思わぬ再会
アッシュとシウスの戦いに巻き込まれてから数日後、カイル達はイクサス伯爵領から隣にあるカリュプス侯爵領を目指し、道の両脇を深い森林に挟まれた山道を進んでいた。
「なんで、イクサスを出なきゃならねぇんだよ」
カイルの後について歩くギドが不満を口にする。
シウスに捕まっていたギド達であったが、救出されてから数日後であるにも関わらず疲弊した様子は全く無かった。その理由はギド達が捕まった直後にドレガンが挙兵したり、アッシュが攻め入ったりと混乱した状況であったため、領主の兵がギド達に構っている余裕がなく、放っておかれたためである。
そのため疲労の度合いで言えば、牢屋の中でノンビリと過ごしていたギド達よりも、ギド達を心配し眠れぬ夜を過ごしていたカイルの方が上なくらいだった。
「イクサスにいたって、これから先、碌なことにならないからだよ」
カイルは声に疲労を滲ませながら、ギドの不満に対して答えを述べる。
シウスが行方をくらましてもイクサス伯爵領の混乱は収まっていない。
王国が伯爵の健康上の問題とそれによる領内の政治的な空白を理由にイクサス領に介入してきているということはカイルも知っているが、それで混乱が収まるとは思えない。
アウルム王国はジョンを次の伯爵と認め、後見人としてはドレガンを推薦し、ドレガンに伯爵領の執政官という役職を与えたが、それでも領内は落ち着きを取り戻しておらず、むしろ王国の勝手な決定に異を唱える者が伯爵領にも多数おり、ジョンとドレガンを簒奪者とみなして排斥する動きもある。
何かあれば領内で戦が起きかねない状況であるから、それに巻き込まれては敵わないとカイルはイクサス領を捨てる決断をしたのだった。
「碌なことにならないって何が起きるんだよ?」
「それは何回も説明したじゃないか……」
カイルはため息をつき肩を落とす。
どうにかしてギドに世間の流れというものを教えようとはしたが一向に理解しようとはせず、カイルはそのことでも精神的な疲労を感じるのだった。
「そんなことより邪神の話をもっと聞かせてよ」
女魔術師であるクロエもまた、世の中の動向には興味を持たず、関心があるのはもっぱら邪神アスラカーズのことだった。
「城を消し飛ばしたって、やっぱり本当のことなのかしら? もし本当なら、アイツは邪神で間違いないわよね?」
「もう、その話は良いじゃないか」
カイルとしてはアスラカーズのことなど思い出したくもない。
奴に言われて城内に潜入したら、ほどなくして城が炎上を始め、遂には溶けだし焼き殺されるかと思った。
一緒に潜入してくれたリィナがいなければ、自分はここにいないと確信できるほど、危険な状況であり、そんな状況の中に自分を放り込んだ邪神のことなどカイルは思い出したくなかった。
「邪神じゃなく、すごい魔術師の可能性もある」
弓使いのコリスがクロエの考えに反論する。
なんだかんだ言ってもコリスも邪神アスラカーズという存在に興味を惹かれているようで、よくクロエと議論をしている。
もっとも立場はクロエと違うようで現実的な思考のコリスは邪神など存在しないとして、邪神を信じるクロエとは意見の対立が起こっている。もっとも、邪神とは信じてなくても、アッシュのことを特別な存在だとは思っているようで──
「あの男はきっと古代の魔術師。何千年もの眠りから目覚めた伝説の存在」
話を聞こえてくるだけでカイルは頭が痛くなってくる。
そんなコリスの意見に対し、クロエはというと──
「なるほど、その可能性も有りね」
別に邪神でなくても、なんだか神秘的で超越的な存在ならクロエは何でも良かったようだ。
「とりあえず、古代の魔術師という設定は保留しておきましょう。古の時代に生きた邪神を崇拝する古代の魔術師とかどう?」
「ちょっと微妙」
微妙じゃなくて、全て間違えている気がする。
カイルはそう言ってやりたかったが、仲間の考えを無闇に否定するべきではないという理性的な思考がクロエとコリスの考えを否定することを躊躇わせた。
「なんだかよくわからねぇけど、イクサスを出なきゃいけないってことは分かったんだが、俺達はこれから何処に行くんだ?」
分からずに付いてくるなよと言いたくなったが、自分を信頼してくれているんだと思いカイルはギドの発言を穏やかな心で受け取り、その問いに答える。
「とりあえずカリュプス領のフェルム市を目指そうと思っている」
フェルム──その言葉が発せられた瞬間、ギド、クロエ、コリスの三人の視線が一斉にカイルに集中する。
「マジかよ!」
「フェルムに行くの!?」
「それはすごい!」
「あぁ、僕たちが目指す先は冒険者の都と呼ばれるフェルムだ」
カイルの言葉に三人の目が輝くが、それも当然だ。
フェルムは冒険者であるならば一度は訪れるべきと言われる都市であり、冒険者として一流を目指すならば、フェルムで名を上げなければならないとも言われるほどだ。
フェルムは街の周辺に複数のダンジョンがある他、多種多様な魔物の生息地も都市からほど近い場所に点在している。
そういった要因から冒険者として腕を上げるにはフェルム以上の場所はないと言われており、冒険者たちにとって憧れの地と見なされているのだった。
「僕たちも、それなり以上に腕を磨いた。今ならフェルムに行っても、他の冒険者に後れを取ることなんて早々ないはずだからね。思い切って挑戦してみるのも良いと思ったんだ」
カイルの決定に三人は肯定的な態度を示す。
流石は自分たちのリーダーだという尊敬の眼差しを受けて、カイルは満更でもない気分と同時に気恥ずかしさも感じ、照れ隠しに話題を変えることにした。
「フェルムまではまだ遠い。焦らずに行こう」
そう言いながら道の先を見ると深い森の中にポツンと佇む建物が見えた。
建物の外観から見て宿屋か食堂だろう。休憩所として建てられたものかもしれないとカイルは思い、仲間たちに提案する。
「まだ先は長い。あそこで少し休憩しよう」
そう言ってカイルは道の先にある建物を指さす。だが、そうした瞬間カイルは背筋に悪寒を感じた。
しかし、カイルの提案に仲間たちが喜んでしまったため、取りやめるということも言い出すのは躊躇われた。カイルは自分が感じた悪寒は気のせいだと思い、仲間たちを先導して山道の先にある建物を目指すのだった。
「──なんだか雰囲気あるわね」
ほどなくして辿り着いた建物はカイルの予想通り宿屋であったが、近づいて確認してみると随分と古びた建物であった。
「ま、まぁ灯りはついているようだし、人がいるのは間違いないから、ちょっとお邪魔させてもらおう」
そう言ってカイルは先陣を切って宿屋らしきを建物の入り口を開けるのだが──
「いらっしゃいませー」
扉を開けると聞こえてくる若い男の声。
思っていたより感じのいい挨拶が聞こえ、悪い店ではないのではないかと思いカイルは店員の方を見るが、その瞬間、カイルは硬直する。
「お、奇遇だねぇ。カイル君じゃあないですかぁ」
カイルの姿を見るなり、馴れ馴れしい態度で話しかけてくる宿屋の店員。
向こうがカイルのことを知っているように、カイルも店員のことを知っているが、決していい関係ではない。その証拠に、店員の姿が視界に入った瞬間カイルは声にならない悲鳴を上げる。
それは絶対に会いたくなかった存在であり、その存在の名こそアスラカーズ。
邪神アスラカーズがカイルの目の前に立っていた──




