第1ラウンド
シウスの拳が頬をかすめる。
一瞬で距離を詰めてくるシウスのフットワークと、それに続けて放たれるジャブ。
一発目を防ぐのはほぼ不可能。だが、続けて放たれる二発目なら防げる。
シウスの一発目の左ジャブが引き戻され、即座に二発目が放たれるが、俺はそれを手の甲で受け流すようにして防ぎつつ、反撃の突きを放つ。
だが、俺の攻撃はウィービングで躱され、即座にジャブが飛んでくる。
「根競べでもするかい?」
パンチを手の甲で受け流すようにして防ぐと、続けざまに逆の拳が俺のボディを狙って放たれるので、それを手で叩き落す。すると、攻撃の間を埋めるようにジャブが連携して俺の顔面に放たれてきたので、それを前腕で受け止める。
どうにもシウスの手が止まらねぇな。俺は絶え間なく放たれる鋭い攻撃を掌や手の甲で弾きながら防ぐ。シウスの手数が多すぎて反撃のタイミングが掴めない。まぁ、それに関しては嬉しくもあるがね。手ごわい相手ってのは楽しいもんだ。
「随分と余裕だな」
そうでもねぇよ。
俺がそう答えるよりも早く、俺のこめかみを狙いシウスの右フックが襲い掛かる。その拳を前腕で受け止めるとシウスは即座に一歩下がって距離を取る。その動きに釣られて俺が僅かに前に出ようとすると、シウスの左ジャブが俺の出足を挫くために放たれた。
その拳を掌を叩き落すとシウスの左脚が後ろに下がる。逃げ腰か? だったら──と思いそうになるが、それは違うと思い、俺も体を僅かに後ろに反らすと、直後にシウスの右のジャブが俺の顔面に迫る。
今までは左手でジャブを放つ構えから、右でジャブを放つ構えへの変更、そのために左脚を後ろに下げたんだろう。
構えが変わったことで、打撃のテンポが変わり、俺の反応が僅かに遅れる。右の拳で放たれる二連続のジャブを辛うじて手で弾いて防ぐ。
ギリギリで防ぐ中で、典型的なコンビネーションならば次に左が来る。そう思い、俺がシウスの左拳に意識を向けると次の瞬間にシウスの左拳が俺の読み通りに放たれる。が、放たれた拳は途中で止まってしまった。
フェイントだ。俺がそれに気づいた瞬間、シウスの構えが再びスイッチし、右ストレートが放たれるが──
「そっちも読み通りだ」
俺の顔面を狙って放たれた右ストレートを俺は右の手の甲で受け流しつつ、手を回転させ掌の側でシウスの服の袖を掴んで引っぱる。その動きによって俺はシウスを引き寄せながらガラ空きになった胴体の肋骨付近に左の肘を突き入れる。
「カハッ」
衝撃に息を漏らし、シウスの体勢が揺らぐ。
その隙を見逃さずに俺は掴んでいるシウスの右腕に左手を添えて投げ飛ばす。
俺が手を添えた場所はシウスの右肘で、肘を極めながら投げ飛ばしたつもりだったが、シウスは俺に投げられるより早く自分から飛んでダメージを最小限にするとともに、反撃しやすい体勢で受け身をとることに成功する。
シウスは投げ飛ばされて床に叩きつけられると同時に俺に蹴りを入れて、俺の手を引き剥がす。
「良いね、攻防の引き出しが多い奴は好きだぜ」
俺が褒めてやると同時にシウスが再び前に出てくる。
左のジャブ。それをガードすると即座に返す刀で左のフックが放たれる。となれば次は右のパンチか? そう思った瞬間、俺は左の太腿に衝撃を受ける。改めてシウスを見てみると、シウスがローキックを放った後の構えを取っている。
なるほど、キックもあるのかよ。こいつは楽しいね。
俺が前に出ようとすると左のジャブが放たれ、俺の前進を阻み、続けて右のローキックが放たれる。
蹴りの衝撃で鞭で叩くような音が俺の太腿から鳴る。何発も食らいたくはない痛さだが、何発かは耐えられる。
俺は怯まずに前に出ながら、シウスの顔面に向けて裏拳に近い形の拳打を突き入れると、それと同時に胴体に向けて鉄鎚打ちを放つ。
シウスは器用に両方の手で俺の同時攻撃をブロックすると、反撃に動き出そうとしたので、俺はつま先でシウスの脛を蹴って出足を挫くと同時に首筋に向けて手刀を放つ。シウスは咄嗟に腕でガードするが、手刀と同時にシウスの腹に向けて放っていた掌底までは防ぎ切れない。
俺の一撃を受けたシウスが腹を押さえて背中を丸め、たたらを踏んで後ろに下がるが、それは演技だろう。そこまで効いてはいないはずだと俺が見破ると同時にシウスの右ハイキックが俺の頭を狙って放たれる。
来ると想像していた一撃ではあるが、その蹴りは俺の想像を遥かに超えた一撃で、咄嗟にガードした俺の体が蹴りの衝撃でよろめく。
「もらったぁ!」
誰がやるかよ。
俺は体勢を崩しつつも、とりあえず足止めになれば良いやと拳を突き出すが、シウスは潜り込むようにして俺の拳を躱すと、その勢いのまま俺の懐に飛び込んでくる。
