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宵越しの銭

 懐があったかいって良いもんだよな。

 金を使わなくても生きていくのには問題ない身ではあっても、経済活動に参加できてるってだけでマトモな人間になれた気がしてくるぜ。そういう気持ちが心の穏やかさにも繋がっているんだろうな。そういう心情もあって今の俺は極めて平和的な気分。 


「ごきげんよう」


 俺は平和的な気分に従って、通りをすれ違う人々に挨拶をする。

 クローネ大聖堂から出たばかりの場所なんで、ここはまだ旧市街。聞いた話では、旧市街は金持ちとか貴族が住んでいるらしい。実際に歩いてみると、その話は本当のようで行き交う人々は皆、上等そうな服を着ていて、上流階級だっていうのが見ただけで分かる。


「ごきげんよう」


 すれ違う人々が不躾に俺をジロジロと見てくる。

 格好が貧乏くさいから? 旧市街に相応しくないから?

 そういうわけじゃねぇよ。例によって俺はやたらと目立つ男だからね、俺が視界に入ると世間の連中は俺に釘付けになってしまうんだよね。

 顔が良いってよりは雰囲気があって気配が強烈だからとか、そんな感じで目立つ。人間だった時からどこにいってもこうだから、もう気にはならねぇかな。


「ごきげんよう」


 子供連れの上品な感じの奥さんとすれ違ったので、俺は挨拶する。

 奥さんの方はジロジロと見ていた時に声をかけられたので、咎められたと勘違いしたようでバツが悪そうにその場から立ち去ろうとする。

 子供の方は俺のことがどうにも気になるようで、俺のことをジッと見ている。その視線に答える形で手を振ると、子供の方も手を振り返してくる。だが、その直後に奥さんに手を引かれて俺から遠ざかっていた。


 ノンビリと歩いていたせいか、いつの間にか日も傾いている。

 先ほどの親子連れも家に帰る途中だったのだろうか? 辺りの人の様子を見ると、家路を急ぐ人が多いように見える。

 家庭があり、帰れば家族がいるんだろう。夕焼けに照らされた家々の家々からは炊事の煙が立ち上っているのが見える。歓楽街から聞こえてくる楽しげな声とは種類の異なる楽し気な声が様々な家から聞こえてくる。

 日常の風景だ。俺の居場所はここではないって気分になる。

 今更、平穏な生活もねぇわな。俺はそういうものより尊いものがあると思って、いま俺の目に映る尊い光景に目を向けない生き方を選んだ。

 それなのに今は平凡な日常を見るとそれを尊いと感じる。それは結局、俺が二度と手に入れることは出来ないものであるからであって、結局のところ隣の芝生は青く見えるっての同じような感じなんだろう。俺は争いに満ちた日常が好きなのは今も変わらないけど、いつの間にか平穏な日常を見ると寂しさを感じるようになっていた。


「余計なことを考えすぎだよなぁ」


 やめだ、やめ。感傷的になるのはよくねぇよ。

 平穏な日常を良いと思って、そんな中に溶け込める人間じゃねぇんだってことは分かってるだろ? ついでに平穏な生活なんて三日も耐えられねぇよ。


「つまんねぇことを考えすぎだな。こういう時は遊びに行くのが一番だぜ」


 幸い、金はあるしな。

 どっかで遊びにいって楽しい気分にしていこうじゃないか。だけど、一人じゃ面白くねぇし、誰か連れてこうかね。


「──それで俺かよ」


 俺はフェルムの市門まで戻り、仕事上がりのジョニーを見つけて捕まえると、一緒にフェルムの街に繰り出した。ジョニーは俺に会うなり嫌そうだったが、俺の奢りで飲むってことになったら喜んでついてきてくれた。


「ところで、それって大丈夫な金なんだろうな?」

「心配すんなよ、俺が依頼を達成して稼いだ金だ」


 ジョニーは嘘だろって言って驚く。

 どうやら、俺がマトモに仕事を出来るとは思っていなかったようだ。


「マトモな仕事だったんだろうな?」

「当たり前だろ」


 俺の信用はゼロに近いみたいだ。

 まぁ、誰からも信用されてなくても俺は俺を信じてるから問題ない。

 この世界中の人々が持つ誰かを信じる気持ちの全てを結集したものより、俺が俺を信じる気持ちの方が強いって俺は確信してるくらいだしさ。


「だったら、その金で飲み食いしても問題ないか……」


 そうそう、問題ないんだから豪遊しようぜ?

