フェルム到着
「あ、あれがフェルムです……」
鬱蒼とした森を抜け辺りを一望できる場所に辿り着くと、カイルがそう言って遠くに見える街を指さした。
そこには小高い丘を中心にして、その周囲に広がる街並みがあった。
ここまで来るのは大変だった。それはもう、言葉にできないほど大変だったのよ。
あの宿屋を出てから、ここに来るまで山道とか森の中を歩いてたら何回もゾンビに襲われまくったりとか、まぁ色々あってね。
「し、死ぬ……」
俺とゼティ以外の面々が呻き声を上げる。
数日前に宿屋で再会したときは、それなりに身綺麗だったカイル達のパーティーメンバーも今は薄汚れてボロボロだ。
「こ、このまま進めば明日には着きます」
「そうか、じゃあこのまま行こうか」
俺の言葉を聞いて、クロエちゃんがぶっ倒れる。
それを皮切りにギドとコリスも膝を突き、最後にカイルが目を回して倒れこむ。
どうやら本当に限界だったようだ。
「流石に休みなしは無理だろう」
ゼティが倒れた四人を担いで、道の脇にどける。
そりゃあ、俺も良くないとは思ったよ。だけど、休んでたら森の中でゾンビに襲われるからね。
イクサス領からフェルムのあるカリュプス領へ行くには山を歩き、森を進まなければならないってことで、そこを通ってたらゾンビに襲われるは、魔物に襲われるはで休んでる暇がなくて歩き詰めだったんだよね。
まぁ、歩いていられる時間は少なくて、走ってるのが殆どだったけどさ。
俺とゼティは不眠不休でも問題ないけど、カイル達にはキツかったようで限界みたいだね。
「しょうがねぇなぁ、今日はここで休憩だな」
まだ魔物の気配もするし、放っておいたら襲われそうだもんな。
目的地は見えているのに、ここで足止めも、まぁ良いとしよう。
別に急ぐ理由がある旅でもないしな。
俺とゼティは道の脇で野営を始める。つっても、たき火を用意する程度だ。
日が落ち、夜を迎えても、カイル達は目を覚まさない。することも無いので、遠くに見える街を眺める。フェルムの街並みに灯りがともり、それを見て、俺は人の営みを感じる。
「感傷に浸っているのか?」
「まぁ、それなりに」
たき火の灯りを頼りに何かの作業をしていたゼティが俺の方を見ずに話しかけてくる。
俺はいつだって、それなりに感傷的な男だぜ。
街の灯りを見ると、人間の平凡な営みを感じ、その中に入ることのできない自分に気付く。
人並みの生活を得られなかった。いや、そもそも得ることのできない人間であったとも言えるし、自分からそういうのを捨てていったとも言える。
別に後悔があるわけじゃねぇが、そうしている内に気づけば何処に行っても余所者だ。人の営みの中に混じることは出来ても、溶け込むことはできない。それになんとなく寂しさを感じるときもあるってだけだ。
そんでもって、まともな人間として生きる道もあったんじゃないかって思う時もあるのさ。
普通に高校を卒業して、大学に入り、サラリーマンになって、あくせく働き、家庭を持つ。そんな平凡なのも決して悪くはないって思うぜ。
むしろ、立派だよ。平凡に生きるってことの難しいからさ。
平均点なんて取れて当然というかもしれないが、平均の出し方を考えれば、半分以上が平均点以下になるんだぜ? 全ての人間が平凡という平均点を取れるわけじゃない。みんな努力して平均点を取り、平凡な人生を勝ち取っていると俺は思うし、普通に生きるのだって頑張った結果だと俺は思う。
「少し精神が人間に寄りすぎじゃないか?」
「それはあるかもなぁ」
力の大半を封じられているし、身体も十代後半の微妙な精神状態だった時の物になっちまってるから、今の俺の精神も身体に引きずられて変化している可能性もある。
「ま、思春期の精神状態だと思って暖かい目で見てくれよ」
俺が十代後半の頃って何やってたっけかな?
