姐さん
「まぁまぁ、落ち着けって」
俺は、俺を取り囲んでいる十数人の冒険者たちに言う。
どいつもこいつも殺気立っていて素晴らしいね。得物を抜いて今にも襲い掛かってきそうだぜ。
「落ち着けだと!? テメェが何やったのか分かってんのかよ!」
「分かってるって、キミらの所の冒険者をぶちのめしたことで怒ってるんだろ?」
昨日今日の出来事なわけだし忘れたりはしないぜ。
「それが分かってんなら、俺らが落とし前をつけようとしてるってことも分かってるよなぁ?」
まぁ、当然だわな。
一般人に冒険者が舐められないように、俺のようにふざけた真似をした奴はぶっ殺さないといけないってキミらの事情はわかるぜ。それと、俺に殴られた連中が俺を殺さないと気が済まないってこともね。
「だけど、俺はそんなキミらにあえて言いたい。争いは何も生み出さないってね」
争いは虚しいだけだ。もっと平和的に行こうぜ
「テメェが言えたことかよ! 先に手を出したのはテメェだったじゃねぇか! 止める声も聞かず、その場にいた全員をぶちのめしたことも忘れてんのか!」
当然、憶えてるよ。でも、水に流すってことも必要じゃねぇかな?
「その過去を水に流すつもりはあるか?」
「あるわけねぇだろ、ボケェ!」
なんて心の狭い連中なんだ。俺が平和的に解決の手段を模索しようとしているってのによぉ。
俺が平和的に解決しようって言ったのに拒否したんだから、お前らにも問題あるよな?
そんでもって、相手が暴力的な手段に打って出ようとしている以上、俺が暴力的な反撃をするのは正当防衛だよな。
「平和的に解決するつもりは?」
先手必勝で一番近くにいた冒険者の膝を踏み砕き、続けざまに、そいつの隣にいた奴の顎を左の拳で撃ち抜き、意識を刈り取る。
「今、テメェが殴った瞬間に、そんな気持ちは消し飛んだよ!」
俺を取り囲む冒険者たちが騒ぎ立てる。
「正当防衛だから仕方ねぇよ!」
そうだよな、ジョニー?
俺は何時の間にか、酒場の隅っこにガキと一緒に逃げていたジョニーを見る。
「どう見ても、お前が先に殴っていたから、冒険者たちの方に正当防衛が成り立つぞ」
それもそうだね。
「でも、武器をもって脅されていたし、仕方なくねぇか?」
「俺の見た所だと、脅してるというより正当な復讐という感じなんだが」
それもそうだね。じゃあ、俺が悪いってことで良いや。
お前らが俺を攻撃することには正当性がある。俺はそれを認めようじゃないか。
「ぶっ殺せ!」
「お前らには無理だよ」
きっと正義はお前らにあるんだろう。でも、正義だから勝つとは限らないぜ。
正義とかの主義主張とは別問題の厳然たる実力差ってのがあるからさ。とはいえ、そのことを認めるわけにもいかないのが荒事に生きる者たちの性って奴で、冒険者たちは俺に対して今にも襲い掛からんばかりの殺気をぶつけてくる。
「いいね、楽しくなってきたぜ」
やっぱり争いごとが無いと楽しくねぇ。
さぁ、かかって来いと、俺が迎え撃つ態勢を取る。だが、その時だった──
「やめな!」
酒場の入り口から鋭い声が聞こえてくる。
その声が聞こえた瞬間、冒険者たちの殺気は掻き消え、一瞬で戦意が失われる。
俺は一声で殺気立った冒険者たちを大人しくさせた声の主の方を見ると、そこには一人の女が立っていた。
赤い女だった。真っ赤なマントに鮮やかな赤い髪。
一見すると赤い髪が目を引くが、そこから下に視線を移動し、顔を見ると髪ではなくそちらの方に意識を奪われる。
年齢は三十代半ばといったところだろう。キツイ性格が表に出たような目も鼻も口も鋭い顔のパーツに加えて顔を横切って残る大きな傷跡。それが強烈な印象を与える女だった。
傷が無ければ美人かって? そこら辺は判断が難しい。美醜の好みは人それぞれだからまぁ、好きな人もいるんじゃないって感じ。そんな風にハッキリと表現できないところから色々と察して欲しいね。
「あ、姐さん」
冒険者たちが縋るような顔で女を見る。
止めないでくれって言いたいようだが、それを口にする勇気は無いようだ。
姐さんと言っていたくらいだし、上下関係が出来上がっているんだろう。
「カタギの店に迷惑をかけんじゃないよ!」
女は堂々とした足取りで店の中を進むと、冒険者達に近づき、そいつらの頭をひっぱたいた。
