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血塗れコンタクト

 

「ここは! 私の部屋だぞっ!」


 そんなデカい声出すなよ。

 心配しなくても、俺とルクセリオは顔見知り。

 ちょっと挨拶をするだけなんだから、そんなに騒ぐことないだろ。


「すでに貴様の臓物と鮮血がぶちまけられているんだよ!」


 おっと、そいつは失礼しました。でも汚い言葉遣いはやめた方が良いと思うね。

 もっとレディの嗜みを……いや、これも良くないね。ジェンダー的に良くない。女らしくとか男らしくなんて言っては駄目だね。


「文句を言うなら、俺をぶん殴ったコイツに言ってほしいなっと」


 言いながら、俺は刀を抜き放ち、ルクセリオに斬りかかった。

 片手で持った刀での斬りつけ、俺の内力を帯びて刃が真紅を纏う。

 対してルクセリオは不動の構えで──


「死ね」


 その言葉と同時に拳が突き出され、俺の刀と軌跡が重なる。

 そして次の瞬間、俺の刀はルクセリオの拳に弾かれた。


「殺す」


 物騒な言葉が聞こえてくるぜ。

 弾かれた反動を勢いにして、その場で回転しながら俺はルクセリオに向けて刃を振るう。

 だが、それもルクセリオの拳とぶつかり合って、弾かれる。


「相も変わらず素敵な拳だぜ」


 刃と正面からぶつかってもかすり傷一つ無いとかとんでもねぇよなぁ。

 おっと、感動している場合じゃないぞ。

 俺も刀で受けてるから防げるだけで、一発でも生身に受けたら──


「死んだな」


 余計なことを考えていたのが悪かったのかな。

 防ぎ損ねた拳が肩に当たっただけなのに、俺の上半身がミンチになって消し飛んだ。

 とはいえ、この程度じゃ死に切れない俺は即座に再生し、ルクセリオの首筋に向けて刀を振るう。


「ぬるい」


 俺の刀を半歩下がって、紙一重ながらも余裕で躱すルクセリオ。

 うーん、一撃必殺確定の馬鹿みたいな威力の通常攻撃と、惑星破壊レベルのキチガイ威力の業術のせいで忘れそうになるけど、普通に武術も達人レベルなんだよね。

 計画プランのない、苦し紛れの攻撃なんて当たるわけねぇんだよなぁ。


「楽しくなってきたぜ」


 脳味噌が狂気の熱で茹で上がり、溶けだす感覚。やっぱらなきゃ駄目だぜ。

 なんか、にやけてくるね。


「キミはどうだい?」


 俺が訊ねたルクセリオの顔は仏頂面。

 イケメンだね。クール気取ってる? 俺の中ではそういうの流行りじゃないんだよね。

 もっと剝きだそうぜ、イカレなきゃ楽しくないよ。俺がね。


「死ぬ間際まで楽しんでいろ」


 あぁ、嘘。

 別にキミが楽しくなくても、俺には関係ないんだ。

 結局の所、俺は俺のことしか眼中にないからね。


「ごめん、何か言った?」


 ルクセリオが、なんか言っていた気がするけど聞いてなかったぜ。

 まぁ、そういうことは良くあるよね。だから許してくれ──って言おうとした瞬間、ルクセリオの拳が放たれた。


 体感的には光速。威力に関しては──まぁ、マトモに当たれば必殺。けれど、俺は刀で受け止めて必殺を防ぐ。

 ゼティなら、ここで受け流して、カウンターでルクセリオの首を刎ねるくらいの神業を繰り出すんだろうけどね。しかしながら、俺は神様だけど、神業を繰り出すのは無理なんだよね。

 だからガードが精一杯。けど、ガードした瞬間、刀を握っていた腕の骨が砕け、そのうえ俺の体が吹っ飛び、ラスティーナの部屋から、その隣にあったラスティーナ寝室まで壁をブチ抜いて吹っ飛ばされた俺はベッドの上に投げ出される。


「あぁっ!」


 聞こえる叫び声は誰のものか?

