駆動
シウスの詠唱が始まる。その間、俺はどうするかって?
そりゃあ、見てるだけに決まってるじゃん。だって、相手が強くなるんなら見過ごすしかないだろ。
今のまま戦ってたって俺が勝つんだもん、そのまま決着がついたらつまんねぇ。決着をつけるならシウスが本気を出した状態で、それを叩き潰さなきゃ面白くねぇよ。
だから、俺はシウスが詠唱を終えるまで待つってわけ。それに、そもそもの話──
『咆哮せよ、我が叛逆。貴き玉座を血に染めろ』
詠唱中のシウスに崩れた城の壁や天井が降り注いでいるが、それらは全て弾かれている。
まぁ、つまり詠唱中は近寄れねぇんだわ。ついでに、俺と俺の使徒にかけてる手加減の呪いは詠唱中とか変身中の相手への攻撃を禁止してるから、ちょっと手が出ない。もっとも、攻防の最中だったら別なんだけどさ。
『偉大な王よ、貴方に問いたい。はたして貴方はその座に相応しいのかと』
詠唱は順調に進んでいる。じゃあ、その間、俺はどうしているかって?
息を整え、体力を回復し、コンディションを可能な限り最高の状態に持っていくだけさ。
『貴き血筋と誰かが言うが、私はそれに価値を感じない。猛き武勇を誰かが謳うが、私はそれを見ていない。優れた徳を誰かが讃えるが、私はそれに興味が無い。故に私は貴方を王とは認めない』
シウスの力が高まるにつれて、だんだんとシウスから人間としての気配が消えていく。
そりゃあ、そうだ。業術ってのは世界を侵食するための術であり、段階が進むにつれて術の発動者自身が起点となり世界を呑み込んでいくのだから、発動者は人間というより一つの世界というべき事象のような存在に変わっていく。
『私と貴方はどれほど違うのだろうか。その証明が欲しいのだ。それができぬと言うならば、貴方は私の王ではない』
長い詠唱だ。詠唱する意味はあるのかって聞かれたらあると断言できる。
声を上げずに世界を変えることはできない。世界よ変われと心で思うだけで世界が変わることなどないのだから、世界を変えたいという思いは言葉にしなければ何も起きない。
『この身は獣。卑しき爪牙で語るのみ。群れなし、押し寄せ、追い立てる』
『弱き王など我らに不要。穢れた玉座をその血で清めよ。貴様の全ては私が貰う』
『この心は獣。我こそ王と我欲に従い、貴き者に牙を突き立てる』
気配が完全に入れ替わり、シウスという存在は人間から一つの世界という事象となる。そして世界が顕現した状態から動き出す──
『駆動──叛逆の獣よ、咆え立てよ』
──故に駆動。業術第二段階が『駆動』する。
あぁ、堪らないぜ。こっちは『駆動』まで業術の段階を上げられていない。そんな不利な状態で初見の業術と戦るとかワクワクするなぁ。
『駆動』を発動している最中の業術使いは『駆動態』と呼ばれる状態になる。
もっとも『駆動態』になったからといって、姿が変わるわけじゃないけどな。その証拠にシウスの姿は先ほどまでと変わらず、手足から皮膚を突き破って鎖が飛び出ているだけで変化は無い。けれども、シウスから感じられる力は比べ物にならないほど上昇している。
「誰に習った?」
独学で『駆動態』に到達できるわけないからな。
『顕現』を発動した状態の『顕現態』は、そこまで習得が難しくない。
けれど『駆動』まで到達するには、誰かに業術について習わなきゃ無理だ。
「言うと思うか?」
素直には言わねぇだろうな。となれば、力ずくで聞くしかねぇよなぁ!
俺は闘争本能に従い、シウスに向かって突っ込もうとしたが──
「届かん」
強烈な衝撃を食らって吹っ飛ばされる。
何を食らったか全くわからず、俺は壁に叩きつけられるが、俺の業術の熱で触れた瞬間に石材の壁がドロドロに融けてクッションの代わりになり、衝撃を緩和する。もっとも、シウスの攻撃によるダメージはあるけどさ。
「痛いじゃん」
俺はすぐさま立ち上がり、懲りずにシウスに向かって突進する。
再び衝撃が俺の身体を捉えるが、今度は何をしてきたか分かった。
シウスがジャブを放つようにして拳で空を切ると、直後に衝撃が俺に襲い掛かる。
感覚的には拳の動きに合わせて空気を圧縮して叩きつけてくるような感じだ。撃ち込まれてくる衝撃の質が拳によるものとは違う。ということは空気の制御が能力か? 分析しようとする俺に対し、シウスは攻撃の手を止めずに拳を振る。
咄嗟に腕でガードすると腕に衝撃が走る。だが、耐えられない攻撃じゃない。そう思っていると、いつの間にかシウスが距離を詰めてきていた。
──動きが良くなっている?