 俺は宵越しの金を持たない性質タチなんでね。使い切っても構わねぇって気持ちだぜ。

 しかし、俺とジョニーだけだと使い切れるか不安だったり──


「お、良いところにガキが」


 ジョニーと連れ立って歩いていると、道の脇に座り込んでいるガキを見つけた。

 そいつは俺に冒険者ギルドの場所を教えてくれた浮浪者のガキだった。


「あ、おっさ──っ!?」


 向こうも俺のことは知っていたようだ。まぁ、俺は生まれてこの方、人に忘れられたことは無いし、一度でも会話すれば絶対に覚えてもらえるんで、知っていたことに関して不思議はない。

 俺に気付いて声をかけてきた浮浪者のガキを俺は左腕一本で荷物のように担ぎ上げて、運び始める。


「てめっ、何してやがるんだ!?」

「お礼だよ、お礼。ギルドの場所を教えてくれたお礼に好きなだけ飲み食いさせてやる」


 俺は浮浪者のガキを担いだまま、勢いに任せて適当な酒場に飛び込む。


「いらっしゃい……」


 酒場の女将は中年女性。

 客が入ってきたことで歓迎の言葉を発したものの、客である俺達の方を見るなり、顔をしかめて露骨に嫌悪の表情を浮かべる。


「お邪魔するよ」


 だけど、嫌がられようと俺は構わない。

 別に人に好かれようと思って生きているわけじゃないし、そもそも嫌がられている原因は俺じゃなくて、浮浪者のガキのせいだしな。

 薄汚いガキを店の中に入れたくないって気持ちはわかるぜ。


「おい」


 ジョニーが俺の肩を掴み、ガキが逃げようとする。

 俺はジョニーの手を振り払い、逆に肩を組み、逃げようとするガキは担ぎ上げて、店の奥へと進む。

 俺以外は嫌がっているようだし、この場から離れたそうにしている。そもそもガキに至っては了承を得ずにここまで連れてきてるんだよなぁ。


「ちょっと、勝手に入らないでおくれ!」


 うるせぇなぁ。いいだろ、ちょっとくらいさ。

 俺がせっかく豪遊しようとしてるのに水を差さないでくれよ。

 俺はジョニーとガキを力づくで酒場のテーブルにつかせる。


「好きな物を頼んでいいぞ」


 金はいくらでもあるんだ。

 だから、嫌な顔なんかせず、気にしないで好きな物を頼め。


「とりあえず酒」


 俺は女将を呼びつけるが、女将は俺の行動を見て呆気に取られていて反応できないようだ。

 まぁ、それも一瞬ですぐに顔を怒りで真っ赤に染めて、聞く耳持たずって感じになってしまった。まぁ、どっちにしろ、俺の注文オーダーを聞いてくれる気配はないようだが。


「あんたらみたいな奴に出す酒はないよ!」


 おいおい客を選ぶ店かよ。

 そんな大層な店か、ここ? 


「なんだよ、薄汚いガキが一人いるくらいで客扱いしねぇとか、ひでぇ店だな。このガキだって好きで浮浪者やってるわけじゃないんだぜ? それなのに差別するとか可哀想じゃねぇか」


 そうだよな、ガキ? ところで、名前を聞いた記憶がないし、名前も知らねぇんだけど、キミは何処のどなたなんだい?


「勝手に連れてきておいて、厄介なことに巻き込んでることの方が可哀想だとか思わねぇの?」


 ガキが正論を言ってきやがった。

 そうだね、俺の方が面倒ごとに巻き込んでるから、キミにとっては可哀想なことをしてるよな。

 反省はしないが、理解はしたぜ。


「とにかく、ウチはどこの馬の骨とも知れないような輩と浮浪者の薄汚いガキは客扱いしないようにしてるんだよ! 分かったら、さっさと出ていきな!」


 怖いなぁ、女将さん。

 でもよぉ、どこの馬の骨とも知れないとか侮辱を受けたら、こっちも男だし引き下がれねぇんだよなぁ。


「おいおい、俺を誰だと思ってやがるんだ?」


 邪神アスラカーズ様だぞ。まぁ、そんなことは言わないがね。


「はん、アンタのことなんか知らないね! おおかた、どこぞのチンピラかなんかだろうさ」


 そんなことを言いながら、俺に釘付けじゃない女将さん。

 俺から目を離せないって? 俺が魅力的だから仕方ねぇけどさ。


「マジで言ってんの、アンタ? 俺を知らない? 嘘だろ?」


 とりあえずハッタリで攻めていく感じ。

 俺の事なんか知らなくて当然だけども、知らないなら、それはそれで有名人のふりをしたってバレないってことだからね。有名人のふりをしてハッタリをかまして、女将さんにここで飲むことを認めさせてやろうじゃない?