 俺のダイブしたベッドは粉砕。どんだけ激しいプレイをしたらこうなるのか。

 答えは単純、王女の部屋で殴り合いをすればこうなるのさ。


淑女レディのベッドに入るマナーは御存知かい?」


「さぁな、オレは一人しか女を知らん」


「話が通じてないような気がするのは気のせいかい?」


 破れた布団の羽毛が寝室に舞い散る。

 その中に飛び込んでくるルクセリオと迎え撃つ俺。

 ルクセリオは飛び掛かりながら拳を放ち、俺は無様な動きで横に転がってそれを躱す。


 使える物は──俺はラスティーナの寝室の中を見渡す。だが、俺の視線が自分から外れた瞬間を見逃す筈もなくルクセリオは距離を詰め、俺に拳を突き出す。

 これはしょうがない。そういう判断で、俺はルクセリオの拳を腕で受ける。受けた瞬間、腕が拳で貫通され、顔面に拳が直撃し、俺の首から上が吹き飛び、俺は即死する。

 ……そもそもの話、ルクセリオの拳をマトモに受けること自体、自殺行為なんだよね。


 ここで、ちょっと話を変えよう。俺が蘇生するまでの休憩時間ってやつね。

 昔、俺の使徒に最強の武器は何かって聞いたことがあるんだよ。ぶっちゃけ、答えが欲しいわけではなかったんだけどね。そもそも、最強の武器ってのは無いってのが俺の持論だしさ。


 俺としては論争が起きて、揉め事でも起きねぇかなって思って言いだしたんだけど、意外なことに満場一致で決定したものがあったんだわ。つっても厳密には武器じゃなかったんだけどね。