業術は段階が上がれば、それに合わせて身体能力もう上昇するが、単純に身体能力が上がっているだけじゃない。もっとこう、技術的な……いや、技術ではなく、もっと根本的な──
頭が余計なことを考えようとした瞬間シウスの拳が俺の顔面を捉え、打ち抜く。
殴られた衝撃で、俺は壁まで吹っ飛ばされるが、吹っ飛ばされた所で、壁は融けるから──なんてことを思っていたら壁に背中から叩きつけられて、俺の身体が壁をぶち抜いていく。
もう何処で戦ってるのか分からんレベルで城をぶっ壊してるんで、壁を抜けた先も良くわからんことになっている。とりあえず、燃えていることだけは確かで、壁を何枚もぶち抜いて吹っ飛ばされた俺は床に投げ出され、燃え盛る絨毯の上を転がる。
「楽しいなぁ、おい!」
俺は即座に立ち上がった。だって、楽しいからさ。
シウスが何をやってるのか、今の所、全くわかんねぇ。それが楽しくてたまらない。
融けると思っていた壁が融けないのはどうやったんだろうか。
今、俺の足元の床は業術で溶岩みたいになっているのに同じ素材の筈の壁はどうして融けなかった? ついでに、空気を叩きつけてくるのはどうやってるんだろうか? どちらもシウスの『駆動』段階の業術の効果だと思うんだが──
「って考えてる暇もないか──」
気配なんてもんじゃなく、轟音が聞こえてくる。
何かが俺の所に飛んでくるようだ。これもシウスの攻撃だと思って俺は身構えると、壁をぶち破って城の柱が飛んできた。
「ははは!」
どう考えても壁をぶち破れるほどの強度は無いだろって思う柱が俺に向かってきたので思わず笑ってしまった。なにせ速度が音速を超えてるような気もするしさ。
音速を超えて数トンはありそうな石材の柱が、同じような石材の壁をぶち破って飛んできても崩れていないってのもシウスの業術の効果なんだろう、俺のもとに届く一瞬の間に目を凝らすと柱には鎖が巻き付いているのが見えた。
当たったとしたら無傷で済む気がしない俺はそれを防ぐために飛んできた柱に拳を叩きつけるが──
──これは無理だ。
柱に拳が触れた瞬間、俺はこの柱が絶対に壊せないことを理解した。
そうと理解した理由を説明しようにも、俺にも上手くは言えないだが、とにかくそういう宿命ではないんだよ。壊れる宿命じゃないから壊れないとしか言えない。
どんな物でも壊れるっていう宿命があるから壊れるんだが、俺が殴った柱には、そういう宿命がないから壊れない。
なので、俺が殴っても石の柱は壊れずに叩き落すことも出来ずに俺は飛んできた柱に跳ね飛ばされて、吹っ飛んでいく。
「ははは、ヤベェなぁ! どういう攻撃なのか全くわかんねぇ!」
俺は受け身を取って着地するが、直後に着地した床が砂のように崩れて俺は下の階に落ちる。
融けるまでも無く崩れ落ちるってのは変だよな。柱や壁はむやみやたらに堅かったのに、床は急に脆くなるとかあるか?
