呪いの真相
協力するにしても、とりあえずは呪いを受けたっていう連中の様子を見ないことには始まらないよな。
「呪いを受けたって連中は?」
リィナちゃんが世話をしてるんだろ? 案内してよ……っていうか、そこら辺に寝てる連中か。
部屋を見回すとベッドの上に僧服を脱がされて寝かされた男たちが死んだように眠っている。
「生きてんの?」
「辛うじてね」
ふーん。
俺はちょっと様子を見てみようと思い、ベッドに横たわる僧侶に近づく。
肌の色は血が通っていないかのように青白いがそれだけで、何か特別な症状は見られない。
触ってみると体温は低いが、死体のように冷たいわけじゃない。
ついでに脈も計ってみる。脈は弱いが無いわけじゃない。
口に耳を近づけ呼吸を確認する。呼吸も弱いが規則的ではある。
「これ呪いか?」
いやまぁ、呪いって言えば呪いなのかもしれないけどよ。
魔術とかある世界なんだし、呪いがあっても不思議じゃないから呪い自体を否定するつもりはないけど、呪いって言っても色々あるからなぁ。
原因の究明できない病気や症状をとりあえず呪いってしていた場合もあるし、そういう類の物なんじゃねぇかなって思う。
「さぁ? 私は専門家じゃないし聞かれても知らないわよ」
「専門家だから治療をしてたんじゃねぇの?」
「違うわよ。修道女として潜入したら、運悪く世話係に任命されたの」
潜入って自分で言ってんじゃん。正体を隠す気ある?
まぁ、隠せないと思って開き直ってるんだろう。それとも、そう思わせるための罠? まぁ、リィナちゃんのことについては今は置いておこう。それよりも呪いについてだな。
「それで何か分かったことでもあるの?」
意識の無い僧侶の体を調べている俺を遠巻きに眺めながらリィナちゃんが訊ねてくる。
気のせいだろうか? ちょっと物理的に距離が遠くありません? まぁ心理的な距離は今までも感じているんで、それに合わせただけで他意はないだろう。
俺のことが嫌いってこと以外の感情は無いはずだから気にすることはねぇな。俺はリィナちゃんのことが嫌いじゃないから人間関係の釣り合いは取れる筈だし問題ない。
「たぶん呪いじゃねぇってことくらいしか分からねぇな」
「それ本当?」
今まで呪いって前提で話してたのに、それを覆すようなことを言ったら不審がるよな。
まぁ、そういう反応は想定済み。でも、それが事実なんだから仕方ないよね。
「俺は実は呪いの専門家なのよ。だからまぁ、呪いかそうでないかってのは判断がつくのさ」
いきなりそんなことを言っても信用できないよな。リィナちゃんの目は俺を疑っている以外の何物でもないし、それも当然の反応だわな。でも、俺が専門家なのは事実なのよね。
俺は邪神アスラカーズ。神として司る物は戦いと呪い。だからまぁ、呪いの専門家ってのは間違いないだろ?
「専門家としての意見としては呪いっていうよりかは毒素による中毒状態と、その進行による仮死状態ってところかな」
「毒素?」
「毒素って言っても、普通の毒じゃないぜ? なんていうか魔力的な毒が体に悪い影響を与えているんだと思うね」
ハッキリしねぇけど、検査器具があるわけじゃないから断言は出来ねぇしな。けど、呪いじゃねぇってのは間違いないぜ?
