二人の行く先
──100年ほど昔。
「……俺の勝ちってことでいいかな、ルクシィ?」
戦いを終えたアスラカーズは崩壊した大地の上、胸元に刀を突き立てられて倒れ伏すルクセリオ・エル・バヴェルの顔を覗き込みながら訊ねた。ルクセリオの姿は精神の全盛期である10代後半から20代前半。しかし、全盛期の姿であっても本気のアスラカーズには敵わなった。
「くたばれ、邪神」
指一本動かせず、命が尽きる寸前のルクセリオはそれでもアスラカーズを睨みつけ悪態を吐く。
しかし、アスラカーズはむしろその姿が好ましいと笑みを浮かべていた。
「いやぁ、マジで強いなキミ。人がいる世界で戦ったら、銀河系なんか幾つも消し飛んでいただろうね」
だから、無人の決戦場となる世界をアスラカーズは創り、そこでルクセリオと戦った。
とはいえ、そうして創った世界もアスラカーズとルクセリオの戦闘の結果、完全に崩壊していた。
「でも、俺の勝ちだ。それじゃ、約束通り俺の言うことを聞いてもらおうかな?」
アスラカーズは刀を突き立てられたままのルクセリオのそばにしゃがみ込むと、不敵な笑みを浮かべる。
ルクセリオはそれを見ても疲れたように溜息を吐くしかできなかった。アスラカーズとの戦闘の結果、残機を使い尽くしたルクセリオは文字通り満身創痍であり、指先一つ動かすことができない。辛うじて残っている内力を駆使して生命活動を維持しているが、それで精一杯だった。
「ようやく死ねたと思ったら生き返らされた。そのうえ己に何をさせたいというのだ」
「うーん、実際のところ、特にしてもらいたいことはないんだけどね。ただ、前から俺の最強コレクションにキミを加えようと思っててね。ようやく死んだから、俺の手下にしようと思ったんだ」
ヘラヘラとした態度で言うアスラカーズ。ルクセリオはその言葉に呆れしか感じなかった。
「己を最強だと? 残念だったな、己は既に自分の世界で既に何度か敗れている。そんな輩を最強などと抜かすとは、邪神の眼とは随分と節穴だな」
馬鹿にしたようなルクセリオの言葉を聞いたアスラカーズは馬鹿にするような眼差しをルクセリオに返す。
「あぁ、そのことね。確かにキミは敗けたよね。で、その結果、皇帝の座を退き、嫁さんと一緒に放浪の旅に出て、その果てに田舎に引きこもり、最後は家族に囲まれてベッドで大往生だったっけ? まぁ、そんな死に様程度で俺はキミの評価を下げるつもりないよ」
ずっとルクセリオを観察していたアスラカーズは言う。
「あの世界で最強は間違いなくキミだった。人間だった時に敗けたとか、いま俺に敗けたとかはどうでもいいんだよ。俺はキミが最強だと思うし、これから先も強くなれるのはあの世界ではキミだけだと思っている」
アスラカーズは自分のルクセリオへの評価を伝えると、胸に突き立てた刀を引き抜き、ルクセリオの身を自由にする。
「己に何をさせるつもりだ?」
「俺の手下──じゃなくて使徒になってもらおうと思ってるんだよ」
「己が何になるのかではなく、己は何をさせるつもりなのかと聞いている」
傷の再生がはじまったルクセリオは身を起こし、地べたに腰をおろしたまま気だるげにアスラカーズを見る。
「別に何をしてもいいよ。ただ、たまに俺のお願いを聞いてもらえればいいかな? あぁ、最優先は俺をぶっ殺せるくらい強くなることかな? 俺の使徒の至上命題は俺より強くなることだからね」
自身の敗北を望むようなアスラカーズに対してルクセリオはシラケたような眼差しを向ける。
マトモに付き合うのは無駄だと理解するルクセリオだが、けれどアスラカーズの実力に関しては疑う余地は無い。
「見返りがあるのならば、貴様の手下にでもなってやろう」
「あるよ。俺の使徒になってくれるなら、俺の頼みをきいてくれた回数に応じてキミの願いを叶えてやるよ」
それを聞いたルクセリオは僅かな間、目を伏せるとアスラカーズを見据えて言う。
「貴様の使徒になってやろう。ただ、己の願いを叶えられるのならだがな」
「いいよ、言ってみてくれ。俺はけっこう大概の願いはかなえられるつもりだよ」
その答えに微笑みルクセリオは伝える。
「──己の妻が、己のいる世界で、己と関わりながらも、己と結ばれず、己が生きていた世界の時よりも幸福に生きている世界を見たい」
わけのわからない願い。ルクセリオはそう思われても仕方ないと思ったがアスラカーズは一瞬、呆けた表情を浮かべると、感傷的な眼差しをルクセリオに向け──
「わかるよ。そういう気分」