これも業術だとしたら、頑丈さの操作がシウスの能力か? でも。それだと『顕現』段階に使っていた制限する能力との関連性を見出すことが難しいんだよな。
業術ってのは段階が上がっても、それぞれの段階の能力には関連性があるものだ。『顕現』と『駆動』で全く違う能力に見える奴は結構いるが、そういう場合だって、業術を使う本人の中では関連性が存在するしな。
それを考えるとシウスの能力が物体の頑丈さを上げるってのは考えにくい。鎖で縛って、行動を制限する能力との関連ってのが見えてこないからな。
「マジで分かんねぇなぁっ!」
下の階に落ちた俺に対し、シウスが攻撃を仕掛けてくる。俺はそれを気配だけで察知し、シウスが来る方向に向けて振り向きざまに回し蹴りを叩き込んだ。
しかし、俺の蹴りは見えない何かに阻まれてシウスには届かない。どうやって攻撃してるのかも分かんねぇのに加えて、防御手段も分かんねぇとかスゲェな! 楽しくなってきたぜ。
それに加えて、俺に仕掛けてきたシウスの動きだけど、間違いなく壁をすり抜けてきたんだよな。物体の透過って考えるのが普通だが、一瞬だけ俺の視界に映ったのは、それとは違う感じだった。なんていうか、壁が壁としての役割を果たすことを許されていないような。
上手い言葉が見つからないが、壁ってのは空間の仕切りだったり、何かを遮るものっていう当然の感覚が、シウスが壁をすり抜けた瞬間には消え失せていたような──
「余計なことを考える余裕があるのか?」
──無いよな。分かってるぜ。
忠告を受けると同時に、シウスの右フックが俺のこめかみに突き刺さる。
俺はよろめきながら、反撃にシウスの顔面を殴りつけようとするが、やはり何かに阻まれる。俺は即座に下段蹴りを放つが、それも何かに阻まれてシウスには届く前に止められる。
どういう手段で止めているか分からないが、それを考えるために少し距離を取ろうと後ろに飛び退こうとするが、バックステップをした瞬間に背中が何かにぶつかり、俺はそれ以上後ろに下がれなくなる。
「こういう力は邪道だと思っていたんだが、実際に使ってみると面白いものだな」
そいつは良かった。
色々できるようになると戦い方にバリエーションが出て、戦うのがもっと面白くなるんだってことを分かってもらえて嬉しいぜ。
俺が使徒に業術とか瑜伽法を教えるのは楽しく戦って欲しいからだって気持ちが通じたか? まぁ、シウスが俺の使徒かどうかは未だに判断がつかないんだけどな。
「何を考えている?」
余計なことを考えていましたって、返事をする代わりに俺はパンチを繰り出す。
後ろに下がれないんで、やけくそ気味の攻撃だ。特に意図が無く、何となく繰り出した俺の拳はやはり何かに阻まれる。
阻んでいる物は何か? 俺の感覚的には空気が邪魔している気がするんだが、空気を硬質化させているって感じじゃなく、とにかく邪魔されてるって感じだ。
普段だったら、空気なんてものは俺の動きを妨げることなく俺の拳や脚を素通りさせてくれるんだが、どういうわけか今は俺に反抗的な感じで、当然に出来ていたことというか、当たり前のことが当たり前じゃなくなっている気がする。
「考える時間をやると思うか?」
くれる気は無いんだろ?
俺が防御の構えを取ろうとした矢先、突然俺の体が浮き上がり、天井に落ちる。
落ちたと表現したのは重力が反転したような感覚があり、天井の方へ重力に従い落下したような感覚があったからだ。
重力操作の能力もあるのか? いや、違うな。重力を操ってるって感じじゃなく、重力は下に向かうって決まっている宿命に重力が『反逆』して、真上に向かったような──
考えている最中の俺の重力が元に戻り、天井から床に俺の体が落ちていき、その先にシウスが待ち構えており、落下する俺に向かって拳を突き上げ、そのまま一撃を叩き込んできた。
業術の熱があるはずなのにシウスは火傷を負う様子も見せない。俺の業術の熱なら燃え上ってもおかしくないのに、そういう当然がやはり捻じ曲げられているようで、突き上げたシウスの拳が俺の腹に突き刺さる。
そして、その勢いのまま俺の体が打ち上げられ、天井に叩きつけられる。
「かはっ!」
その衝撃のせいで口から息が漏れ、ハッキリとダメージを受けたことが分かる。
ただまぁ、そんだけダメージを受けたかいもあって、少しずつシウスの能力に見当がついてきた。
ついでにシウスの正体もなんとなくだが、分かってきたぜ。
シウスの業術の能力が俺の想像通りなら、その能力に至るような精神性を持っている奴を俺は知っている。
まぁ、俺が知っているだけの奴なんで、他の誰かが知ったとしても、特に何も思わないだろうけどさ。けれども、俺にとってはそれなりに役立つ情報なんだよなぁ。
さて、それじゃあシウスの正体と能力を暴いて反撃といこうかね。




