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誤算

 

 どうしてこうなった?


 俺は呆然とした気分で立ち尽くす。

『世界最強ここに在り。挑戦料は銀貨1枚、勝てば銀貨5枚』

 そう書かれた看板を道の脇に立てているのは良い。フェルムへ向かう道を歩く人々は看板を見て、興味を惹かれ、次に俺を見て関心を持っているのは間違いない。なのに、俺の方には誰も来やしねぇ。


 一体どういうわけだと思い、俺は隣で同じことをやっているゼティの方を見る。

 ゼティも俺と同じことをして金を稼ぐって話になり、看板を立てていたはずだが──


「今のは中々よかった。ただ、踏み込みに躊躇いがあるな。もう少し大胆に相手の懐に飛び込んでも良い」


 気付いたらゼティの方には待ちの行列が出来ていやがるし、ゼティの方は挑戦者に丁寧に指導をつけてもいやがるんだが、あの野郎、何をやってやがるんだろうね。


「ご指導ありがとうございました!」

「あぁ、俺が言ったとおりに鍛錬するように。では次の人」


 ゼティに挑戦した奴が礼を言うと共に金を渡し、ゼティに深く頭を下げて、その場を去っていく。

 続けて、順番待ちをしていた連中の中から一人が出てくる。だが、そいつはゼティを倒して金を貰いに来たはずなのに木剣を構えるより先に、ゼティに一礼する。


「よろしくお願いします!」


 そして挨拶をすると同時にゼティに斬りかかる。

 ……なんか、おかしくねぇかな?

 フェルムの外で野試合の会場を作って数日。俺の方には閑古鳥が鳴いているのにゼティの方は引きも切らせず人が来てるし、だいたいが礼儀正しいんだが、どうなってるんだろうか?


 俺の方はというと──


「世界最強? どこの馬鹿だよ」

「テメェをぶちのめせば、金を貰えるんだよな?」

「俺らを舐めてんのか、半殺しじゃ済まねぇぞ!」


 そんなセリフを吐いて、俺に突っかかってくる連中ばっかりなのに。

 なんで、ゼティの方はまともな連中が来るのだろうか? さらに、そんな連中も最近は俺の方には来ねぇ。初めて数日なのに最近って言い方もへんだけどさ。

 どういうことなのかと思ってゼティの方を見ていると、順番待ちをしている奴らの中に見知った顔を見つけた。

 それは俺が野試合を始めた時に俺に絡んで、俺にぶちのめされた連中の内の一人だ。何回も俺に挑んできたから覚えてるぜ。


「テメェ、何をやってんだよ! 俺の方に来ねぇってのはどういう了見だ!」


 俺は声を上げながら、そいつに詰め寄る。

 どういうことなのかと聞こうと思ったのだが、俺が近寄ると肩を震わせて逃げようとしたので、そいつが逃げるより早く胸倉を掴むと、慌てた様子で弁解を始めた。


「い、いや、だってアンタの所は速攻で殴って、それで終わりじゃねぇか! こっちは負けたとしても、ちゃんと稽古をつけてくれるんだから、こっちに来るに決まってるじゃねぇか! それにこっちの方が安いんだよ! テメェの所に行って金を巻き上げられるくらいだったら、こっちで普通に稽古をつけてもらうっての、いまさら誰がテメェの所なんか行くか!」


 なんだと、この野郎! 殺されてぇか!


「おいおい、こちらの客に難癖をつける気か?」


 俺が胸倉を掴んで持ち上げようとしていると、背後からゼティの声がした。

 俺がそちらを振り返るとゼティは勝ち誇った顔で俺を見ている。


「いくら自分の所に人が来ないからと言って、こちらの客を取っていくのはやめてくれ。彼らは俺に稽古ををつけてもらいたくて並んでいるんだぞ?」


 いつのまに道場みたいなシステムになってんのおかしくねぇ?

 俺と一緒に野試合で金を稼ぐことになってなかったか?


「てめぇ、どういうつもりだ」


 俺と仲良く二人三脚で頑張るんじゃないのかよ!

 一人で応対するのは大変だから、二人で一緒に頑張ろうねって話したじゃないか。そして、二人で道行く阿呆どもに喧嘩を売って、金を巻き上げてやろうって約束しただろう?


「誰も知らないからって都合の良い過去を捏造してないか?」


 してましたね、はい。

 よくよく考えたら、一緒に頑張るなんて約束してねぇわ。

 どっちが稼げるかって話になってたわな。思い出したぜ。


「とりあえず、お前がいると空気が悪くなるから、どこかに行ってくれ」

「なんだと!」


 テメェ、使徒のくせに主である俺に対していい度胸だな。

 ぶっ飛ばしてやろうか!


「ほら、金だ」


 仕方ねぇなぁ、今日の所は見逃してやるぜ。

 金銭って形で誠意を示してくれたんだし、ごちゃごちゃ言うのは良くないよな。


「ついでにお前の使っていた場所も俺が使う。俺の教えを受けたいという連中も増えてきてな。この辺りを広く使いたいから、お前が場所を取っていると邪魔なんだ」


 なんか自分たちの物みたいに言ってるけど、道の脇の原っぱなんだよね。

 だから誰のものでもないか、それとも領主の物か。どうにも判断が難しいけど、少なくとも俺かゼティの物でないのは確かなんだが、まぁどうでもいいか。


「クソが、たった数日でどうなってやがるんだ」


 何かズルをしたんじゃねぇ?

