役立たず
俺の隣に立つリィナちゃんは険しい顔で戦闘態勢を整える。
修道服の長いスカートを破り、足を動かしやすいようにスリットを作る。
そうしてからおもむろに腰に手をやると次の瞬間、リィナちゃんの手の中に長剣が現れる。
「どうやって出した?」
ちょっと気になったので聞いてみた。
目の前ではリッチがこっちを向いて唸り声あげているが、そっちよりもリィナちゃんが手品みたいに剣を出した方が気になるね。
「収納水晶を使ったに決まってるじゃない。そんなことより前を見てよ!」
ボックスねぇ。この世界にも物を自由に収納できる何かがあるってことなのかな? 空間操作だったり次元操作で物を入れておける空間を作り出して、そこに収納して自由に取り出せるって奴だと思うが、まぁ良くわかんねぇな。そもそも原理に関して俺が想像しても仕方ないか。
原理はともかく、一般的に使われているなら、俺も収納空間を使えるようにしても問題ないか? ゼティは音楽プレイヤーと収納空間で音楽プレイヤーを取ったけどもあった方が便利は便利だよなぁ。
「だから、集中してって!」
ちょっとボーっとしてたくらいで怒るなよ。
ボーっとしてても戦る気はあるし、それに俺がボーっとしてたのはリィナちゃんを待っているせいもあってだね。まぁ、そんなことを言っても言い訳っぽく聞こえるから黙ってようね。
ところでリィナちゃんは準備は……良いようだね。
リィナちゃんの手に握られた剣は金細工で装飾され、見ただけでハッキリわかるくらい聖なる気配を帯びている。装飾や聖なる力だけでなく剣自体の質も良く、澄み切った白刃は良質な素材を丁寧に鍛え上げた業物であることを主張している。
どう見ても、そこら辺の密偵が持てる剣じゃないよなぁ。リィナちゃんの剣は俺の見立てじゃ聖剣に分類されるような代物だ。そんな物を持ってる時点で、リィナちゃんにも色々と事情があることを察することができる。
「…………」
おっと、リィナちゃんが俺を睨んでいるよ。
集中しろって言いたいんだろ? オーケー、オーケー、真面目に戦ろうか。
俺は剣を構えるリィナちゃんの隣に立ち、拳を構えてリッチと向き合う。
「来な」
俺は構えた拳を相手に向け、手招きする。
さぁ、戦闘開始だ。
俺の行為を挑発と理解したのか、リッチが魔力を練り始め、それを見て俺は動き出す。
来なとは言ったけど、俺から行かないとは言ってないからね。俺が先手を取っても問題ない。
俺は一気に距離を詰め、魔力を練っている最中のリッチに飛び蹴りを叩き込む。
上半身だけが宙に浮かんだ骸骨のような姿をしているリッチの体は見た目通りに軽く、俺の蹴りを受けると体勢を崩し、練っていた魔力が狙いを外して部屋の天井に向けて放たれる。
「ん……?」
俺の蹴りは当たって体勢を崩すことにも成功したのだが、どういうわけか不思議と手応えはなかった。
手応えのなさは俺の勘違いのようではないようで俺の蹴りをくらったリッチはノーダメージですぐさま体勢を立て直し、近づいた俺を薙ぎ払おうと歪に巨大な右腕を振り抜いてきた。
俺は左側面から襲い掛かってくるそれに左腕を構える。
リッチの大きさは俺の二倍くらい、腕の大きさは俺の上半身を軽くに握り潰せるくらいだが、見た目ほどの腕力は無いようで俺は左腕一本でリッチの巨大な腕を受け止める。直後にリッチがもう片方の腕を振り、俺の右側面から攻撃を仕掛ける。
デカい手で俺を挟みこもうとしているんだろう。俺は右腕を構えて、俺の右側面から迫るリッチの左手を防ぐ。リッチは両手で俺を挟み込み、握りつぶそうと力を込めているようだが、その目論見は失敗だった。
「腕力が足りねぇな」
所詮は悪霊だ。霊体に純粋なパワーを期待するのは間違いだよな。
そう思っていると、リッチの背中から生えている別の二本の腕が動き、腕を受け止めた俺に向けて至近距離で掌を向ける。
「そうだよな、腕が四本あるんだったら、そういうこともできるよな」
二本の腕で俺を抑え込んで、もう二本の腕で動けない俺に攻撃を仕掛けるとか有りだね。
だけど、骸骨のスカスカの脳味噌で思いつく戦術くらい俺が考え付かないとでも思ってんのか?
