報酬
俺は意識を失ったリィナちゃんを肩に担いで、階段を上っている。
今回の騒動の元凶は始末したし、僧侶が倒れるってことは今後は無いだろう。
そういえば、元凶について全く考えずに倒してしまったな。まぁ、たいした背景があるような存在でもないだから気にしなくても良いかな。
おそらくだけども、地下の拷問部屋で殺された人々の怨念が長い時間をかけて融合し、魔物に変質したってそんな感じだろう。
「ん……」
おや、リィナちゃんが起きたようだ。思ったより早いお目覚めだね。
リィナちゃんは俺の肩に担がれた状態で意識を取り戻したものの、すぐには状況を理解できない様子で、その体勢のまま俺に荷物のようにして運ばれる。
「は? え、なにこれ?」
さぁ、どうなってんだろうね。
おんぶをしようかとも思ったんだけど、ちょっと事情があって肩に荷物みたいに乗っけてるんだが問題でもあるかい?
「どういうこと、この状況?」
「気絶したから運んでるだけだよ」
何も問題ないだろ?
「運び方!」
荷物みたいに扱われるのが嫌だって?
そんなこと言ったってなぁ。俺は今は右腕が使えないんだよ。だからまぁ、左肩に担いで運ぶしかないわけで──
「良いから早くおろせ!」
元気そうだね。じゃあ、俺が運ぶ必要はないな。
そういうわけで俺はリィナちゃんをおろしてあげる。
「ほんと、最悪」
吐き捨てるように言いながらリィナちゃんは周囲を見回して状況を把握しようとする。
自分のいる場所が階段の上だってことに気付くと、リィナちゃんは尻が汚れることも気にせずに階段に座り込み、顎に手を当てて考え込むようなしぐさを見せる。
「女の子っぽくないなぁ」
「うっさい」
女の子らしく可愛げのある感じで考えた方が良いぜ?
今の感じだとハードボイルドな探偵っぽいし、どこの男に影響されたんですかって邪推したくなるからさ。
「……はぁ」
俺には理解できないがリィナちゃんの中では何か結論が出たようで、リィナちゃんは大きく肩を落とし、溜息を吐く。しかし、この娘はアレだね、自分が無事でいることに疑問を抱かないんだね。
「なに?」
不思議に思って眺めている俺の視線に気づいたリィナちゃんが俺のことを睨んでくる。
「何があったか聞かないのは不思議だなぁって思ってみてただけさ」
訊ねられたんで俺は答える。そんな俺の答えをリィナちゃんは鼻で笑う。
「別に気にすることじゃないでしょ。アンタが強いのは知ってるし、私が無事でいるってことはアンタがアレを倒した以外には無いだろうって確信があったから、わざわざ聞くまでも無いって思っただけ」
「それに気づいてるならお礼を言ってもらいたいなぁ」
「助けてもらったお礼? アンタと一緒に行動しなければ、そもそも危険にもならなかったと思うんだけど?」
それは、ごもっとも。でも、俺についてきたのはリィナちゃんだよね。
途中で分かれても良かったのに、ズルズルとついてきて、俺の戦いに巻き込まれたんだから、リィナちゃんも悪いんじゃねぇの?
でもまぁ、そんなことを口論しても意味が無いんで、俺は何も言わないけどさ。そもそも、お礼を言ってもらう必要性も感じないから、正直どうでもよかったり。
「……これからアンタはどうするの?」
急にどうしたんだい?
もしかして俺の一挙手一投足が気になるくらい、俺に興味が湧いちゃったとか?
参るね、モテる男って奴は辛いぜ。あんまり魅力的なのも問題だなぁ……ってのは冗談で、聞きたいことはアレだろ?
「呪いをどうこうするって依頼は達成したし、報酬を貰って帰るよ」
「メレンディスに何か聞いたりしないの? この場所の事とか」
「聞いても知らねぇって言うだけだと思うぜ? まぁ、僧侶が倒れた原因については、この場所のことを含めて話すけどさ」
俺がそう言うとリィナちゃんは俺のことを睨みつけながら言う。
「私のことは黙っててよ?」
「潜入中なんだろ? 分かってるって」
リィナちゃんは誰かの命令で動いているってのは察しがついてるから、その邪魔をするようなことはしないよ。リィナちゃんの活躍を包み隠さず伝えたらマズいのは明らかだし黙ってるよ。メレンディスはリィナちゃんを普通の修道女と思っているようだし、目立つようなことになって潜入調査がしづらくなるのは嫌なんだろ?
「俺はリィナちゃんの嫌がることはしないからさ」
一瞬、リィナちゃんが名状しがたい凄い形相に変わる。
言いたいことは分かるぜ? 「何を言っているんだ、コイツは?」ってそんな感じだろ。
「頼むわよ」
リィナちゃんは言いたいことがあるようだが、グッとこらえて言葉を飲み込んだ。
それを見るだけで俺がどれだけ信用されてないか良く分かるぜ。信用できないってことだけは信用できるって確固たる信頼が伝わってきて、その信頼感に涙が出てくるね。
それから、俺とリィナちゃんは別行動となった。
リィナちゃんは一応はただの修道女ってことになってるから、俺と一緒に行動して変に勘繰られるのも嫌だとか。何より避けたいのは、俺と一緒に地下から出るところを見られることで、それを避けるために俺だけが先に地下から出てメレンディスに会いに行くこととなった。
「おぉ、調査の進捗はいかがですか?」
メレンディスはクローネ大聖堂の奥にある執務室にいて、俺を待っているようだった。部屋の扉を開けて入るなり、諸手を挙げて歓迎されつつ、呪いはどうなったのか聞いてきた。
「解決したよ。これでもう僧侶が倒れることは無い」
アンタに関してはどうだかは分からないけどね。と俺はメレンディスを見て思う。
俺の視線の意図に気付いているのか、どうかは分からないがメレンディスは笑顔を浮かべ喜びを露わにする。
「ほう、それは素晴らしい! もう少し時間がかかるかと思っていましたが、随分と早い解決ですな。いったい、何が原因だったのですかな」
原因ねぇ。原因があるものだってアンタは知っていたのかい?