「呪いじゃないって根拠は?」
「そういう気配が無いからっていう俺の勘じゃ駄目かい?」
……駄目そうだね。
胡散臭いと言いたげな眼差しで見られているし、信じてもらえてはいないが、俺の勘では呪いじゃないんだよなぁ。
「とりあえず治療できれば呪いじゃないって納得してくれるだろ」
俺は寝ている僧侶に自分の気と魔力を流し込む。
仮死状態の原因は体内の悪い気や魔力が身体の活性を妨げているためで、正常な気や魔力を外から流し込んで悪い者を押し出せば、体調は回復するはずだ。
「ま、こんな感じかな」
俺が気や魔力を流し込むと、それだけで僧侶の顔色が回復する。
「この程度で治るんだから呪いじゃないってのは明らかだろ?」
一瞬で問題を解決した俺を見て、リィナちゃんは賞賛の言葉をくれるかと思ったが、そんなことは無く、どういうわけか考え込むようなしぐさをしていた。
「これで問題解決?」
リィナちゃんが微妙に納得できない表情で俺に訊ねる。
呪いで倒れた僧侶の問題は解決の目途が立ったけれど、それだけで済む問題じゃないってこと誰にだって分かる。
「そんなわけねぇよ。こうなっちまった原因を調べなきゃどうにもならねぇって」
呪いではないにしても、僧侶が倒れた原因を調べて、その大本を絶たなきゃ問題解決とは言えねぇよなって話。
「とりあえず、こいつらが普段出入りしている場所を調べてみるのが一番かな」
日常的に毒素に触れているせいで、僧侶の多くがこんな状態になっているって考えるとしたら、こいつらが日常的に出入りしている場所か、食事とかの口に入れる物とかで考えるのが良いような気がするんだよな。
なので、案内してよ、リィナちゃん。
「この人たちが日常的に出入りしている場所となると、修練場だと思うけど」
「じゃあ、そこに連れてってくれよ」
「そこで倒れた人たちが多くて今は封鎖されてるの」
別に構わねぇよ。
封鎖されてるなら、開ければいいだけの話だからさ。
俺はこう見えても鍵開けの名人なんだぜ? 南京錠から電子ロックまで何でもござれで、解錠可能。最悪ぶっ壊して開けられるしな。
──嫌がりつつも案内してくれたリィナちゃんのおかげで修練場に到着しました。
「おらっ」
扉に鍵がかかっていたので、扉を蹴破って中に入る。
「ちょっと!」
声がでけぇよ、リィナちゃん。
俺が静かに扉を蹴破ったのに大声を出したら台無しじゃねぇか。
錠前破り? 道具が無いから出来ねぇよ。俺は鍵開けには自信があるけど、道具が無いと無理なんでね。
「厄介事は困るって分かってる?」
リィナちゃんは密偵っぽいから、そりゃ困るだろうね。でも俺は困らねぇんだよなぁ。
厄介事? 最高じゃねぇか、俺はもっとトラブルが起きねぇかなぁって思って過ごしてるくらいだし、扉を蹴破ったくらいでトラブルが起きるんなら、俺は街中の扉をぶち破ってやるぜ。
「分かってる分かってる。宮仕えは大変だねぇってこと分かるよ」
まぁ、俺は悲しいことに世間一般の感覚が分かる男なんでね。
リィナちゃんが困るってことは分かるし、常日頃から人を困らせて楽しめるような人間性を持っているわけでもないから、リィナちゃんが嫌がることはなるべく避けてあげようじゃないか。
「とりあえず、部屋の中を調べてみようぜ? 何もなかったら、俺が勝手をやったって謝って来るからさ」
そう言って俺は修練場の中に入る。
修練場といっても特別な感じは何もない。石の壁に囲まれた殺風景な広い部屋ってだけだ。こういう部屋で瞑想やら何やらをするなら、何もないってのはむしろ良いことなのかもしれないけどさ。
「何か感じる?」
俺の後ろを警戒しながらついてくるリィナちゃんが俺に訊ねてくる。
どうやら素直に質問をしてくれる程度には信頼関係が出来上がったようだ。
「まぁ、多少はね」
リィナちゃんの質問に答えながら、俺は修練場の床に這いつくばる。
壁に何か細工がされていて毒が修練場に流れ込むようになっている可能性もあるが、俺はまずは床を調べることにした。建物の間取りを見るに修練場の両隣は部屋として使われているので、仕掛けが出来るほど壁の厚みが無いからだ。
壁はともかく両隣の部屋から何か仕掛けがされていることも考えられそうだが、チラッと見た限りでは人の出入りがそれなりにありそうな様子に見えたので、そんな場所で毒を流すような仕掛けは難しいだろう。
そうなると、何かありそうなのは床なので俺は床を探ってみることにした。
「何してんの?」
「臭いを嗅いでるのさ」
