初めての依頼人
朝日を浴びながら飲むコーヒーってのは良いもんだぜ。
朝焼けの光にフェルムの城壁が照らされるのを眺めながら、新たな一日が始まる瞬間を感じるね。
「さて、今日は何をしようか」
情報収集でもするべきか、それとも金でも稼ぐか?
金を稼いだとしても使うものが無いんだけどな。それに、ゼティの鼻を明かすってのも何だかどうでも良くなって来たしなぁ。
そういえば、ガウロンと約束をしてもいるんだよな。俺に新人研修をするとかそんな話だったような気がするが、既に冒険者をやっていく気分でもないしなぁ。金儲けのために冒険者になろうと思ったんで、金儲けがどうでも良くなってしまった以上、冒険者を続ける必要もないし、それなら新人研修なんか受けなくても良いんじゃないか?
「まぁ、暇だし行くだけ行ってみるか」
俺は日が昇るのを待って出かけることにした。
俺と入れ違いに子供がゼティの野外道場に集まってくる。
母親も一緒のようで、その母親たちがゼティに色目を使っているように見えるのは気のせいだろう。
ついでに、フェルムの市街地からやってきたように見える若い女の子がゼティに差し入れを持ってきて、頬を染めながらそれを渡している光景があったり無かったり。
それが一人くらいなら目の錯覚と思っても良いんだろうけど、流石に十人近くの女の子がゼティに差し入れを持ってくる光景を見れば、錯覚とは言い難いわけで、俺としてはゼティは相変わらずモテるなぁとしか言葉が無い。
何処の世界に行ってもゼティはどういうわけかモテるんでいつものことだと俺は気にしないことにした。
──だらだらと歩いていたらギルドに到着したのは朝が過ぎて昼前になってしまった。
市街地に入る時にジョニーとくだらない話をしていたのが主な原因だろうね。門を通ること自体は冒険者カードがあるから問題なかったわけだが、通る前に世間話をしてたら遅くなっちまったぜ。
「邪魔するぜ」
冒険者ギルド『鉄の牙』の事務所は相変わらず普通の民家のようだが、俺は気にせずに入る。
ドアを開けた先には冒険者ギルドらしく受付カウンターがあり、そのカウンターの前の床をマリィちゃんがどんくさい動きで掃除をしていた。
マリィちゃんはギルドマスターらしいけど見た目も中身も普通の子供なんで、どんくさいのは仕方ないよな。
「あ、お、おはようございます……」
ギルドの中に入って来た俺に気付いたマリィちゃんが挨拶をしようとするが、気後れしてしているのか人見知りなのか、その声は消え入るようだった。
「はい、おはようさん」
俺はマリィちゃんに軽く挨拶すると、サイスかガウロンの姿を探す。
流石にマリィちゃん一人に留守番をさせることはないだろうと思うが、ギルドの中に人の気配はない。
「あ、あの、二人は大事な仕事があるって言って……」
仕事に出かけたってわけね。じゃあ、新人研修は無しかな?
代わりに何か仕事はないだろうか、退屈なんだよね。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、俺もお留守番してようかな」
マリィちゃん一人じゃ心配だしなぁ。
まぁ、俺が心配しなきゃいけないほど頼りない子なのかも判断付かないんだけどね。なにせ、昨日会った子なわけだしさ。ただまぁ、一般的な感覚として10歳の子供を一人で留守番させておくのもどうかって思っただけ。ただまぁ、余計なお世話のだったようだけど。
「え、あ、あの、その……」
俺の提案に対してマリィちゃんは表情を強張らせる。
ちょっと傷つく態度だなぁ。
「俺のことが怖いかい?」
良く知らない相手だから? それとも別の理由かな?
