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冒険者アッシュ

 

「えっと……ギルドマスターのマリィベルです」


 冒険者ギルド『鉄の牙』の拠点らしい建物は外から見る限りでは、ぼろい一軒家であり、どうみても民家のようであったが、中に入ってみると外観からの想像は裏切られ、それなりに事務所の体をなしていた。


「よろしく」


 俺は受付カウンターの奥にある応接間に案内され、ギルドマスターだという女の子から自己紹介を受けていた。

 マリィベルという名のギルドマスターは緊張した様子で所在なさげに俺の目の前に座っている。

 どう見ても、役職に対して年齢やら何やらが釣り合っていないような気がするんだが、まぁ何となくどういうことなのか想像できなくもない。

 俺の推測だと先代のギルドマスターがマリィベルの親かなんかで、その跡を継いで本人の意思とか関係なくギルドマスターなんかをやらされてるとかそんな感じだろう。


「あの……えぇと、そのお名前を伺ってもいいですか……?」


「アッシュ・カラーズ」


 一生懸命頑張っているマリィちゃんには悪いけど、俺は今はキミに興味がもてないんだよね。

 俺が興味があるのはキミの後ろに立っている男でね。そいつのことがどうにも気になって仕方ないんだわ。


「サイスっス。自分ともよろしくしてくださいっス」


 俺の視線に気づいたのかマリィちゃんの後ろに立っていた男がバカみたいな喋り方で名乗る。

 年齢は二十代半ば。逆立った髪を緩く後ろに撫でつけた髪型。顔はしまりが無くヘラヘラとした印象。

 服装に関しては丈の長いコートのような上着だが、その服の袖はやたら大きく広がっていて、手が袖で完全に隠れているという特徴的なものだった


「それで今日はアッシュさんは何の用っスかね? ガウロンさんの客ってことは悪い話じゃないとは思うんスけど──」


「別にたいした話じゃないよ。俺も冒険者になりたいなぁって思ってガウロンに連れてきてもらっただけ」


 俺の答えにサイスは「へぇ……」と呟きを漏らす。

 表情の変化は無いが瞳に俺を値踏みするような光が宿る。

 俺の隣に座っていたガウロンがサイスの眼差しに気付くことなく、口を開く。


「このアッシュ・カラーズは俺と試合して勝つほどの男だ。味方に引き入れておいて損はない」


 損が無いとは言えないけどな。面倒ごとを起こす男ですからね、俺は。

 まぁ、それはともかくガウロンの言葉にサイスが驚きの表情を浮かべる


「へぇ! Bランクの冒険者であるガウロンさんに勝つなんて、すごい人なんスねぇ」


 思ってもねぇことを平気でいう奴だな。


「ちなみに自分はCランクなんで、アッシュさんには敵わないかもしれないっスね」


 嘘つけ。

 冒険者のランク制度ってのがどういうものか知らないんで、俺は何とも言えねぇけどさ。

 ランクはともかくサイスがガウロンより弱いってことは絶対にないだろう。俺の勘ではサイスはガウロンより遥かに強いはずだ。


「どうしますマスター? ガウロンさんの推薦っスけど、アッシュさんを冒険者にしても問題ないと思います?」


 緊張した面持ちで成り行きを見守っていたマリィちゃんにサイスが優し気な口調で訊ねる。


「え、えぇと、その……」


 どうしようといった顔でサイスを見つめるマリィちゃん。一応、この組織のトップなんだから、それぐらいは自分で決定できても良いんじゃないと思うけれど、見た目は本当に子供だからなぁ。


「自分は大丈夫だと思うっス。アッシュさんもウチの所属の冒険者になる以上はマスターを困らせるようなことはしないはずっスよね?」


 サイスが俺を見てくる。

「迷惑をかけるなよ」と言葉には出さないが視線から強い圧力を感じる。

 やはり相当な強さだねぇ。ちょっとちょっかいかけたくなってきちまうぜ。


「そ、それじゃあ、えっと、アッシュさんが冒険者になることを認めます」


「はい、了解したっス。じゃあ、アッシュさんはこっちに来てくれますかね? ちょっと書類を作るんで」


 なんだよ、二人きりになりたいとか情熱的じゃないの。

 本当に書類とかの手続きで俺を呼ぶわけじゃないだろ? 他の目的があるんだよなぁ?