冒険者達は泣きそうな顔で女を見ながら、情けない声で訴える。
「でも、そいつが──」
「言い訳すんじゃないよ! ぶっ殺したいなら、路地裏でも何処でも殺れんだろ!」
女は俺が膝を踏み砕いた冒険者と顎を撃ち抜いた冒険者をつま先でつっつき、意識の有無を確認しながら、冒険者たちの訴えを切り捨てる。まぁ、この場で殺るのはダメにしても、俺のことは殺しても構わないとは思っているようだけどね。
「こいつらは連れていきな」
意識が無い二人を冒険者たちに任せ、赤い女は俺に向き直る。
「あんたがアッシュだね。話は聞いてるよ。随分と好き勝手やってくれているそうじゃないか」
強いな。見ただけで分かる。
かなり良い腕だ。サイスも相当だったが、この女もそれに勝るとも劣らない強者の気配がする。
戦るか? それも悪くねぇなぁ、かなり楽しめそうだ。
「好き勝手やってる人間は気に食わないかい? それって雇われ者の僻みって奴?」
挑発をしようかどうしようかと思いながら、俺は女の目を見返しながら訊ねる。
気配にブレは無い。殺気も敵意も感じられないってことは、この女は戦る気はなさそうだ。
「舐めた口を聞いたところで、ここで揉め事を起こすつもりはないよ」
そいつは残念だ。
俺は肩を竦め、溜息をつく。
戦る気のない奴と無理やり戦るのも面白くねぇから、俺も挑発はやめておこう。
「それに万全じゃない奴を倒した所で自慢にもならないからねぇ。勝った所でケチをつけられたら、たまったもんじゃない」
女の視線が俺の右腕に向けられる。
どうやら、気づいているようだ。俺の右腕が使い物にならないことに。
リッチを倒した時に手加減の呪いを無視して武器を使った代償として、俺はしばらく右腕が使えなくなっている。気づかせないようにしていたつもりだったが、見破れる奴は見破るよな。
「俺がそんなセコい男か試してみるかい?」
右腕が使えないってことを言い訳にするようなセコい男と思われるのは心外だからな。そこんところハッキリさせても俺は構わねぇぜ。
「遠慮しとくよ。アタシはアンタを過小評価はしてないんでね。ま、正確には過小評価できなくなったって感じさね。直にアンタを見たら、とてもじゃないが甘く見るのは無理ってもんだ」
そいつは残念。
甘く見れない相手だからこそ、戦る気になるってタイプじゃないなら、それも仕方ないよな。
「そうかい、それならどうするんだい? このまま俺を見逃してくれるってことかな」
そんなわけねぇだろ?
舐められたままで済ませるってわけにはいかないはずだぜ。
喧嘩をするかい? それとも殺し合うかい? 身内をぶちのめされたまんまじゃ、いられねぇだろ?
俺はそう思っていたのだが、女の回答はというと──
「まぁ、そういうことさね」
あぁ、そうですか。舐められたままでも良いってことね。
まぁ、間違いじゃあねぇわな。俺も冒険者をぶちのめしたって言いふらすつもりはねぇし、言いふらしたところで俺のフェルムでの知名度はまだまだだし、誰も俺の言葉なんか信じねぇもんな。
「あんまり騒ぎが大きくなるようなら、アタシの方もアンタにそれ相応の対処をしなきゃならなくなるけど、今の段階ならアタシがアンタに何かすることは無いよ」
「お優しいこって」
「そうさ、アタシの優しさで命拾いをしたことを感謝して欲しいもんだね」
余計なお世話って言葉もあると思うけどねぇ。
そんな俺の気持ちを知る由もない女は俺に背を向け、話は済んだと、その場から立ち去ろうとするので、俺は女の背に声をかけ、呼び止める。
「アンタの名前を聞いてねぇ気がするけど?」
俺が名を訊ねようと声をかけると赤い女は振り返り、不敵に笑う。
「スカーレッド。アタシは皆にそう呼ばせてる」
偽名だろ? まぁ、本名を聞く気もねぇけどさ。
ところで、相談なんだがスカーレッドさん。
「俺を見逃してくれたことへの感謝の気持ちとして、アンタに一杯奢らせてもらえないかい?」
なんだったら、アンタの周りの冒険者連中にも酒を奢るぜ。
俺の提案にスカーレッドと、その取り巻きの冒険者たちは怪しむような視線を俺に向けてくる。
「お近づきの印って奴さ」
喧嘩と違うんだ。仲直りの酒を、まさか断ったりしねぇだろ?
「どうだい、付き合ってくれるかい?」