俺に向けられたリッチの二本の腕に魔力が集い、魔術を放とうとしてくる。俺は挟み込んで握り潰そうとしてくる方の腕を受け止めた体勢のままだから身動きが取れない。このままでは魔術の直撃を受ける──
「──わけねぇだろ!」
俺は腕の位置をずらし、受け止めた状態からリッチの腕を掴み取ると真上に投げ飛ばした。
背中から生えている方の腕に集まった魔力が放たれるが、投げ飛ばされたことで魔術はあらぬ方向に飛んでいき、その上リッチは俺に投げ飛ばされた勢いで天井に叩きつけられる。
「上半身だけでフワフワ浮いてる骸骨野郎は軽くていいなぁ!」
余裕で投げ飛ばせるぜ。
俺に投げ飛ばされ天井に背中から叩きつけられたリッチが、そのまま天井付近に浮かんで俺の姿を探そうとするが──
「すっとろい!」
俺は既に動き出しており、天井から見降ろしたところで俺の姿を発見することはできない。
その時には俺は壁を蹴って天井付近にまで飛び上がっていたからだ。
「ボーっとしてんじゃねぇよ」
俺は跳躍の勢いのまま、俺を探して下方向を見回していたリッチの顔面に横合いから掌底を叩き込む。
それを受けたリッチは何の抵抗も無く吹っ飛び、部屋の端に積み上げられていた人骨の山に突っ込んでいった。
普段の感触ならばクリーンヒットと言って良い一撃の筈だ。だが、やはり手応えは無い。
「リッチに普通の攻撃が効くわけないでしょ!」
リィナちゃんが叫んでいる声が聞こえ、次に人骨の山が崩れてリッチが無傷で姿を現す。
「聖なる力とそういうのが必要って感じ?」
良くあるよなぁ。高位のアンデッドには普通の打撃は効かなくて、聖なる力とかが込められた攻撃じゃないと効かないとかさ。そうかぁ、そういうパターンか。
「《ライト・アロー》!」
リィナちゃんが剣を持たない方の手をリッチに向けて魔術を放つ。
掌から光の矢が放たれ、リッチに向かって飛翔しその体を貫く。
「オォォォ!」
俺の攻撃では怯みもしなかったリッチが苦悶の唸り声をあげている。
なるほど光属性っぽい攻撃が効くってことね。この世界に属性って概念があるかは知らないけど、なんとなく効く攻撃は分かったぜ。
俺が知っている他の世界だと打撃でも問題ない奴が多かったけど、この世界はキッチリ弱点を取っていかないとダメってことね。
「私が牽制するから、アンタも攻撃して」
オーケー任せとけ。でも、一つ言っておかないといけないことがあるんだ。
攻撃は任せてほしい、そっちは大丈夫だ。でもな──
「俺の攻撃は通じないと思うぜ?」
俺はリィナちゃんの隣に立つと肩を竦めて言う。
リィナちゃんが「は?」と間の抜けた声を出して、口を開けた間抜けな表情になる。
女の子がそんな顔をしちゃいけないって言うのはジェンダー的に良くないか?