 俺の使徒の連中が言うには、刀剣はともかくとして打撃系の武器として考えるなら、最強は──


「──ルクセリオの拳がこの世で一番強い武器だっけ?」


 完全に意識が飛んでたぜ。完全に無になってた感覚があるし、久々に気持ちよく死んでたね。


「拳は武器じゃねぇよ。って言いたかったけど。やっぱ殴られると、キミの拳は武器以外の何物でもねぇよなぁ」


 ルクセリオの生まれたバヴェル帝国という国。

 そこに伝わるバヴェル式空手。ルクセリオが使うのはそれだ。

 地球の日本の空手にも過酷な鍛錬で四肢を凶器化させるって話はあるが、バヴェル式は完全に手足を完全に凶器に変える。


 具体的な鍛錬としては、起きてから寝るまで、拳が砕けるまで硬い物に拳を打ち付けるという荒行。

 それは拳を岩にひたすら打ち付け、拳をミンチ状にして、ようやく始まる。

 ぐちゃぐちゃになった拳に内力を通して、骨や肉を無理矢理に固定。そこから更に何度も拳を岩や鉄塊に打ち付け、拳を砕く。

 何千、何万、何億それだけの回数、拳を砕き、無理矢理に内力で肉や骨を固めて拳を造っていくと、段々とそれは刀鍛冶が行う作業と似通ってくる。


 自分の拳を刀鍛冶の要領で、砕き、内力で形を整える。それを延々と繰り返す。

 そのうちに拳は拳とは言えない別の何かになっていく。

 人間の手ではあるが、徹底的に打ち直された結果、その拳は人ならざる領域に辿り着く。

 ルクセリオの拳はその頂点とも言うべき物。


 鍛錬の結果、辿り着いた狂気の産物がルクセリオの拳。

 物心ついた頃から、十数年、一日として砕き壊さなかったことはなく。

 そして、必ず毎日、作り直さなかったことはない。

 さらに、自らの世界で最強の拳と言われてから、今に至るまで一日たりとも鍛錬を欠かしたことのない。

 それがルクセリオの拳。


「神殺しの拳──って言うのも、良くねぇよなぁ。殺せて当たり前の殺傷力なのに、それを異名にするのはどうかと思うよ」


 人間の手は虫を殺せる。それが当たり前。

 当たり前なのに、「虫殺しの手」って言われると馬鹿にされてる感じがあるよね。

 だから、ルクセリオの拳の威力を知ってる奴は誰もルクセリオの拳を『神殺し』の拳なんて言わない。

 神を殺せるなんて当然。ルクセリオの拳は武器として見れば、それだけの威力がある。

 だから、誰も異名など使わず、ルクセリオの拳は『必殺』と理解し、周知し、常識として扱われている。


オレは言葉に興味は無い。口を開いていたければ、そうすればいい。間抜けなツラのまま殺してやる」


 おお、怖いねぇ。

 マヌケなツラのまま死ぬ? 素敵だね。

 俺の死に様は三千世界全ての人間に馬鹿にされるものでいい。だから、マヌケな死は望む所だぜ。

 ──けど、キミの殺し方じゃ、俺の望む死に様にはなれそうもねぇな。


「キミがカッコつけてると俺が間抜けになれない気がするんだけどね」


 応えることも無く、ルクセリオは距離を詰めてくる。

 うーん、よろしくないね。気が抜けてるのか、全く動きが見えない。

 ルクセリオが達人なのもあるけど、足運びが予測を含めて読み切れてないぞ。


「──まぁ、それでも、ここからは俺の仕込みなんだけどね」


 繰り出されたルクセリオの拳。

 左右どちらの拳かも分からず、くらった瞬間に俺の体が消し飛んだ。

 ミンチなんてレベルじゃない威力。音速を軽く超えているせいで衝撃波がラスティーナの部屋だけじゃなく、城全体を揺らす。


「威力が強すぎて絶対に死ぬから、こういうこともできる」


 拳をくらって消し飛んだ俺はルクセリオから離れた距離で蘇生する。

 死ぬ前にある程度、位置を決めておけば復活地点は選べる。絶対に死ぬとわかっているんだから、それだって楽なもんさ。

 まぁ、俺や俺の使徒みたいに命が残機制じゃなきゃできないけどね。


「それがどうした」


 どうしたもこうしたも、仕込みをしたんだぜ?

 俺は指を動かす。その瞬間、ルクセリオの目の前に紅い糸が現れる。


天之縒絹紅衣あめのよりぎぬべにごろも──紅糸舞こうしまい


 俺の神器の一つ、伸縮自在、増殖無限の紅い布とそれを形作る糸──それが天之縒絹紅衣。

 俺の内力を通せば鋼のように硬く──


「無駄だ」


 まぁ、鋼の硬さなんて俺らにはあってないようなもんだしね。

 ルクセリオは紅い糸の中を突っ切ってくる。でも──


「余計な思考が入ったな?」


 無意味だが、脳味噌の中に余計な情報が一つ。糸をどうするか、一瞬も考えなかったってことはないだろう。だって、ルクセリオは達人だからね。達人だから、無意識に処理できる?

 無理無理、無意識の処理だって、無意識じゃねぇんだよ。生き物はそういう風にできてねぇんだ。本当に無意識だったら行動はできない。だから絶対に脳のリソースを使ってるはずさ。


「あ」


 ──やばい、何かとんでもないものがこの場にやってくる。

 ルクセリオと俺の戦いに勘付いた何者かが、漁夫の利を狙ってやってきた。

 おそらくはイザリアの手下だろう。教会の連中はこの隙を狙ってきたんだ。だが、俺はそういうのも予想している──





 ──っていうのは嘘で、そういう雰囲気も「あ」に込める。

 ルクセリオは察しの良い達人だから、俺の「あ」も深読みしてくれるかもね。

 でもまぁ、それも別にどうでもいいんだ。


 俺は視線を僅かに揺らして、居もしない別の敵を見据えながら近くにあった、ラスティーナの部屋の家具をルクセリオにぶん投げた。投げたのは椅子だった。


「あーっ!」


 これは誰の叫びだろうか。

 俺は続けて、部屋にあったテーブルをルクセリオにぶん投げる。


「それは!」


 知らねぇ。どうでもいい。

 ルクセリオは自分に飛んでくるテーブルなど無視して突っ込んでくる。

 さて、表情は……こっちのネタを掴んだ顔。いいね。


「じゃあ、これはどうかしらっと」


 俺は近くに転がっていた鏡台をルクセリオに向けて蹴っ飛ばした。


「ひっ──」


 部屋の隅から引き攣った声が聞こえたが、まぁいいや。


「無駄だ」


 ルクセリオは鏡台を拳で粉砕し、俺との距離を詰める。

 顔には必殺の確信。そりゃそうだ、あと少しの間合いだし、でもな──


「ばーか」


 鏡台を蹴っ飛ばすと同時に俺は短剣を投げつけた。

 それはラスティーナの寝室でこっそりと拾っていた物。

 あいにくと手癖が悪いもんでね。


「だからなんだ」


 鏡台の陰に隠して投げた短剣をルクセリオは読んでいたように手で弾く。

 弾いた衝撃で短剣が砕けた。


「お母様の形見が……」


 だからなんだ? だからこれなんだよ。

 短剣を弾いて余裕をぶっこいた直後、ルクセリオが目を押さえてよろめく。


「糸くずも内力を通せば針のようになるわけで」


 紅衣べにごろもから引き抜いた糸くずに内力を通し、針のような硬度を持たせ、短剣と同時に投げつけた。それが俺の小細工なわけだが──


「小細工を──」


 最後まで言わせず俺はルクセリオの首を刎ねた。


「小細工が嫌? じゃあ、ここからガチンコで行こうぜ」


 ルクセリオの蘇生位置は……あそこかな?