この状況はこの間もあった。俺はアッパーを警戒するが、シウスの取った行動はタックルだった。シウスは勢いのまま俺に組み付くと、そのまま俺をテイクダウンする。グラウンドの攻防も出来るとか、本当に引き出しが多いな。
俺はシウスがボクサーだと思っていたけど、ちょっと違ったようだ。
シウスのスタイルはボクシングが主体となっている総合格闘技だったな。所謂MMAって奴だ。まぁ、俺も似たようなもんだけどな。
俺を押し倒したシウスがマウントポジションを取る。ここから滅多打ちにしてくれるんだろうか? でも、そういう気分じゃねぇんだよなぁ。もっと殴り合おうぜ。
「顕現せよ、我が業。遥かな天に至るため」
俺は業術を発動。俺の闘気が熱を帯び、俺に触れるシウスの体が焼け、シウスは俺から飛び退く。
「業術か」
これも知ってるってことは、やっぱり俺の関係者じゃない? 業術を知ってるとか、俺の手下とか俺の敵だったやつくらいだしさぁ。
まぁ、詳しく聞くのは殴り倒してからで良いや。今はとりあえず戦おうじゃないか。
俺は高熱を纏った闘気を足元に集める。その瞬間、熱によって空気が爆発し俺の体を吹き飛ばし加速させ、その勢いのまま、俺はシウスの元へと突っ込むと小細工なしで顔面に向けて拳を叩き込んだ。
シウスはガードしたが、衝撃に体がぐらつき、腕は俺の闘気の熱で燃え上がる。
「チィッ」
シウスは即座に反撃で拳を放つが、既に俺はいない。
俺は空気を爆発させて加速すると、シウスの頭の上まで飛び上がっており、俺は謁見の間の天井まで飛ぶと宙返りして天井を蹴り、真下にいるシウスに急降下攻撃を仕掛ける。重力による落下と天井を蹴った勢いを乗せた拳をシウスはガードするが、耐えきれずに弾き飛ばされる。
「どうした、どうした! そんなもんじゃねぇだろ、テメェはよ!」
俺は弾き飛んだシウスを追って走った。
熱で空気が炸裂する衝撃が俺を加速させ、一瞬でシウスとの距離を縮める。
シウスは即座に体制を立て直し、突っ込んでいく俺に向けて拳を突き出すが、生憎と今は俺の方が速い。
俺はシウスが拳を突き出すと同時に業術の熱で空気を爆発させ、ジェット機のエンジンを吹かすように急加速し、懐に飛び込む。
シウスが懐に飛び込んだ俺に向けて拳を放つが、その瞬間に俺は再び加速し、シウスの背後に回ると、背後から全力の拳を叩き込む。
業術の熱でシウスの皮膚が一瞬で燃え上がり、熱で肉が融けて俺の拳がシウスの背中を貫く。
声にならない叫びをあげながら、シウスは自分の体を動かして、俺の拳を引き抜くと、戦意が衰えた様子も見せずに、俺の方を振り向き、俺に向けて渾身のパンチを放とうとする。
「だけど遅い」
シウスが放とうとした拳より早く俺の拳がシウスの腹に突き刺さり、その衝撃でシウスが吹き飛び、壁に叩きつけられる。
普通なら、これだけやれば死んでいてもおかしくはないけど。さて、俺の戦っているシウスは普通の奴だろうか?
そう思って見ていると壁に叩きつけられたシウスが平然とした様子で立ち上がる。
どうやら普通の相手じゃないようだ。今さっき、ぶち抜いた背中の傷も無くなっているし、傷の治り方が俺やゼティと同じに見える。ってことはアレが使える可能性もあるわけで──
「強いなぁ、本当に強い。舐めてかかっていい相手だとは思ってなかったけど、まさかこれほどとは思わなかった」
シウスは立ち上がり、俺の方に歩いてくる。
傷らしいものは見えないし、無傷って言って良いだろう。
「第二ラウンドか?」
俺が訊ねると、シウスは頷き、戦いが始まった時と同様に構えを取る。だが、感じる気配は最初とはまるっきり別物だ。
ヤバい気配しか感じずに、その気配に俺がワクワクしているとシウスは俺を見据えて、ゆっくりと口を開き──
「顕現せよ、我が業。叛逆の獣が地に満ちる」
聞こえてきた詠唱と共に俺が感じたのは業術の発動。
間違いなくシウスは俺の目の前で業術を発動した。俺の使徒か俺の治めている世界の連中しか使えないはずの業術をだ。となれば、シウスは使徒の可能性が高いわけだが……これは今考えることじゃねぇな。余計なことを考えてんのは戦う相手に失礼だな。今はシウスと戦うことに集中しよう。
シウスが業術を発動すると同時に、シウスから感じられる闘気や魔力は爆発的に上昇している。それに加えてシウスの手足から皮膚を突き破って鎖が現れていた。
「さぁ、ここからだ。ここからが本当の戦いだ」
なるほど、確かに第二ラウンドだ。
第一ラウンドとは違うってことを分かりやすく教えてくれたみたいだしな。
そんな心遣いに応えて、こっちも、もう少し気合いを入れさせて貰おうじゃないか。業術使いと戦うのは久しぶりだし、楽しくなってきたぜ。