「俺はリィナちゃんみたいに聖なる力を込めた攻撃できないからね」
残念だったね。
頑張れば出来なくもないけど、そういう特殊攻撃をするには敵が弱すぎるんだよね。
手加減の呪いのせいで、俺の戦闘能力は相手の強さに左右されるし使える能力も敵の強さで制限されるんだ。で、魔術的な攻撃方法を使っても良いって俺の呪いが判断する場合は、この世界で戦った敵で言うならシウスより明らかに強い相手って場合かな。
業術は魔術とは違うんでもうちょっと使用条件が緩いんだけどね。
「いや、でも城を消し飛ばした攻撃があるでしょ! 聖なる加護が無くても、あの威力なら──」
「いやぁ、それも無理かなぁ。ちょっと使用制限がかかってまして」
使用条件が緩いんだけどね、でも今は使用できないんだよなぁ。
理由? 単純に2対100だから。2対100で俺の方が圧倒的に有利な状況なのに、業術を使うとか俺の呪いは許してくれないぜ。
リィナちゃんがいなければ、リッチの強さを見るに業術は使えた可能性は高いけど、リィナちゃんがいると2対100で俺達の方が数的に有利だし、相方のリィナちゃんも役立たずってわけじゃないからね。
リィナちゃんが全く戦力にならなければ、俺の呪いは業術の使用を許してくれたかもしれないんだけど、さっきの魔術を見るに戦力になるのは明らかだからなぁ。
「まぁ、有効打が与えられるかは分からねぇけど、攻撃に関しては任せてくれて良いぜ?」
さっきの攻防の感じだと、接近戦は俺の方が圧倒的に有利だからね。
「役立たず!」
いや、攻撃はするんだから役立たずじゃないでしょ。効かない攻撃だけどね。
「オォォォオオ!」
俺達の痴話喧嘩を聞いていて面白くない気分になったのか、リッチが唸り声をあげながら、こっちに向かってくる。
「戦う前のあの余裕はなんだったわけ!?」
リィナちゃんが俺に向かって怒鳴りながら、光の矢をリッチに向けて放ち続ける。
何に対して怒っているのか?
いやまぁ、理解はできるよ。戦う前は余裕ぶっこいていたくせに、蓋を開けてみれば有効な攻撃方法を持ってないとかビビるよな。
あれだけ戦意が高いんだから、何か必殺の攻撃を持っているんじゃないかって勘違いするのも当然だよね。
勘違いする方が悪いのか、勘違いさせた方が悪いのか、そこら辺は議論が分かれるところだが、今回は俺が悪いってことにしておこう。
「いやぁ、すまんすまん」
まさか攻撃が効かないとは思ってなかったんだよ。
でもまぁ、リィナちゃんがいなくて一対一だったら業術も使えるし、効く攻撃もあるとは思うんだけどね。
「本当にクソ!」
クソでゴメンね。
リィナちゃんが今ここで死んでくれれば一対一になるから活躍できるとは思うんだけど、それはリィナちゃんも嫌だろ?
「《ライト・バースト》!」
光の矢を食らいながらも俺達の方に突っ込んでくるリッチに向けて、リィナちゃんは苛立ちを隠さずに新たな魔術を発動。リィナちゃんの手に光球が形成され、それをリッチに向けて放つ。
放たれた光球は着弾すると同時に強烈な爆発を生み出し、リッチにダメージを与える。光の矢よりも明らかに威力の高い攻撃を受けたリッチが足を止める。足が無いのに足を止めるって表現は変な気もするが、まぁ慣用表現だから仕方ないね。
「邪悪なる者を滅するため、白神の加護を此処に──」
足を止めたリッチに向けてリィナちゃんは魔術の詠唱を始める。
それまでとは魔力の集中の度合いが全く違っており、それを見て俺は必殺の一撃だと理解する。
「裁きの槍は輝き、魔は貫かれる──《ホーリー・ランス》!」
詠唱の完了と同時に白く輝く魔力の槍が形成され、放たれる。
狙いは当然、リッチに向けて。ここでとうとう俺への我慢が限界を迎えたってことで、俺を狙ってきたら、それはそれで面白いんだが、流石にそんなことをやっている余裕は無いようでリィナちゃんの必殺の魔術は真っ直ぐリッチに向かって飛翔する。
「オオオ!」
先程のリィナちゃん攻撃で足が止まったリッチに回避できる余裕は直撃は間違いない。
だが、そう思った瞬間、部屋に散乱していた人骨が一斉に動き出すと、リッチの前に壁を作り、リィナちゃんの放った魔力の槍の行く手を遮る。
「こりゃ良くねぇな」