「知らないって言うなら何だって言うんだい」


 俺は馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、女将さんに言う。


「別にぃ、知らないなら遅れてるってだけだから気にしなくてもいいんじゃないですかぁ。ただ、遅れてるねぇ、おばさんってだけだしぃ。世の中の流れについていけてないってだけですからぁ。それを恥ずかしいと思わない人なら別に良いんじゃないですかねぇ」


 酒場の女将の癖に流行遅れとか恥ずかしくないの?

 お客さんから色々な話を聞けてれば自然と流行についていけるだろうに、それが出来ないってことは、もしかして店の方も流行ってないとか?


「流行遅れの店員の店なら、流行らないのも仕方ないよね」


 俺の言葉を聞いた女将さんの顔が真っ赤に染まる。


「なんで酒を買いに来たのに喧嘩を売ってんだよ」


 ジョニー君がもっともな疑問を口にする。

 だが、俺には答えられない。だって、俺もなんで、こんなことになってるか分からないからね。


「はん、アンタみたいなチンピラの事なんざ誰も知らないよ! いくらハッタリを言ったところで、アタシは騙されないよ!」


 む、なかなか手強い奴だな。となれば、最終手段だな。


「そこまで言うなら確かめてみようじゃないか、俺が有名人かどうかをさ。次の客が俺を知っていたら有名人ってことで正しい。俺のことを知らなかったら、アンタが正しい」


 ルールは簡単だろ?


「ちょっとした勝負さ。俺が勝ったらアンタは俺らに酒を出す。アンタが勝ったら、俺らは素直に店から出ていく。そういうのはどうだい?」


 俺の提案に対し、女将さんは考える間も見せずに了承する。


「いいじゃないか、その勝負、乗った!」


 ここでよくよく考えてほしいのだが、俺が有名かどうかと、酒を飲んでいいかどうかは本来、別問題なんだよね。元々は薄汚い浮浪者のガキを店に入れたくないって話だったのが、俺が有名人かそうでないかが争点になっている。

 こうやって問題をうやむやにして問題をすり替えるってのは生きていく上で重要な技術だぜ。


「なぁ、帰っていいか?」

「俺、関係なくない?」


 うるせぇなぁ、お前らは俺の勝利の瞬間の証人なんだから黙って座ってろ。


 ━━そうこうしている内に酒場の入り口に人の気配を感じ、俺は入り口に視線を向ける。

 さぁ、客が来たぞ。女将は余裕の様子で勝ち誇った表情で俺を見ている。勝利の確信があるからか?

 だが、残念。勝利の確信は俺にもある。なぜなら、この場所は━━


「邪魔するぜ」


 声が聞こえて、むさ苦しい男達が何人も店の中に入ってくる。後は、その男達が俺の存在に気づけば良いだけだ━━


「なんだ、先に客がいるとか珍しい━━」


 男達は俺の存在に気付くと同時に絶句し、一瞬の間が空いた後に叫ぶ。


「テメェは、アッシュ・カラーズ!」


 ほらな、俺は有名人だろ? みんなが俺のことを知ってやがるぜ。

 さぁ、俺の勝ちだ。


「よくも顔を出せたな、テメェ! ぶっ殺してやる!」

「おい、他の連中も呼んで来い! ここにアッシュがいるぞ!」


 客の男達は俺の姿を見るなり、殺気立った様子で騒ぎ始める。

 それもそのはず、客の男たちは俺が揉めた冒険者ギルドの連中だからだ。でもって、ここは俺が揉めた冒険者ギルドから一番近い酒場。立地から考えて俺がぶちのめした冒険者連中がやって来る可能性は高い。

 つまり、俺が女将に勝つのは最初から決まっていたってわけだ。


「女将、俺の勝ちだぜ。約束通り酒を出しな」


 約束したんだ。文句はねぇだろ?


「アッシュがいるぞ、殺せ!」


 ついでに、いっぱい客も連れてきたんだから、喜んでくれよな?




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