を粉砕する。
直後に左右から剣が振るわれたので、左手で振るわれた剣の一本を掴み取り、もう一本の剣を身をよじって躱しながら、その剣の持ち主に対して腰を薙ぐような蹴りを放つ。
俺の蹴りが石兵士を腰で真っ二つに叩き割れた。俺は即座に宙を舞う上半身を蹴り飛ばす。石で覆われているんだから重量は充分。蹴り飛ばせば威力は間違いない。俺が蹴飛ばした石兵士の上半身が別の奴にあたって吹っ飛ぶ。
俺はそれを視界の端で確認しながら、一瞬前から掴んでいた剣の持ち主である石兵士の頭部に蹴りを入れて首をすっ飛ばす。
「まぁ、こんなもんかね」
──それから数分も経たずに俺は石兵士の群れを殲滅した。
これでもう心配ないぜと冒険者たちを見るが、俺の目に映るのは唖然とした表情で俺を見る冒険者たち。
「ちょっと刺激が強かったかな? それとも俺が強すぎて驚きかい?」
俺が訊ねると冒険者たちは、どう反応したら良いか困った様子だったものの、とりあえず頷いてみせた。
どういう意味の頷きであるかは分からねぇけど、まぁ良いとしようじゃないか。
「さっき、何処を目指しているかとか俺に聞いたよな?」
俺は話を戻して冒険者に訊ねる。
足元に魔物の残骸が散らばっているが、まぁ気にすんな。
「え? あぁ、魔物が多い場所か魔具が出やすい場所かって……」
そういうのは無しだなぁ。俺はそういうのを求めているわけじゃないからさ。
俺が目指す場所は何処かっていうと──
「俺が目指すのは、このダンジョンの最深部」
俺が目指す場所はこのダンジョンの最深部。それ以外、ありえないだろ?
魔石も魔具も欲しくねぇ。俺が欲しいのはこのダンジョンを攻略したって結果だけさ。
「だからまぁ、そこまで案内してくれよ。約束通りにさ」