 こんな短い期間で命運がハッキリと別れるはずがないだろ。


「誠実であることが商売の秘訣らしいぞ」


 俺だって誠実だと思うけどなぁ。

 俺に勝てるんなら金を払うつもりはあるし、ケチる気もないんだけどね。ただ、俺に勝てる奴が全くいないだけで、それは仕方ないだろ?


「……まぁ、いい。今日の所は退いてやる。だが、明日は俺が勝つ。首を洗って待っていろ」


 いつの間に勝負になっていたのかは俺も分からないが、明日は負けない。まぁ、別にそんなにムキになって金を稼ぐ必要もないんだが、そのことは今は置いておこう。

 とりあえず、明日、勝つために今日は英気を養うとしようじゃないか。



 俺は野試合の場から立ち去ると、その足でフェルム市の貧民街へと向かう。

 フェルムに辿り着くまで見えた城壁の外の街並みは貧民街と呼ばれており、そこは市内に住む金が無かったり、脛にきずを持っていたりする連中の集まる場所だった。

 街中は苦手な俺でも、スラム感が漂う場所は好きなんで、貧民街の空気は肌に合う。まぁ寝床にしようとは思わねぇけどさ。

 フェルムに来て数日、俺とゼティは未だに野宿しているし、寝床は野試合で金の代わりに冒険者から巻き上げたテントだ。


「邪魔するぜ」


 貧民街を歩いていても誰も俺に絡んでこないため、俺は何事もなく目的の場所に辿り着き、その入り口を開ける。俺がやって来たのは貧民街にある酒場だ。

 俺が店の中に入るなり、真昼間から酒を飲んで管を巻いていた酒場の客たちの間の空気が張り詰める。


「邪魔するんじゃねぇよ。つーか、本当に邪魔なんだよ」


 歓迎してない雰囲気がスゲェなぁ、おい。

 今、俺のことを邪魔って言った奴は酒場のマスターだぜ?

 来るたびに店の中で喧嘩をしてるくらいで怒るなよな。こういう場末の酒場の店主ってのは、もっと堂々としてなきゃなぁ。


「マスター、いつもの」

「テメェがいつも何を飲んでるかなんて知るかよ」


 俺がマスターの正面にあるカウンター席に座ると、マスターは舌打ちをしながら、つれない答えを返してきた。オーケー、歓迎してないってのは良く分かるぜ。

 そして分かった、俺の好みを知らないって言うなら、自分で取るから気にすんな。

 俺はカウンターを飛び越え、マスターの後ろの棚から酒瓶を一本取ると、それを持って自分の席に座る。


「……一杯飲んだら帰れよ」


 分かってるって、俺が二杯以上飲もうと長居したら、俺以外の客が帰っちまうもんな。そんくらいは分かるぜ。貧民街に初めてきた時に絡んできた連中相手に大立ち回りをしちまったし、嫌われても仕方ないよな。

 俺は酒瓶の蓋を開けて、そのまま口をつける。


「なんか、一攫千金の儲け話とか無いか?」

「知るかよ。そんな話があったら、人に話す前に自分でなんとかするっての」


 ゼティの鼻を明かしてやるために金を稼ごうと思ってマスターに話を聞いてみたんだが──

 まぁ、そうだよな。スラムの酒場の店主が儲け話なんか知るわけないな。儲かる話があったら、自分で一枚噛んで、スラムから抜け出してるもんな。

 酒場のマスターが情報通ってのはでたらめってことを分かっただけでも良かったとしよう。


「……まぁ、普通に冒険者にでもなった方が良いんじゃねぇのか? テメェは人間性はともかく腕っぷしは相当だからな」


「冒険者かぁ……」


 長生きしてるけど、冒険者にはなったことないんだよなぁ。色んな世界で冒険者って職業は見かけるけど、そんなに興味が無かったんだよなぁ。

 自由な職業っぽく見えるけど、階級があったり、組織に所属しないといけない仕事だしさ。そういうのって俺には合わないと思うんだよね。

 でもまぁ、物は試しだし、一回くらい冒険者になってみるのも悪くないか?


「冒険者にはどうやってなるんだ?」

「新市街の冒険者ギルドに行けよ」


 そりゃそうだね。酒場のマスターに聞いたところで、意味はないよな。


「それか、そこにいる現役冒険者に聞け」


 マスターがテーブルを指さすと、そこには俺が野試合で銀貨を十枚ほど巻き上げた冒険者がいた。

 俺と目を合わせないように顔が下を向いているが、俺は自分が殴り倒した奴は一週間以内だったら、だいたい覚えてるから、そいつのことも覚えている。


「よう、元気?」


 俺は肩を組みながら訪ねる。

 何も言わずに目を背けてくるが、俺の話は聞こえてるよな?


「ちょっと冒険者ギルドに行きたいんだけど、連れて行ってくれるかい?」


 さぁ、今日から俺も冒険者だぜ。




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