そう呟くと即座に表情を変え、不敵な笑みをルクセリオに向ける。
「ただなぁ、そういう世界を探すのは大変だぜ? キミが生きていた世界をコピーするのは簡単だけど、キミの望む結果が訪れるまで、とてつもない試行回数が求められるわけで、何回も世界を創り直さないといけないな。世界を創るって結構大変だし、俺からのお願いをいっぱい聞かないと、その願いは叶えてあげられないかな」
「不可能ではないのだな。ならば、己は貴様の使徒になってやろう」
ルクセリオは立ち上がり、アスラカーズを見据える。
「己にしてほしいことを言え、何でもやってやろう。俺の願いを叶えてくれるならば──」
──そして現在。
ルクセリオはレイランド王国にいた。
召喚され、この世界にやってきたルクセリオは自分を召喚した国に所属することを選んだわけだが──
「ルクセリオ閣下」
元来、他者に従う性分ではないルクセリオは逆に王国を支配する立場となっていた。
ルクセリオは王城の玉座の間を私室として占有し、その部屋の中央で座禅を組んでいた。
「……鍛錬中だ」
部屋に入ってきた兵士の方を見ることも無くルクセリオは呟く。
しかし、呟きと同時に強烈な圧力が周囲に放たれ、威圧された兵士は自分の死を錯覚し、その場に倒れこむ。
「ゴミを俺の部屋に入れるなと言ったはずだが?」
倒れた兵士の後ろから煌びやかな衣装を身に纏った貴族風の青年が現れる。
実際、その青年は貴族であり、それどころかレイランド王国の王子であるのだが、しかしルクセリオの部屋に入る姿は怯え切った情けないものであった。
「あの、その……御挨拶に伺いました」
挨拶に来たと言いつつもレイランド王国の王子は次の言葉を発さない。
なぜなら、それ以上の言葉を発するにはルクセリオの許可がいるからだ。
「……話していいぞ」
その許可を得て初めて話すことができる。
王族であろうと、もはやルクセリオの許しが無ければ発言の自由は無い。
そんな絶対的な支配をルクセリオは築いていた。
それを確立するのにルクセリオが用いたの純粋な暴力のみ。
レイランド王国の総力を尽くしてもルクセリオには敵わない。
それを王国の上層部が理解し、王族ですら服従する他ないと諦めている。
『最強の業術使い』──そう呼ばれるルクセリオの力の前では一国ですら容易くひれ伏す。
単純な戦闘能力ですら、一国の総力を上回るルクセリオだが、脅威はそれだけではない。
ルクセリオはこの世界に召喚されて数ヶ月、一切食事を摂っていないどこから水の一滴も口にしておらず、そのうえ一睡もしていない。
業術を極めたルクセリオは自身の生命を維持するのに何も必要とはしない。生きる上で自分以外の存在を必要としないルクセリオは社会に所属せずとも問題は無い。だから、ルクセリオは誰とでも敵対できる。
自分以外の全てを滅ぼしてもルクセリオは自分自身の存在を維持できるのだから、どんな振舞いをしたところで、ルクセリオ自身は何も困らない。
全てを敵に回し、そして全てを滅ぼした後に残った無人の荒野でもルクセリオは自分が生き残るだけなら何も問題は無い。だから、ルクセリオは傍若無人に振る舞える。
「戦勝の祝いと諸国会議のためアウルム王国の王都に向かいます」
「……そうか、好きにしろ」
ルクセリオは興味を持たず、了承した。
自分に許可など取らずに好きにいけば良いと思うルクセリオであるが、レイランド王国の人間はそんなことは考えられない。
絶対的な存在であるルクセリオに対してはその不興を買わないために、どこまでも慎重にならざるをえない。既にルクセリオの不興を買ったとある貴族家の領地が消滅した末路を思えば尚更だ。
一言でも間違えれば王都が消し飛ぶ。
それを理解している王子は可能な限り言葉を選ぼうとし──そして失敗した。
「護衛には召喚した『勇者』達を用いますので、閣下のお手を煩わせることはございません」
それが失言だった。
『勇者』とはレイランド王国が異世界から召喚した少年少女たちである。
この世界に召喚される際に特殊な能力が付与される彼らをレイランド王国は戦力として利用するために異世界から呼び出した。
そもそもルクセリオ自身も、その召喚の際にミスとして一緒に召喚された身である。
最初こそ王国にとって望んだ『勇者』ではない余計な存在として呼び出されたルクセリオだが、そんな判断はすぐに間違いであることを思い知らされ、今に至る。