俺は失敗を確信し、リィナちゃん体を抱え上げて、その場から飛び退く。
魔力の槍は骨の壁にぶつかると爆発し、壁を吹き飛ばすがそれだけだ。壁に防がれ、リィナちゃんの渾身の魔術は届かなかった。
「オオォオッ!」
リッチの腕に魔力が集い、魔術が放たれる。
それはリィナちゃんが使っていた魔術に似ているが放つのは光ではなく闇だ。
名前を付けるとしたら《ダーク・アロー》って感じだろうか? 闇の矢が俺達に向かって放たれる。
それはリィナちゃんが色だけでなく数もリィナちゃんが放ったものとは異なっており、一度に数十の闇の矢が飛来してくる。
「放せ、馬鹿!」
おっと、そういえばリィナちゃんを抱えたままだったね。
でも、ここでリィナちゃんを話したらリィナちゃんが危ない気がするんで、俺はリィナちゃんを小脇に抱えたまま、飛んでくる魔力の矢を片手で全て叩き落とす。
「狙いが甘いなぁ」
矢を数十本撃っても俺に当たる軌道を取っていたのは十数本だったし、それも全て一斉に別の所を狙ったわけじゃなく、多くて数本ずつがまとまって飛んでくるだけだから、叩き落とすくらい余裕だぜ。
「それが! 出来るのに! なんで! 攻撃が! 出来ない!」
俺に抱えられた無様な体勢にもかかわらず、リィナちゃんがマジギレしてる感じで喚く。
攻撃と防御は別なんですぅ。俺の呪いはそういうの厳しいからね、自衛は許してくれても相手を倒すとなると厳しいんだよね。まぁ、その呪いは俺が設定して自分にかけてるんだから俺が原因ではあるんだけどね。
「オオォォォォォ!」
魔術攻撃が防がれたことで方針を変えたのか、リッチが巨大な腕を俺達の方に伸ばしてくる。
「骨なのに伸びるんだなぁ」
「魔力が骨の形を作っているだけだから、伸びるに決まってるでしょ!」
まぁ、それもそうか。
それに気づいたリィナちゃんは賢いね。
「いいから、放せ馬鹿!」
攻撃が来てるけど放して良いんだろうかね? まぁ、ご要望には応えるけどさ。
俺はリィナちゃんの要望通り、小脇に抱えていたリィナちゃん解放した。すると、リィナちゃんは弾かれたように動き出し、手に持っていた剣を閃かせ、俺達に向かって迫っていた骨の腕を斬り落とした。
「オオオォォォォォォォッ!?」
絶叫をあげて、リッチがのたうち回る。もっとも下半身が無いので宙に浮かんだまま、もんどりを打っているって感じだけどね。
「お見事」
俺はリィナちゃんの華麗な剣捌きを拍手と共に讃える。
やっぱり普通の人間じゃなさそうだよね、リィナちゃん。リッチみたいな高位のアンデッドの腕を簡単に斬り飛ばせる聖剣を普通の人間が持っているわけないしね。
「もう、ホントにキツイ……」
剣を杖代わりに膝をつくリィナちゃん。
大丈夫、まだまだキミは戦れるぜ。リッチの方もまだまだ戦る気みたいだしさ。
「オオオオオオオオ!」
雄叫びのような声が聞こえリッチの方を見ると、リィナちゃんに斬り落とされた方の腕に部屋の中に散らばる人骨が集まり、新たなが腕が形作られていた。そして、それに加えてリッチの周囲にも変化が生じる。
散らばっていたはずの人骨が少しずつ集まっていき、人間の骨格を形成し始める。
「スケルトンまで……」
リィナちゃんが呆然とした顔で呟く。
スケルトンっていうとアレだよな。動く骸骨だっけ?
散らばっていた人骨からスケルトンを作っているって、そんな感じか。
「おっと」
不意に気配を感じたの、俺は背中側に回し蹴りを放つ。すると、乾いた音と共に骨が砕けて吹っ飛んでいた。どうやらリッチの周りだけじゃなく部屋全体でスケルトンが生み出されているようで、俺が蹴ったのもそんなスケルトンの一体だろう。
「もうダメ、これ死んだ……」
周囲を見渡すと何時の間にか百を優に超す数のスケルトンが俺達を取り囲んでいた。
リィナちゃんはその数に絶望しているようだが、ちょっと考えてほしい。
さっきまでは2対100で俺達の側が有利だった。だが、今の状況はどうだ? 2対100で、数の上では俺達が絶対的に不利。普通に考えれば絶望すべき状況なのかもしれないが──
「顕現せよ、我が業。遥かな天に至るため」
俺にとっては最高の状況だってことを忘れてないかい?