 ワクワクしてきたぜ。


「よかったよかった、無事に仲間が増えて言うことなしだ。それじゃあ俺は帰るが、後のことはよろしく頼んだぞ」


 ガウロンがサイスに俺のことを任せて帰ろうとする。

 だが、途中で何か思い付いたようで━━


「明日は空けておけよ? 新人冒険者のための初心者講習を俺がやってやるからな」


 俺に思い付いたことを伝えるとガウロンは帰っていた。

 これはまさか『かわいがり』って奴をされるパターンか? 生意気な新人をシメるアレだよな、きっと。

 やべぇなぁ、ワクワクしてきちまう。一体どんなことが起きるやら楽しみだぜ。


「そんなに厳しくはないと思うんで心配する必要はないっスよ」


 俺が興奮のあまり肩を震わせているとサイスは何か勘違いをしたようで、俺に声をかけてくる。

 まぁ、明日のことを考えるのは今することじゃないんで忘れよう。それよりも今はサイスの方だな。


「それじゃあ、ついてきて欲しいっス」


 サイスはギルドの受付へと俺を案内しようとするが、不意に何かに思い出したように、応接間のソファーに所在なさげに座っているマリィちゃんの方を見ると、優しげな声で話しかける。


「マスターも今日はお家に戻って大丈夫っスよ。後は全部、自分がやっておくんで」


 サイスはマリィちゃんに微笑みかける。

 ロリコンか何かかな? そう思った奴は精神が腐ってるから死んだ方が良いと俺は思うね。

 二人の関係をたいして知っているわけじゃないけど、マリィちゃんとサイスの関係は親子に近いものを感じる。

 マリィちゃんの後見人とか保護者がサイスなのは間違いないだろう。

 完全に想像だが、サイスはマリィちゃんの親に世話になっていたとか、そんな過去があり、恩を返すためにマリィちゃんの面倒を見てるとかそんな感じな気がするね。


「あの子っていくつ?」


 マリィちゃんも帰り、ギルドの中には俺とサイスだけ。

 サイスの後をついて歩く最中、俺はなんとなく気になったことをサイスに訊ねる。


「お嬢は今年で10歳っス」

「マスターって呼ばないんだ?」

「それはまぁ、人前ではないっスから」

「ふーん」


 まぁ、色々とあるんだろうね。

 それはともかく10歳かぁ。10歳で組織のトップは無理じゃねぇのかな?

 無理だから、パッとしない状況になってると思うんだが、マリィちゃんの保護者らしいサイスは何を考えてるやら。まぁ、俺がとやかく口を出すことじゃないとも思うから、黙ってようって気分ではあるけどさ。


「……お嬢も色々と頑張っているんでアッシュさんにも手助けして欲しいんスよ」


 俺の前を歩くサイスが俺の方を見ずに言う。

 ギルドの中にいるのは俺とコイツだけで、他に人の目は無い。サイスの方もこの状況を狙っていたんだろう。何が起ころうと誰も見てないと良いシチュエーションだよな。

 る気が感じられて良いねぇ。俺の方もる気のスイッチがオンになっちまうぜ。


 俺を連れて受付に辿り着いたサイスが、受付カウンターの中を探し始める。

 ほどなくして目当ての物を見つけたようで、サイスは俺にそれを見せつけた。


「ギルドカードっス。とりあえず、これを持っていれば冒険者ってことの証明になるんで持っててほしいっス。細かい説明は追々ってことで」


 そう言うとサイスは俺に向かってカードを放り投げてきたので、それを受け取る。

 ギルドカードはカードという名称だけあって、金属製の小さな薄い板状の物体だった。冒険者協会もマークらしいものが刻印されている。


「これでアッシュさんも晴れて冒険者ってわけっスね」


「そうだねぇ。そんでもってキミとは身内になったわけだが──」


 ちょっと気になってることがあるんだよなぁ。

 さっき俺にカードを渡してからなんだけど、サイス君さぁ……


「どうして俺に殺気を向けてるんだい?」


 身内相手に物騒なことだぜ。

 何か言いたいことがあるなら言っても良いんだぜ?