さて、このこと追及するべきかどうするべきか。まぁ、それはともかく、依頼主には何があったか、説明はしておこうか。
「──ほう、そのような存在が聖堂の地下にいたとは」
俺から地下の拷問部屋とそこにいたリッチ。そして、そのリッチを倒したという報告を聞いたメレンディスは心底、驚いたように言う。言葉や態度に嘘は感じられないので、本当に知らなかったようにも見えるが──
「恥ずかしながら、全く気づきもしませんでした」
「アレがどういう経緯で生まれたとか分かったりするか?」
俺は拷問で死んだ奴らの例が恨みとかで変質したものだと思うんだが、実際の所はなんなんだろうか?
ついでに、地下のあの場所についてもメレンディスは何か知っていたりしないだろうか?
「申し訳ございません。皆目、見当もつかず……。私自身も地下にそのような場所があるなど初耳でして、そのような話を聞いても驚きしかないのです」
知らなかったってのは少し怪しいよなぁ。
だって、メレンディスは何代も続く聖職者の家系なんだろ? クローネ大聖堂の秘密だって知っていても、おかしくないんじゃないか?
知らないにしても、噂くらいは聞いたことがあってもおかしくはないと思うんだけどね。
「地下のことについては、我々の方でも調査をしておきますので、何か分かったらお知らせいたします」
メレンディスは深刻そうな表情だが目を閉じているため、本心は読めない。目は口ほどに物を言うって言われるくらいなんで、目を見れば相手の考えてることも分かったりするが、それが出来ないんだよなぁ。
「色々と気になる点はあるかと思いますが、まずは報酬をお支払いしましょう。手際よく解決してくださったことへの感謝の含めて、報酬には多少色を付けておきますので」
メレンディスの言葉からは偽りなく感謝の気持ちが伝わってくるし、問題が解決したことの喜びも感じられる。俺への報酬を出し渋っている気配も無い。
何か裏がありそうだって感じるのは俺が猜疑心に凝り固まっているせいなんだろうかね。メレンディスの人柄は悪くなさそうにも感じるが──
「しかし、申し訳ないのですが、まだ呪いが無くなったとの確証は得られておりませんので、報酬の支払いは後日となってしまいます」
「まぁ、それは仕方ないよな」
俺が呪いは消えたって口から出まかせを言っているだけかもしれないし、本当に消えたかどうか様子を見るのは当然だわな。まぁ、そもそも呪いではないんだが、そのことを詳しく説明するのも面倒だし、良いよな。
「瘴気が消えさえすれば、問題は無くなるでしょうから、数日もすれば、お支払いも可能でしょう」
ん? 俺って瘴気の話はしたか?
俺は地下に拷問部屋があって、そこにいたリッチを倒したってことしか言っていないぜ。それが原因だなんてことは説明してなかったんだよなぁ。まぁ、話の流れとか雰囲気からリッチが原因だって察することは出来るかもしれないけど、俺は瘴気の話はしてないような気が──
「とりあえず、今日は手間賃ということで、こちらをお納めください。後日、正式な報酬は支払いますが、今日の働きに対して何も出さないというのも心苦しいですので」
俺が疑問を抱いた瞬間、メレンディスは執務机の上に金の入った袋を置く。
なんとなく、その意味は分かるぜ。手間賃と言いつつも、本音ではアレだろ?
「教会の地下にアンデッドがいたとなると些か外聞が悪いので……」
黙っていろって話だろ?
大丈夫、大丈夫。そんくらい分かるよ。それと、俺に色々と気にするなってことも言いたいんだよな? なんとなく分かるぜ。
「教会を信じる人達を不安にさせるわけにはいかないもんな。分かってるよ、安心して日々を暮らしていくためには知らなくても良いことってあるもんな」
俺は机の上に置かれた袋を取る。俺の働きに対する報酬だから、当然受けとるぜ。
「俺は今日は何をしたんだっけ?」
袋を取った瞬間、物忘れが激しくなってしまったぜ。
参ったなぁ、俺が何を依頼されたのかも忘れてしまったぜ。
「ちょっとした雑用をお頼みいたしました」
そうだったね。その手間賃を受け取ったってわけだ。
了解、了解、問題なしってね。物忘れが激しくて、どんな仕事をしたかは忘れたけど、無事に仕事を終えて報酬は貰えたんだから、問題ないよな。
「毎度あり、何か仕事が今後もウチのギルドによろしくね」
「ええ、今後もよろしくお願いします」
報酬を受け取り、俺は執務室を出る。
とりあえず、これで俺の冒険者としての仕事は終了。
依頼人のご要望にはお答えしてやらねぇとな。依頼人が黙っていて欲しいと要求するなら、全てを忘れて口を閉じるのが、真っ当な冒険者って奴なんだろう。
でもまぁ、俺は冒険者じゃなくても良いんでね。メレンディスがそのことを見抜けているかは知らねぇが、こんな厄介事の種になりそうなことを俺が放っておくわけねぇだろ?
さぁ、どんどん揉めてこうぜ?
厄介事に関わる機会こそ、俺にとって最高の報酬だぜ。