 俺は勘でルクセリオが復活する位置を予測し、そこに待ち構える。

 まぁ、復活した瞬間、ルクセリオの拳が俺の腹をブチ抜いたが、俺は構わずルクセリオの頭を刀で叩き割った。


「俺が殺して、キミが殺す。さてさて、最後まで生き残るのはどっちだろうね」


 しようぜ、消耗戦。

 殺して殺され、最後は消える。

 最高じゃねぇか、俺達の殺し合いってのはそういうもんだろ?

 生き返らなくなるまで殺すのが俺達の流儀さ。


 ルクセリオの拳が俺の心臓をブチ抜くが、同時に俺の刀もルクセリオの心臓を貫いた。

 決着つかねぇ? つくさ、どっちかの残機が無くなればな。


「殺す!」

「殺ってみろよぉ!」


 殺せるなら殺してほしいんだけどね。

 ……でも、なんか違う。楽しく殺し合ってる感じはちょっと違う。

 たぶん死ねない。俺は絶望するまで死ねない。


 こいつには勝てないって絶望するまで死ねないからだ。

 ──でも、ルクセリオと戦うのは楽しいから、そういうのはどうでもいいってことにしよう。

 余計なことは考えない。楽しく不老不死をするためにはそれが大事だぜ。


「──駆動せよドライブ、我がカルマ。果てなきそらに至るため」


 あ、脳味噌使ってなかった。うっかり業術を詠唱しちゃったぜ。でも──


蹂躙せよドライブ、我がカルマ。焔の覇道を築くため──」


 ルクセリオも業術を詠唱し、光速の拳を放つ準備を整える。

 ……アレ? これって王都が滅びないかしら。


 ──でも、まぁいいや。

 正気を塗りつぶし、狂気を纏え。その先にしか得られないものがある。

 俺はそれを知っている。だから踏み越える。

 ルクセリオも知っている。だから踏み潰す。

 俺達だけじゃない。ゼティもマー君も、みんな知っているはずだ。

 全てを消し飛ばしてもなお、この一瞬の狂気に身を委ねることがどれほどの快楽かを。だから、俺は衝動に委ねる。


「「駆動ドライブ──ッ!」」


星よ耀けスターレイジ魂に火を点けてイグニションッ!」


進軍せよアクセラレイト輝煌皇ロード・エクセリオンッ!」


 ……なんのため戦っているのか。頭の片隅で理性が声をあげている。

 でも、考えていると負けるしなぁ。さて、どうしたもんか。

 まぁ、こんなことを考えている時点で、業術の完成度が落ちているってのは分かる。

 でもまぁ、ろうか。


 俺はルクセリオを見据え、一歩踏み出す。

 同時にルクセリオも踏み出し、拳を構える。

 そして、俺達と同時に──


「そこまでだッッ!」


 ラスティーナが飛びだし、俺とルクセリオの間に立った。


「そこまでっ! そこまでっ! 絶対にそこまでだ!」 


 ラスティーナは冷静さをかなぐり捨て、必死の形相で訴える。


「やめろ! やめろ! やめてください! ほんとうにやめて! おねがいします! 国が滅んじゃう!  そもそも私が死ぬ! やだやだ、絶対にやだ!」


 ラスティーナが発狂したように叫ぶ。

 うーん、悪いことをしてしまったかな。

 もっと冷静な子だったと思うけど──


「チッ」


 ラスティーナの必死な様子を見たルクセリオが拳をおろす。

 うーん、泣き落としって通じるんだね。

 でもまぁ、俺もラスティーナの必死な様子には感じるところがあるし、剣を収めようじゃないか。

 これにて一件落着だぜ。素晴らしいね。めでたしめでたし、ハッピーエンドだぜ。




 ──って気持ちにはならなかったんで、俺はルクセリオの顔面をぶん殴りました。

 いやぁ、めでたしめでたし。これで本当に一件落着だぜ。













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