無味無臭の毒はあるけど、そういう毒で僧侶が倒れたわけじゃないと俺は思う。
僧侶たちが倒れたのは科学的な毒物じゃなく、魔力的な毒素であるから、臭いはしなくても近づけば感じ取れる何かがあるだろう。
そう思い、俺は修練場の床に這いつくばって痕跡を探すと──
「瘴気を感じるね」
修練場の一部に嫌な気配を感じ、俺は足を止める。
この世界の瘴気ってのがどういう定義なのかは分からねぇけど、俺の感覚だと淀み穢れた気や魔力のことを瘴気と言う。
それがどういうわけか、修練場の床下から漏れているのを俺は感じ取った。
「瘴気?」
俺の言葉を聞いたリィナちゃんが瘴気の漏れている床に近づく。すると、瘴気を浴びたせいでリィナちゃんの表情が曇る。
人間の体は基本的には清浄な気や魔力に満ちていることで正常な生命活動が行えるわけだから、それが穢れた気や魔力で汚染されれば気分が悪くなるのも当然だし、穢れた気や魔力が満ちた空間に長くいれば体調を崩すのも当然。
僧侶が倒れた原因は修練場の床下から漏れる瘴気にあるのは間違いないだろう。
「さて、原因がわかったことだし、その根っこを何とかしようかね」
何も無しに瘴気が溢れるわけがないからな。
淀んだ気や魔力を放つ何かが無い限り、瘴気なんか出るわけがない。
「ちょ、ちょっと待って」
顔色が悪いリィナちゃんを無視して、俺は瘴気が漏れ出る床を持ち上げる。
下から何か漏れてるってことは床下に空間があるってことだよな? そう思って床石を持ち上げると、そこには案の定というか何というか、隠し階段があった。
「さぁ、この騒動の元凶を拝みに行こうかね」
俺は意気揚々と隠し階段を下っていく。
俺を放っておくのは危険と感じたのか、リィナちゃんもついてくる。
まったく体調が悪いのについてくるとか健気だねぇ。そう思って、リィナちゃんの顔をリィナちゃんに気付かれないようにチラッと見るが、リィナちゃんは平然とした顔で俺の後ろを歩いていた。
リィナちゃんが体調だったり気分が悪そうだったりってのも見せかけだけってこと。こういう所に気付くと、あんまり信用しちゃいけない子だと思いそうになるけど、そういう子の方が良い。どうやって俺を騙して、出し抜いてくれるかって期待しちまうぜ。
「……呪いは無かったってこと?」
隠し階段を下っているとリィナちゃんが俺に訊ねる。
「さぁ、どうだろうねぇ」
少なくとも一人は呪いを受けてる奴はいたよなぁ。
呪いの専門家が気付くレベルで呪い受けてる奴がさ。
「メレンディスって奴について聞かせてくれねぇ?」
世間話の一環として俺はリィナちゃんに訊ねる。
「立派な人らしいって噂くらいしかないわよ。先祖代々フェルムで僧侶をやっていて。慢心せずに修行を積んで、若い頃にはその努力を認められてクルセリアで白神様に拝謁する栄誉を賜ったとか。失明したのはその時のことで、白神様の御威光に眼を焼かれたと本人は言っているわね」
分かりやすい情報をどうもありがとうね。
先祖代々フェルムで僧侶ですか。じゃあ、この場所のことも知っていたんだろうかね。
階段の終点に着いた俺達が目にしたのは──
「ここは──」
辿り着いた場所の有様を見てリィナちゃんが息をのむ。
演技じゃなく本気で驚いているようだ。俺はまぁそんな感じではないかと思っていたけどさ。
薄暗闇の中に見えるのは拷問器具の山。隠し階段を下りた先にあったのは拷問部屋だった。
いや、宗教施設で拷問はねぇよな。こういう場合、拷問官は自分たちの仕事をこう言うだろう。
「異端審問」
よくあるよなぁ、異端審問ってことで拷問ってさ。
そんなに珍しいことでもないから、俺は特に何も思わないけど、リィナちゃんはショックを受けているようだった。
「ありえない」
なんで?
「だって、フェルムではずっと白神教を信仰していたことになっているし、それ以外の信仰があったなんて話は聞いたことが無い。こんな異端を裁くようなことをする必要はなかったはずなのに、こんな道具があるのはおかしいわ」
じゃあ、誰かが趣味でやってたとか?
それは無いと思うなぁ。見たところ、使われなくなって相当な年月が経っているようだし、この部屋にある拷問器具は役目を終えているように見えるね。
「まだ、奥があるようだし、もう少し調べてみようか?」
おそらく、ここで調べたところで真相には辿り着けないだろう。
でもまぁ、調べられるものがある以上、探索を終えるってわけにもいかないだろ? さぁ、最後の調査をしようじゃないか。