今となっては本来の召喚対象である『勇者』達よりも余計な存在であったルクセリオの方が立場は上となっていた。だからか、レイランド王国は彼らへの配慮が欠けるようになっていた。
「……ガキ共を護衛に使うだと?」
ようやくルクセリオが王子を見た。
その瞬間、王子は自身の死を予感する。
「あのガキ共に戦わせる気か、貴様は?」
ルクセリオから発せられる圧が高まり、王子は立っていることもできず、尻餅をついた。
王子は恐怖しながらも何とか弁解の言葉を発する。
「誤解です。我々は彼らの見聞を広めようと思い──」
言葉を言い切るより先に立ち上がったルクセリオのつま先が王子の喉元に食い込む。
まったく反応できず攻撃を受けた王子は首を押さえてその場でのたうち回る。
「何事だ!」
騒ぎに勘付いた近衛の騎士が部屋の中に乗り込むと、倒れた王子とそれを見下ろすルクセリオの姿を視界に収めた。
「貴様──」
ルクセリオへの恐怖と王家への忠誠を天秤にかけ、忠誠の方が勝った騎士たちは剣を抜き放ち、ルクセリオに斬りかかる。対して、ルクセリオは騎士たちが迫るのをその場に無造作に立って待ち、そしてルクセリオに刃を振ろうとした瞬間──騎士たちの姿が消滅した。
それを成し遂げたのは業術も使用しておらず内力すら込めていない只の拳による一撃。
しかし、それでもその破壊力は絶大であり、ルクセリオの拳を受けた騎士はその肉体を身に纏っていた鎧ごと粉砕され、肉片すらも衝撃に耐えられずに血煙となってまき散らされる。
「──決めたぞ」
ルクセリオに砕かれた騎士達の血が降り注ぎ、王子の全身を真っ赤に染める。
ルクセリオは血に汚れ、怯えた表情を浮かべる王子を見下ろし──
「俺もアウルム王国へ行ってやろう」
──一方、アウルム王国の辺境。
「おーい、ガイさん。この岩をどかしてくれないか?」
アウルム王国の辺境にある村。そこにアスラカーズの使徒であるガイ・ブラックウッドはいた。
魔族の軍勢に加わって、レイランド王国と戦ったガイはその後アウルム王国に流れ着き、辺境の村で暮らしていた。
「はいよ」
ガイは村人に頼まれて岩を動かす。といっても、その岩とは家一軒ほどの大きさのある大岩だったが、ガイには何も問題ない。
アスラカーズの使徒の中で『最高の身体能力』を持つガイの膂力は圧倒的であり、片手で大岩を持ち上げ、難なく運んでいった。
「助かるよ、これで畑が広げられる」
「そんな御礼を言われることじゃないよ。オレは人のために働くのが大好きだからね」
そう言うとガイはその場を立ち去り、村の中で困っているものがいないか見て回る。
ガイは村に馴染んでいるようで、その姿を見ると村人たちはガイに用事を頼む。
「洗濯物を干してほしい」
「屋根の雨漏りを直してほしい」
「木の伐採を手伝ってほしい」
「井戸掘りをしてほしい」
「森で果物を取ってきてほしい」
「猟をしてきてほしい」
「魔物を狩ってきてほしい」
様々なことをガイは頼まれるが決して嫌な顔をせず、どんなことであろうと人助けになるならばガイは喜んで行う。その行動には裏も何もない。
『人類に奉仕』することを生きるうえでの目的としているガイは人間からの頼みであれば、どんな頼みも断らない。しかしながら、自分自身を『人間への奉仕者』と捉えているガイには致命的な問題がある。
それは人間の顔を区別できないということだ。
体格の違いや毛の色くらいの違いは分かる。しかし、男女の顔の違いを見分けることは難しい。
『ヒト型生命体の最終到達点の一つ』とされるガイと一般的な人間は種として隔絶しすぎており、同じ姿をしていながらも、個体差を認識することは難しかった。
人間が動物の個体差を認識するのに苦労するのと同じ感覚をガイは人間という種族に対して持っていた。自分を『人間への奉仕者』であると認識しながらも。
「ガイ殿、少し頼みがあるのだが、良いだろうか?」
村人の手伝いを一通り終えると、ガイの元へ村長が訪れる。
村に滞在して、ひと月ほど当初は余所者として疑いの目を向けられていたガイだったが、献身的に村人のために行動する姿によって、村長の信頼を勝ち取っていた。
「この荷物をある店へと届けてはもらいたいのだが」
そう言うと村長はガイに袋を見せる。
するとガイは返事をするより先に袋を受け取り──
「いいよ、どこに届ければいいのかな?」
「うむ、この村からはかなり遠いのだが王都にある──」
──その翌日、ガイ・ブラックウッドは村長の頼みを聞き、王都へと出立するのだった。