「分かるっスか……普通の奴には気づかれないんスけどね」


 ヘラヘラとしていたサイスの目つきが鋭いものに変わると同時に微かに俺に向けられていた殺気がハッキリとしたものに変わる。


る気なら、望むところなんだがね」


 そういうわけじゃないんだろ?


「まさか、流石にそんなことはしないっスよ。自分はただちょっとお願いしたいだけっス」


 サイスを肩を竦め、両手を上げて降参のポーズを取って見せつつも、俺への殺気は微塵も隠す様子はない。

 る気が無いって言った割には気合いは充分のようで、お願いってのが何なのかは分からないが、それが上手くいかなければ即座に俺を殺しにかかる用意は出来ているようだった。


「お願いねぇ、内容次第では聞いてやらなくもないかな?」


 言いながら、俺は全身に闘気を巡らせ、臨戦態勢を取る。

 向こうも本気ではないせいか業術の発動は俺の呪いが許してくれない。全力でない相手にこちらが最初から全力を出すわけにはいかないと呪い判断したせいだ。

 それでもまぁ、気やら魔力は使えるんだから問題ない。


「別に大したお願いじゃないっス」


 サイスが両手を下げ、降参のポーズを解く。


「ただ、お嬢の迷惑になるようなことをしなければ、それでいいスよ。多少ウチのギルドを立て直すくらいは構わないっスけど、それで、お嬢の平和な生活が脅かされるのだけは勘弁してほしいんス。ギルドの名が上がり目立つことも増えれば厄介事に巻き込まれることも多くなる。そういうのは自分もお嬢も御免ナンスよね」


 平和な生活ねぇ。

 俺はキミらの事情に口を挟む気はないんだけど、果たしてそんな生活が本当に良いものなんだろうかね。

 そしてそれをマリィちゃんも望んでいるのだろうか?

 まぁ、今日会っただけで碌に会話もしていないマリィちゃんが何を考えてるかなんて、俺は全く想像もつかないんだけどさ。

 実際、サイスが言ったとおりの生活をマリィちゃんも望んでいるかもしれないし、それなら俺がゴチャゴチャ言うことじゃないし、好きにしたらいいと思う。

 でもまぁ、ここで言うとおりにするってのはサイスに負けた感があるから、ちょっと挑発してみよう。それで喧嘩になるなら俺の望むところでもあるしな。


「お前らの事情など知ったことじゃないと言ったら?」


 実際は知ったことじゃないにしても多少は気にするけどさ。

 まぁ、そんな俺の考えなんかを読み取ることはできないからサイスの耳には俺が反発してるようにしか聞こえなかったろうし、現実にそう聞こえていたようで、いつの間にかサイスの表情からは完全に笑みが消えており──


「──だとしたら、俺はお前を殺さなきゃならない」


 明確な殺意のこもった言葉が聞こえると同時に、俺は直感に従い、その場から飛び退く。

 だが、飛び退いても距離が足りなかったのか俺の左目を鋭い何かが斬り裂いた。左目から血が噴き出し、視界が奪われる。

 何をされたかは全くわからなかった。攻撃を食らった瞬間、俺の視界の端でサイスが腕を振り上げたのが見え、それと同時に俺の左目が斬り裂かれたことは分かるが、それだけだ。


「暗器か?」


 後ろに飛び退いた俺の背中が壁に触れる。

 室内である以上、そこまで距離が取れない。


「それを答える馬鹿がいるか?」


 大きく広がった袖のせいでサイスの手元は全く見えない。

 手元を見せない袖の大きな服は暗器使いが良く着ている服であるので、暗器使いである可能性を考えるのが普通なのだが、サイスの身にまとう雰囲気を見るに、そういう暗殺者じみた輩じゃなく、真っ当な戦士のように思える。