自分が世界で一番優れた人間だって本気で信じていた頃だし、それを証明するために躍起になってた時期でもある。
高校をサボって、あちこち出歩いて色んなトップアスリートとか達人って呼ばれる人たちに喧嘩を売って回ってた時期だな。
最終的には国内では相手がいなくなって、アメリカとかに行くことになり、その上、ヤンチャしていたことがバレて高校は退学になったんだっけな。
──ゼティは何も言わずに、作業の手を止めた。
気になったので、見てみるとゼティの手には笛があった。どうやら笛を作っていたようだ。
ゼティは案外、風流人だからな。剣の道を究めようとする中で、どういうわけか芸事にも通じるようになり、ついでにゼティが旅した世界によっては剣だけではメシを食っていくのが難しかったりするから、芸や内職で食っていくしかなく、そんな中でゼティは多芸で器用になっていった。
ゼティが笛に唇をあて、音を鳴らす。
木材を削って作った横笛は寂し気な音を夜の風に乗せて響かせる。
それを聞きながらフェルムの灯りを眺め、俺は夜が明けるのを待つのだった。
「──ここがフェルムです」
翌日、復活したカイルに案内されて俺達はフェルムに到着した。
山から下り、広い街道を進んでいくと道の脇には幾つも農園が見渡す限り広がっていた。そんな農園地帯を進んでいくと、城壁の外に建物が立ち並ぶ貧民街らしきものが目に入り、それを横目に街道の先に見える城壁を目印に進むと、ようやくフェルムに辿り着いた。
カイルの案内で辿り着いた場所は街の中に入るための門の正面。
何人も人が並び、門番に通行の手続きをしてもらっているのが見える。
「その門の先にあるのが新市街で、もう一つ城壁を越えた先に旧市街があります」
へぇ、そうなんだ。
街のつくり的に新市街が普通の人が住む区画で、旧市街が貴族とかそれなりに地位にある人が住むところなんだと思うが、どうなんだろうか?
「随分と詳しいんだな」
「それはまぁ、僕はフェルムの出身ですし」
明かされる驚愕の真実──ってほどでもねぇな。
カイルの出身地がここだって知ったところで、特に何の感動もねぇよ。
「へぇー」って感じで、俺もギド達も特に反応らしい反応を見せないでいると、カイルはバツの悪さを顔に出す。本人的には、もう少し何か反応があるかと思ったんだろうね。
「ほう、それは意外だな」
空気を読んでゼティが反応するが、それが逆によろしくなかったようで、カイル君は口をへの字に曲げると俺達に先を急ごうと促すのだった。
「俺は何か悪いことを言ったか?」
ゼティ君は全然悪くないと思うよ。
なんだかんだで、気を遣ってくれるからゼティ君は好きだぜ。
処世術っての? そういうのが出来る人はすごいと思うね。
「と、とにかく、まずは街の中に入りましょう。今後のことはどこか店に入ってからでも──って何をしてるんですか?」
いや、俺は人混み(ひとごみ)とか苦手だし、街の中に入っても疎外感を感じる性質だから、外で野宿していようかと思って、道の脇に逃げようとしてるんだけど──
「え、もしかしてラザロスの時と同じことをするつもりですか?」
「それも良いなぁ、良いアイディアを出すじゃない」
そこら辺の原っぱで野試合とか賭け試合をやるのも楽しいよな。
冒険者の街だって話を聞いたし、強い奴に会えそうだしな。
「いやいや、何しに来たんですか。情報収集するためにフェルムに来たのに、街の中に入らないで誰から話を聞いたりするんですか?」
そんなのそこら辺にいる奴らから聞けばいいじゃないか。
幸い、門の前にはフェルムに入るために行列が出来ているし、適当に声をかければ何とかなるだろ。
それか、喧嘩を挑んで倒した奴から話を聞くとかさ。やりようはいくらでもあるぜ。
「流石にそこまでは付き合えませんよ?」
「かまわねぇよ、キミらはキミらで好きにしたらいい」
ここでお別れ──ってことにはならねぇだろうけどさ。なにせ、同じフェルムにいるんだから会う機会もあるだろ。
まぁ、ここまで案内してくれただけで充分さ。
「……わかりました。それじゃあ、僕らはここで失礼します」
カイルは露骨に肩の荷が下りたって感じでホッとした表情になり、仲間を連れて街の中に入ろうとする人々たちの列に並び、門番から許可を貰う順番を待つ。立ち去り際、ギドとクロエが俺達に手を振り、コリスが小さく頭を下げてきたので、俺達はそれに応じて軽く手を振って別れの挨拶を交わす。
「──さて、じゃあどうする?」
列に並ぶカイル達を見送りながらゼティが俺に尋ねる。
どうするって言われてもなぁ、そんなにやれることがあるわけじゃないしな。
「とりあえず、金でも稼ごうぜ」
メシは食わなくても酒は飲めないと辛いし、服も買わないといけないからな。
ほら、道行く人々が俺のことをチラチラと見てやがる。どうやら、俺の裸が気になって仕方ないみたいだぜ。まったく美しさは罪だよなぁ。
「露出狂が珍しいだけだと思うぞ」
そうですね。
まぁ、何にせよ先立つものを確保しとくってのは悪くないだろ。
「しかし、どうやって稼ぐつもりだ? 俺は冒険者だからその気になれば稼ぐのに問題はないが、お前は違うだろう。フェルムの中に入らなければ、冒険者ギルドに登録するのも難しいが、どうする気だ?」
「そんなもん決まってんだろ。ラザロスの時と同じことをするだけさ」
つまり、腕試しで金をとるのさ。
俺に勝てたら銀貨を何枚とか、そういう奴をここでもやろうと思ってるんだ。
「真っ当に働いて稼いだ方が良いと思うぞ」
これが俺に出来る限りの真っ当な仕事なの。
まぁ、見てろ。すぐに億万長者になってやるからさ。