「そ、そういうわけじゃなくて……」
そこまで言ってマリィちゃんが口ごもってしまったので、俺は追及することはせずマリィちゃんのことも気にせずに受付カウンターに座る。
サイスからの要望でマリィちゃんには迷惑はかけないようしないといけないし、困らせるのも駄目だからね。余計なことは言わない言わせないのが一番。俺にとってもマリィちゃんにとってもね。
もっとも、それだけじゃ駄目だとは思うけどね。ただ、それはサイスとマリィちゃんの問題だし、俺はそれに首を突っ込む気分じゃないんだよな。
「退屈だねぇ」
何か面白いことが無いかと思って、ここに来たってのに受付に座ってボンヤリするくらいしかやることが無いとは……
「何か仕事ってあったりしないかい?」
ギルドマスターなんだから、そういうのに詳しいんじゃないかなと思ってマリィちゃんに聞いてみるが、俺が声をかけるとマリィちゃんはビクッと震えてから首を横に振る。どうやら知らないようだ。
「待ってりゃ客が来るかねぇ」
冒険者に頼みごとがある奴はいるのかもしれないが、それならそれで他の冒険者ギルドに行くだろう。けれども、俺のそんな予想に反して、不意にギルドの入り口が開いた。
「失礼、大陸冒険者ギルドはここでよろしいかな?」
入り口から聞こえてきた声は老人の物だった。
マリィちゃんが急な来客にビックリし、そして俺を見る。
どうやら俺に応対して欲しいようだ。了解しましたよ、マスター。
「そうです、ここがギルド『鉄の牙』ですよ」
俺は返事をしながら入り口に立っている客の姿を確認する。
そこにいたのは白いローブを身にまとった連中だった。なんとなく雰囲気からして一般人ではない。どことなく浮世離れした感じがあり、俺の勘では聖職者のように見える。
「それは良かった。貴方がたに頼みたい仕事があって来たのですが」
声を発しているのは先程から老人だけだ。
他に若い男が二人ほどいるが、その二人は老人につき従っているようにも見えるので、老人はそれなりの地位にいる人間なのだろう。
俺は改めて老人の姿を確認する。
仕立ての良い白いローブを着ているのは他の二人と変わらないが、顔は流石に老人だけあって皺が刻まれており髪も無い。
どういうわけか一度も目を開けていないことも気になるが、それについては恐らく視力を失っているんだろうと俺は推測する。
「仕事の依頼なら大歓迎だぜ?」
俺が観察していることを、その老人は気付いているだろう。
盲目であるならば見えていないはずだが、俺は老人に見られている気配を感じる。
俺が観察しているように、向こうも俺を観察しているようだ。
「それは良かった。でしたら、少し話をお聞き願えますかな?」
「もちろんだぜ、爺さん。奥で聞こうか」
マリィちゃんが俺の方を振り向く。
俺は身振りでどこか別の所に行ってろと合図を出す。
「おや、ここのギルドマスターは代わられたのですかな?」
「まぁ、そんなところさ」
やっぱり見えてやがるな、爺さん。
マリィちゃんがこっそりと出ていった方へと爺さんの顔が向いている。
「俺が話を聞いてやるから、ついて来いよ」
俺はそう言って、爺さんたちを応接室まで案内する。
爺さんはともかく、爺さんの付き人らしい連中が俺を凄い表情で睨みつけてくる。
どうやら俺の態度が気に障ったようだ。無礼だとか言いたいのかね? ならば言えば良いじゃないか。
俺は無礼だとか欠片も思わないけどな。だって、俺は一応は神様だからクソ偉いし、年齢的にも1000歳以上なんだから圧倒的に年上だし、長幼の序っていう観点から見ても、お前らの方が礼儀をわきまえるべきだと思うんだよね。
まぁ、それが本能的に分かるからか、俺に対して無礼とか言い出すのに抵抗を感じているんだろう。
「申し訳ありません。彼らはまだ未熟な者達でして、本質を見抜く力に不足があるのです」
俺の心を読んだかのように爺さんが言う。
他の連中を未熟といった以上、爺さんは本質が見えるようだ。
そして、それによって俺の正体にも気付いているような感じがある。
……まいったね。なんだか面白い展開になってきたぜ。
暇つぶしギルドに顔を出してみたら、怪しげな聖職者どもが仕事を依頼しに来て、しかもそのうちの一人は俺の正体に気付いた可能性もあるとか、最高に楽しい連中じゃねぇか、まったく好きになってきちまう。
こいつらも、こういう連中に合わせてくれる街も、俺を退屈させてくれない奴らも場所も大好きになっちまいそうだぜ。