「今の一撃を初見で受けて生き残っていた人間はアンタが初めてだよ」


 俺の方が外見では年下なのにアンタって呼ぶか。

 俺の外見と年齢が一致していないって勘で分かってるんだろうな。


「俺の方も、どういう攻撃なのか判断付かない攻撃を食らったのは久しぶりだ」


 良いねぇ、楽しくなってきたぜ。ついでにお前のことも好きになってきた。


「それは良かった。もう少し味わってくれ──」


 言いながらサイスが右腕を突き出してくる。

 俺とサイスの間合いは4メートルほど。横に飛んで逃げるべきかと、俺の脳味噌が咄嗟の判断を下そうとするが、俺はそんな軟弱な考えを踏み潰し前に出る。サイスの攻撃手段がなんにせよ、俺の武器は拳なんだから前に出る他はない。

 俺の頬を何かが掠め、斬り裂かれて頬から血が噴き出る──が、それだけだ。


 踏み込みのさなか、俺の視界が左手を振り上げようとするサイスの動きを捉えるが、サイスはその腕を上げることを躊躇し、その隙に俺の拳がサイスの顔面を撃ち抜く。


「ギリギリになって、ビビッてんじゃねぇよ」


 最初っから殺すかどうかで迷うなら仕掛けてくるんじゃねぇ。

 途中で躊躇されたりするのが一番面白くねぇんだよ。シラケるからな。


「ビビッてないっスよ」


 俺に殴られて吹っ飛んだサイスだったが、何事も無く立ち上がっている。

 まぁ、俺の方も手加減はしたからね。


「まぁ、アレっすよ。これもまぁ冒険者になるための試験ってことで勘弁してほしいっス」


 先程まで感じ取れていた殺意は消え去っている。どうやら、もう戦う気はないようだ。

 最初から殺す気が無かったかどうかは分からねぇけど、もう充分ってことなんだろうかね。


「嘘つけよ。ちょっと本気だったろうが」


 向こうにる気が無いのに俺が出すわけにもいかないので、俺も戦う気が無くなる。


「ははは、自分が本気だったら、もっと酷いことになってたっスよ。そっちも本気ではないようでしたし、今回は引き分けってことにしてほしいっスね。まぁ、自分の負けでも良いっスけど」


 サイスは肩を竦めて、両手を上げると改めて俺に降参のポーズをして見せる。

 まぁ、今日の所は良いか。本気でる機会はまたあるだろうしな。


「それでどうなんだい? キミの目から見て俺は合格かい?」


 一応、試験ってことにしたなら合否の判定はあるだろ。


「まぁ、良いんじゃないっスか? 実力は申し分なし、素行については……今後次第で。でも、くれぐれもいっておくっスけど──」


「ギルドマスターを困らせるようなことはするなってことだろ? 了解、了解、了解しましたよ」


「なら、自分が言うことはこれ以上は無いっス。でも、それが守られないとなれば──」


 お前が俺を殺すってか? それはそれで望むところなんだけどね。

 ただ、サイスとは恨みつらみじゃなく戦いたいような気もするから大人しくておこうか。


「分かってるって、そんなにしつこく言わなくてもさ」


 分かっているのと、出来るかどうかは別問題だけどな。

 そんな俺の思いを知ってか知らずか、サイスはヘラヘラとした表情に戻ると、俺に手を差し出し──


「ちょっと心配な気もするっスけど、新しい仲間として歓迎するっス、冒険者アスラカーズ」


 俺は差し出された手を取り、握手する。どうやら、これでちゃんと冒険者として認められたようだ。

 ここまで紆余曲折あり、これから先も色々ありそうだが、まぁそれはそれで悪くねぇよな。

 厄介事が目に見えるようだが、なんにせよ、ここからが俺の冒険者ライフの始まりだぜ。






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